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踊れや踊れ!
一切のしがらみをかなぐり捨てて、ひと時の熱狂と至高の陶酔を!




豪奢なシャンデリア。
ロココ調の室内装飾は、名の通り歪んだ真珠。
貝殻、サンゴ、しぶきをあげる波頭、タツノオトシゴ。
絵柄に見えながら、けれど、ただの非対称形の抽象彫刻。
多用された複雑且つ自由な曲線は円蓋まで達し、酷く扇情的な雰囲気を醸し出している。

飲めや食えや、踊れや踊れ。
古今東西の珍味、美酒は器に盛られ、テーブルというテーブルを隙間なく埋める。


存在するは、神が造りし両性の隔たりのみ。
身分も出身も国籍も、堅苦しい格式は一切合切全て無関係!
だれも彼もが素性を仮面に隠し、己の欲を解き放つ。
妻子ある身の男も、純潔の生娘も、金銀は言わずもがな、ダイヤモンド、サファイア、ルビー、果てには琥珀や瑪瑙まで、ありとあらゆる宝飾を身にまとい、老若男女問わず、踊れや踊れ!


今宵は仮面舞踏会!
高貴なる廃頽、神聖なる淪落。
贅の限りを尽くした無礼講。
乱痴気騒ぎとはまさにこのこと。
だれも彼もが我を忘れて、ひと時の夢の中へ!





狂騒の渦に、男がひとり。

煌々と眩く豪華絢爛な人波にあって、艶のある深い闇。
格調高い燕尾服に、型破りな黒いシャツに黒いベスト。
カフスまでもが黒蝶貝。
夜の女神も裸足で逃げ出す喧騒の光の中にあっての漆黒は、この場ではかえって酷く目立っていた。
加え、目元を覆う、装飾のない質素な白いマスク。

オペラ座の地下深くに棲むファントム。
その深淵に惹かれ、また一人、麗しき蝶が囚われる。


「お相手がいらっしゃらないようでしたら、踊ってくださらない?」


誰も彼もが羽目を外し、踊り狂う無礼講。
それは、闇が蠢くのに、格好な刻限。

「生憎だが、俺のクリスティーヌがまだみつからねえのさ」



オーケストラの甘美な旋律が、今宵は酷く不道徳的な音色を歌う。
誇らしげで派手なドレスの乙女は、不満げに離れた。
あの勝気な様子では、純朴はクリスティーヌ役は荷が重いだろう。
そう思いながら次元大介は、いい加減ウンザリしていた。

仕事の下準備、と称して連れてこられたのは、乱痴気騒ぎな仮面舞踏会。
おまけに、衣装の所為か、やたらと女性に声をかけられるのだ。
早々に興味がないと離脱を宣言した五ェ門が今更ながらに羨ましい。

昔から、女は苦手だ。



燕尾服の下には、相棒のコンバットマグナム。
軽く触れて感触を確かめれば、ペルメルを吸えない苛立ちが幾分か治まった気がした。
苛立ちを作り出した元凶、待ち人は、未だ現れず。



流線的で不規則に湾曲したロカイユ装飾。
優雅で軽妙で官能的な雰囲気。
寓話的で凝った衣裳による壮麗な行列が横切り、トロンボーンの豪快な主旋律にトランペットがグリッサンドを交えれば、そこは高揚の坩堝。
我を忘れた仮面の群衆が踊り狂う。
なんでもありの無礼講。マスカレイド。



どよめく黄色い声に、ふと耳が聞きなれた名前を捉えた。

一瞬ひやっとして、けれどアイツに限ってそんなヘマはないだろうと考え直す。
ルパンだわ、とざわめく方角を、努めて無感情に目線を寄越す。


旧約聖書、モーセが紅海を二つに割って渡渉したように、
群集がまさに王を受け入れ、道を明け渡すように、
大胆不敵。
威風堂々。
神をも恐れぬ姿。

なるほど、確かにそこには”ルパン”がいた。



タキシードの上に黒マントを羽織り、頭上には目深に被ったシルクハット。
仮面のかわりに、右目に古風な片眼鏡。
タキシードの胸には気障ったらしく赤い薔薇が一輪。
ご丁寧にステッキまで持てば、できあがり。

世紀最高の偉大なる怪盗紳士。



「ったく、おせぇんだよ。おれぁ、もう帰るぜ」
そう悪態をつけば、
「まあまあ次元ちゃん、そう怒りなさんなって。」
と、メッキ張りの威厳は一瞬で吹き飛んで、蟹股気味の歩き方と軽薄そうなヘラヘラした態度になった。

「見てたもんねー。さっきの女の子振っちゃうなんてサイテー」
「あぁ?」
「大体、次元だけずるいぞ、ひとりで女の子にもてちゃって」

オレも女の子にモテたいーと駄々をこねるルパンに、
随分浮ついたアルセール・ルパンだな、おじい様の名が泣くぜ、と揶揄すれば、ルパンはあからさまなオーバーリアクションでいじけるしぐさをした。


「モテたかったら、まずその無駄口を減らしな」
そう言いながら、コイツがモテないのは女どもに見る目がないからだと、内心思っている事は口が裂けても言えはしない。



静かな行進曲から始まり、力強いクレッシェンドが徐々に勝ち誇った主部へ移行する。
きらびやかで荘厳なウィンナワルツ、皇帝円舞曲。
ひと時の熱狂の夢を。
至高の陶酔を。
妻子ある身の男も、純潔の生娘も、老若男女誰彼構わず、
一切のしがらみをかなぐり捨てて、踊れや踊れ!
夢の中でこそ、謀の闇は一層深く激しく蠢動する!




「で、”クリスティーヌ”は見つかったのか?」
そう問えば、返答はウインクをひとつ。
折角の衣装とのあまりのギャップに、思わず気が抜けそうになる。


燕尾服の下、コンバットマグナムは相変わらず確かな質量と安心感を湛えていて、
触れれば、その冷たさが指に染みた。



今宵は仮面舞踏会!
高貴なる廃頽、神聖なる淪落。
贅の限りを尽くした無礼講。
乱痴気騒ぎとはまさにこのこと。
だれも彼もが我を忘れて、ひと時の夢の中へ!

幕開けのベルが鳴る。
圧巻のクライマックスは、世紀の大怪盗による最高にスリリングな大芝居。



「さって、いっちょお仕事しますか」
ルンルンで口笛を吹きながら、まさにスキップでもしそうなルパンに、次元は呆れて肩をすくめた。




14・01・2011 Happy Birthday, my friend. May God bless you with wonderful times ahead.


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