中西くんお題の没

一緒にゲームをしようと藤代くんに誘われたのが五日前のこと。午前中だけだった部活を終えて武蔵森に向かったのが二時間前のこと。みんなで食べるためのお菓子を途中で買いながら、松葉寮が見えてきたと思ったのがつい先程のこと。
そして今、私は自分の運の悪さを恨まざるを得ない状態に陥っている。
「あ、ごめんなさい……」
松葉寮の裏口、大浴場の抜け道に行く途中で男女が会話している場面にぶつかってしまった。
二人の表情や雰囲気からして楽しい話ではなさそうだ。しかも、その片割れが武蔵森サッカー部の一人、中西くんとなると今すぐここから逃げ出したくなる。もしくは時間が戻って欲しい。
勿論そんな非現実的なことが起きる訳もなく、私と彼らの間には気まずい沈黙が落ちる。
「なっ中西くん! ごめんね!」
最初に復活したのは中西くんに向き合っていた女の子(武蔵森のジャージを着ているので運動部だろうか)で、彼女は謝罪を残して呼び止める暇もなく走り去ってしまった。
「えっ? ちょっと」
名前も知らない彼女を呼ぶことも出来ず、私と中西くんだけがその場に残される。慌てたのは私だけで、中西くんは追いかける素振りも見せなかった。
「……中西くん、ごめん。話してる途中だったよね?」
「別に、もう話は終わってたから。それより先輩、どうしたの?」
「え、と……藤代くんにゲーム大会に誘われたからお邪魔しようかと」
「なにそれー、俺聞いてない」
普段通りの姿にこれで良いのかな、と思いはするものの、まさか「さっきの何?」なんて聞くわけにもいかない。彼に合わせて私も気にしない振りをしなければ。
「あ、あとね。先輩」
そう思っていたのに。
「さっき告白されたんだけどさ……分かっちゃったよね」
「う、うん……」
どうやら中西くんは先程の出来事を掘り返したいらしいのだが、その真意は分からない。何か話さなければ、と焦って口を開いた。
「なんか慣れてる、の、かな……? 確かに、中西くんモテそうだしね」
差し支えないことを話したつもりだったが、気に触ったらどうしよう、と言ってから心配になった。
中西くんは「んー、そうかもしれないけどなぁー。でもなぁー」と言葉を濁している。
「中西くん……? 大丈夫?」
「んーん、何でもない。先輩、それお菓子?」
「うん、これ新しく見た新作でさ……」
話題は戻ってきそうにないが、それならばそれで構わない。袋の中を覗きながら、いつのまにか私の持っていた袋は中西くんに取られていた。
話したいことであれば、自分から口を開くだろう。私が首を突っ込むことではない。
ちらりと覗いた横顔も普段通りのものだったので、これ以上気にするのは止めようと私は自分自身に言い聞かせた。