まっすぐに歩く

「苗字せんぱーい!!」
彼の声色には夏が似合う。いつだったかは忘れたが、そう思ったことがあった。
冬の淡い空色ではなく、深く濃い青色をした攻撃的と思えるほどの太陽が輝く夏の空。なんとなくぴったりだ。
妹と幼なじみにそう言ったら彼らは頷きながらも一言加えるのを忘れなかった。
『暑苦しいからね。冬生まれなんだけど』
藤代君の誕生日は1月1日だとタクちゃんに聞いた。なんというか、言い方は悪いかもしれないが「おめでたい」と言われているのが分かる気がする。というか藤代君らしい。
「藤代くん、学校は?」
今日は平日だ。しかも昼の3時。正直、授業をサボりそうな印象が彼には有りすぎる。
「学校は終わりましたよー。先輩こそサボり?」
「残念でした。今日はテストだから部活もないんだ」
そこまで言ってから気付く。
「部活は……?」
確か武蔵森はテスト期間ではなかった筈だ。
藤代君の動きが分かりやすく止まった。どうやらいけないことをしているようだ。
「え……もしかしてサボったの?!」
驚いた。
授業がサボっても部活をサボるようには見えないのに。
「て、てーさつですよ! 偵察!」
「偵察?」
慌てて弁解する。その言葉に馴染みが無くて聞き返したら何故か彼は胸を張った。
「そーそー! だからいいんス。キャプテンにも竹巳にも言わないでくださいね!」
「うん、分かった」
藤代君は偵察には向いてないと思うんだけどなぁ、とか。そもそもキャプテンに内緒の偵察ってどうなの、とか。そういった言葉はしまっておくことにする。
わざわざタクちゃん達に言って藤代君を怒られるようにするのは気が引けた。彼だって自分の責任は自分でとれるだろう。単に私が巻き込まれたくなかったのもあるのは確かだが。
偵察という言葉を信じた振りをして何処へ?と聞く。桜上水、と返ってきた答えに春の大会を思い出す。
「あれ? 春の大会で勝ったところだよね?」
「はいっ、苗字先輩見てたんですか?」
頷く。春の地区予選は春樹と一緒に見に来ていた。けれどあのときはまだタクちゃん以外のサッカー部員と全く面識がなかったから、藤代君も私が来ていたことは知らなかった。
私はと言うと、実は一方的に知っていた。中学サッカーの中で最も優れたキーパーと言われる渋沢克朗、二年生でありながら名門武蔵森のエースストライカーだという藤代誠二。この二人の噂だけは以前から聞いていた。
「見てたよ。藤代くんの特攻もばっちり」
桜上水中学校はかなりの弱小チームだとタクちゃんは言っていたが試合はとても面白かった。その中でも彼のワンマンプレーはかなり印象に残っている。
武蔵森の勝利が濃厚になったにもかかわらず、むしろだからなのか、とにかく彼の特攻はチームのリズムを崩すには十分だった。きっと試合の後には沢山怒られたことだろう。
「あ、マジで? どうでした? あれ」
けれどそんな風に全く悪びれない様子だったので反省も後悔もしていないように見えた。彼らしいと言えば彼らしいのかもしれないけれど、それでいいのかなと少し心配。
「正直に言うとびっくりしだけど。監督とかみんなに怒られなかった?」
「まぁ怒られはしましたけどー……。苗字先輩はどう思いました?」
私が、か……。
素直だなぁ。そして鋭い。
「なんだろ……羨ましいなって思ったよ」
「羨ましい?」
「あんな風に自分を貫けるなんて。私にはきっと、出来ないからさ」
本当に羨ましいと思った。監督の前で、先輩達のいる中で、公式試合で、自分が正しいと思うことが出来る。それをやれるだけの実力と自信がある。私にもないものを持っている後輩。彼は一体どれだけの向かい風を受けて進んでいくんだろうか。
「凄く、格好良かったよ。確かにチームには怒られるかもしれないけど、そりゃチームプレーもあるし……」
そういったことなら彼も知っているはずだ。けれどそれ以上に自分のプライドを貫こうとしただけだ。藤代君を責めることはチームメイトが散々してくれただろうから私からは言わないでおこう。
「格好良かった?!」
喜色満面の笑顔。まるで褒められた子どものように嬉しそうだ。その勢いにびっくりする。
「うん。桜上水はバスで行くの?」
「いや、走ってきますけど」
「え?!」
桜上水は確か駅を一つも二つも超えていく先にある。けれど藤代君は冗談を言っている訳でもなく、むしろ私の驚きように首をかしげていた。
別にいけますけど、と言われてしまう。
「あ、先輩も行きません? 桜上水」
「ムリムリ。明日もテストだから勉強しないと」
「真面目ー」
拗ねた声で返されてもどうすることも出来ない。テストが無ければついていったかな。あ、でも部活があるから駄目だ。
不満げな顔でじっとこちらを見てくる表情は可愛いなぁと思えるくらい年下らしいものだった。
「ごめん、また時間が空いたら遊ぼうね」
そう言うと藤代君は諦めてくれたようで分かりましたーと良い返事。
社交辞令か本気かも分からないただの口約束でしかないけれど、時間が出来たらまた武蔵森に遊びに行こうと思った。そうすれば口約束ですら実現する可能性が高くなるから。
「じゃ、また練習とか見に来て下さい!」
そう言って腕を伸ばしたり膝を屈伸させながら準備運動をしている。スポーツバッグを肩に掛け直すと、軽く会釈をしてそのまま走って行ってしまった。
あんな早いスピードで途中バテないのか……。あのまま桜上水まで行けるのであれば陸上部並みの脚力だ。
彼の背中が見えなくなるまで見送ってから自分も帰宅する為歩き出す。
帰ったら春樹にメールを送ってみよう。テストが終わったらタクちゃんと藤代君も誘って4人で遊びに行こう、そう言えば妹は驚くに違いない。
いきなりなんで?と聞かれるだろう。藤代君と約束したんだと答えたら彼女はどんな顔をするだろうか、想像すると愉快な気持ちになった。





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