To the Sky | ナノ


ティールームは明るく、心地好いラグジュアリーさを醸し出していた。
元々はジョージ王朝時代に建てられた豪商の個人邸宅を改装したものらしい。
大きく開放的な窓から差し込むたっぷりの光で、磨きたてられた銀器やポーセリンの茶器がキラキラと色めき立っている。

クラシカルな雰囲気。
その中にあって寸分違和感を感じさせず、例の赤いフリフリを着た御剣検事は優雅な手振りでティーカップに口を付けた。
喉仏が小さく上下して、嚥下する微かなノイズが耳に届く。
フィヨルドよりも深い眉間のヒビは、今日ばかりは見受けられない。
むしろ、伏目がちな目尻とほんの僅かに上がっている口角が、彼の機嫌の良さと紅茶の質の高さを表象している。

まるで敵国を屈服させる事に成功した支配者のように、嬉々として微笑む御剣検事の向かいで、捕虜となった敵方の国民の如く、名前は大層気後れを感じながら、溜息を噛み潰した。



「――…御剣検事、」
「何だろうか」

恐る恐る、けれど、意を決して。
名前はまっすぐに、その色の薄い瞳を見つめた。

「怒らないで、聞いていただけますか?」



世の中には、結論を見つけにくい論争がいくつかある。
『鶏が先か、卵が先か』のような、ある程度カガク的な起因に集約出来るものよりも、さらに優劣が付けがたい無意味なもの。『犬派か、猫派か』と同様に個人的嗜癖が最重要となる、不毛だと言わざるを得ない議題の一つだろう。

『コーヒーか、紅茶か』

しかしこの不毛な嗜好の相違は、当人間では酷く重要な意味を持つこともあるのだ。



「遠慮せずに言いたまえ」
「では、」

アールデコ調の曲線が美しい室内装飾。ハーピストが奏でる優雅な旋律。
ジョージアン様式の高い天井が空間を広く見せている。
テーブルにかけられた純白のリネンの上に、ピンクの花びらが散りばめられており、スマートな官能性を演出する。



コホン、と態とらしく咳をして、自分に気合を入れて。

「昨日からアフタヌーンティーにお付き合いさせて頂いておりますが、正直なところ紅茶についてはリプトンと午後ティーしか知識がありません」

遠回りに、まったく興味がないサイン。
勢いよくシンプルな白地のティーカップを持ち上げて。紅茶を一口。
濃厚な渋みの中に、少しだけフルーツ的なさわやかな香りを感じる。
想像するまでもなく、高級品なのだろう。
おいしい、と聞かれれば、確かにおいしい。けれど残念な事に、イマイチその有り難みを判別する知識と味覚を持ち合わせていないのだ。



「元から、期待していない」
「――…そうですか」

それはそれで微妙に凹む返答に、恐る恐る見上げたテーブルの向こうの秀麗な容貌は、名前の主張に意外にも軽く笑った。よほど、機嫌が良いと見える。紅茶のパワーは偉大だ。




「しかし、茶葉の種類ってこんなに多いんですね」

ショップを併設するティールームは、紅茶をこよなく愛する御剣検事の懇意の店だそうだ。
壁の一面に、インテリアのようにガラス製の瓶が詰められている。
種類は、取り揃えている種類は百を超えるだろう。紅茶だけでなく、烏龍茶、白茶、緑茶、ハーバルインフュージョン、マテ、ルイボスティーまである。
茶葉そのものだけでなく、ブレンドされる花びらまでもオーガニック産のものを厳選しているのだそうだ。

「珈琲豆を取り揃える店があるのなら、紅茶もあってしかるべきだろう」
「それは、確かに。でもこれだけ並ぶと悩みそうですね」
「――何か、購入したいのだろうか」


正直な所、紅茶には全くこれっぽっちも興味はないが、けれど明らかに楽しそうな検事には多いに興味がある。
曖昧に相槌を打つ。

「でも自分だと淹れられないです。ティーバッグだとやっぱり邪道ですよね」
「英国の国内消費95%はティーバッグだ。頭ごなしに否定するつもりはない」

意外そうな視線を送ると、御剣検事は法廷でするように腕を組んで、続けた。

「中身は同じ茶葉なのだから、淹れ方を工夫すればそれなりの味は出せるものだ」
「なるほど。では、ティーバックから練習してみます」
「うム、そうしたまえ」



銀製の三段スタンド。
フィンガーサイズのサンドイッチに木苺のジャムが添えられたスコーン。ペストリーは素朴で暖かさがありながらも、計算されつくした芸術のように愛らしい。
その中から一口大のショートブレッドを摘んだ。シンプルな甘さが、紅茶の渋味と程よく絡み合う。

「王道だが、茶葉はキーマンが君の味覚には合うだろう。ミルクティーの時は、ミルクを先にいれたまえ」
シンプルな白磁をソーサーに音もなくおいて、前髪をかき上げながら、彼は言う。

「それ以上のアドバイスは、現物を賞味した時に呈するとしよう」


ミルク先なんですね、と口の中で繰り返して脳にメモをとっている神経が、ぴたりと止まる。
驚いて見上げると、麗人の目線は窓の外。けれど、こちらを幾許か意識しているのがわかる。

「え、検事毒見する気ですか!?」
「そのつもりだが、毒見なのか」
「…全力で嫌なプレッシャーを感じます」
嫌そうな顔で、コーヒー愛好者は答える。

「…ならば、上司命令だ」
「――…頑張ります」

職権乱用だろうと、あからさまに不服な名前を一瞥する。
コーヒー派の事務官を強制的に紅茶派へと口説き落とした検事は、勝ち誇った満足げな表情をして、赤い液体に眼を落とした。




紅茶関連知識皆無の人間が書いた紅茶話。どこか知識が間違っている所がありましたらお知らせ頂ければ幸いです。


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