知らぬは誰か。

身長は私よりはるかに大きい。同級生でもここまで大きい男子は少ないというのに。
立ち振る舞いも言葉遣いも大人びたところがある。
並んで歩いているとどっちが年上か分からない。まぁたったの1歳差なんだけど。
「苗字さん、どうかしたんですか」
渋沢克朗。名門武蔵森サッカー部のキャプテンというのは私が思っていた以上に有名だった。
ここが武蔵森付近であることも原因なんだとは思う。けれどさっきから二人で話す暇もないくらいひっきりなしに話しかけられているのは彼が有名だからに他ならない。
渋沢先輩。渋沢さん。どうしたんですか。隣の人って彼女? 隣の人、誰?
好奇心を隠さない視線と言葉。
その度に同じ言葉を返す彼と愛想笑いを浮かべる私。私に返された微笑みに見つける嫉妬と嘲笑の感情。苛々するけれど同時に諦めも感じる。虚しさと自己嫌悪。
可愛くないとか渋沢君に似合わないとか言われなくても分かってますよ、大丈夫。女の子達、大丈夫だよ。私は彼の恋人ではないから。
こうやってたまにしかない休日に私を誘ってくれるのは、きっと私が「面倒を見なくて良い」部類の人間だからだ。一緒にいて楽なんだろうな、という自惚れだけはしておきたい。そんな風に努力してるのは事実だし。
それでも、可愛い女の子達みたいに自分から頑張ろうって思えないんだよ。こうやって渋沢君が誘ってくれることに甘えてそれっきり。それなのに心の何処かで『恋人になれたら』なんて思ってる。罪悪感。だから余計に自分から動けなくてぐるぐるぐるぐる。
「ううん。お昼何処で食べようかなぁって」
本当は、折角の休日なのに声を掛けられっぱなしの渋沢君が疲れていないか確認しただけです。どうやら大丈夫なようで何より。あ、でもちょっと疲れているかな。
「あぁ……そういえば。何か希望はありますか?」
「ん? 何でもいいかなぁ。ファミレスだとお手頃だし、種類多くていいかも」
ファーストフードが一番手っ取り早くて良い、というのが本音。けれど運動選手(しかも世界レベルで将来有望)にそれを勧めるのは私でも気が引ける。
そうですね、と同意した渋沢君の言葉が本音かどうかは分からない。本音じゃなかったら少し哀しいなぁと思う。
「あそこのファミレス行ってご飯食べて、それからスポーツショップ行って……本屋かな」
「……いいですか? それで。苗字さんの行きたいところとかあれば行きますけど」
「ううん、特にないかなー。シューズ入れるバッグ探したいし、ショップ行くだけで」
私は色んなものに対して雑食だ。基本的に嫌悪するものがあまりない。未成年で行けないような場所でなければ大抵は「じゃ行こっか」と返せる。
前は竹巳君と友達の藤代君と妹との4人でゲームセンターにも行った。あのときは凄く楽しかった。藤代君がゲーム強すぎて勝負にならなかった。でもぬいぐるみのストラップを取って貰いました、有り難う。
今からの行き先はファミレス。少しだけ早足になってしまうのは、店に入ってしまえば誰も絡んでこないだろうという希望から。こんな卑怯な私だけれどこんなときの独占欲は許して欲しい。
「お腹空いてたんですか?」
「えぇー、そんなことはないって。ただ、早く座りたいなって」
「疲れてたんですね。すいません、付き合わせてしまって」
「え? ……え、あ、いやいやいや、それはないない。渋沢君といるのに疲れるとかないよ!」
どうやら変な誤解をされている、のかもしれない。彼の横顔に浮かぶのはいつもの穏やかな笑顔とは違う、少し疲れた……傷ついたような表情。
「疲れてるのは渋沢君じゃない? 休日まで話し掛けられてゆっくり出来ない……って、うーん……」
「ん?」
「あんなに話し掛けられたのは私がいたからっていうのもあったんだろーね、今日は。私が原因だから、なんか悪いなぁって」
「あ、あぁ……」
渋沢君が思い出しているのはさっきまでの質問責めのこと、それも私に関してのものだろう。『彼女ですか?』だなんて、違うから安心して良いのに。
「やっぱり男女が2人で歩いてるとデートって見られるのかな。ま、仕方ないけど」
デートだと見られることに優越感はない。むしろあるのは罪悪感だ。私なんかがゴメンナサイね、って。
「でも否定しないことには誤解されるし、そうしたら大変そうだし。私は学校違うからいいけど、渋沢君が」
中学生の噂なんて高校生には本気にとられないだろう。武蔵森に関しても『あそこサッカー強いよなー』くらいの認識しか私の周りにはない、と思う。私が初めて武蔵森中等部サッカー部の練習試合を見に行ったときも、それを聞いた友人は『あそこ今年は全国レベルなんだって』と言ったぐらいだ。
まさかそのキャプテンが誰と付き合って……なんていう噂は広がらないだろう。
「俺は別に気にしませんけど……」
「そっか。渋沢君なら気にしないか、ただの噂だし。渋沢君がいいならいいんだけどね、私も」
私が心配しなくても渋沢君は同年代の男子より大人だから大丈夫かな。そんな風に彼を頼りきるのは怖いけれど、本人がそう言ってくれるなら、あまり面と向かって心配はしたくない。彼は心配されることにさえ気を遣うことがある。なんて損な人なんだろう、と思った。
「ファミレス着いたら何食べよっかなぁ」
「…………」
隣の渋沢君からの相槌は無い。やっぱり疲れてたんだなぁ、と思って話し掛けるのは止めにする。
遠くにファミレスの看板が見えて、私は小さく肩の力を抜いた。




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