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拍手短文/20120801~20130410
オピウム5題/配布 回遊魚様

01: 夜の裏側/御剣怜侍
02: 冷ややかな快楽/狩魔豪
03: 甘い飢餓感/巌徒海慈
04: 残酷な優しさ/御剣信
05: 慈悲深き夢を/春待組




01: 夜の裏側/御剣怜侍

「ねえ、御剣さん」
「ム、何だ」
「お肌の手入れ、何使ってます?」
「何なのだ、突然」
「いえ、睡眠時間が取れてない割りには肌荒れがないなと思いまして」
「私を観察している暇があるのなら、手を動かしたまえ」
「動かしてます。その上で観察してます。化粧水とか使ってるんですか?」
「特にこれといったことはしていないが」
「えー!詐欺!なにそれ詐欺!」
「な!なぜ君に詐欺と言われねばならんのだ。しかも二回も!」
「睡眠不足で肌荒れは乙女の敵なのに!何それ詐欺!詐欺ですよ詐欺!」
「…間接的に私に文句があるのか」
「当然あります!寝かせてください、じゃなきゃ私より肌荒れおこしてください」
「前者は物理的に不可能だ。後者は私の肌質として無理だ」
「異議あり!」
「異議を却下する」
「うわー、職権濫用!」
「…私に八つ当たりをしないでいただきたい」
「それは無理です。だって、」
「なんだね。まとめて言いたまえ」
「…だって好きな人より肌荒れが酷いとか屈辱じゃないですか」
「…」
「…」
「…」
「…そこで黙秘権行使ですか」
「…君のテンションは私には理解しがたいと身を持って実感しているのだ」
「あ、ジェネレーションギャップ?」
「わ、私もまだワカモノだからな!」
「えー…、ソウデスネー」
「…君は、本当に私が好きなのか」
「好きですよ?御剣さんは?」
「…」
「…」
「…」
「…黙秘権多用しすぎですよー」
「…、強いて言えば」
「強いて言えば?」
「仕事の結果、肌が荒れた女性は嫌いではない。」
「…仕事、しましょうか!」
「そうだな」





庭には梅と桃の木が植えてあった。
春になると鶯が騒ぎ、真珠色の艶やか花が溢れる如く咲き狂う。秋にはふくよかな果実が香しく実り、それを食する生命の泉のせせらぎが反響する。
眼に泌みるような青い空の下で四季が美しく動き、朱色の屋根が照り映える。

涼亭の欄干に手をついて、まっすぐに背筋を伸ばした我が主が、良く空を眺めていた。


02: 冷ややかな快楽/狩魔豪


完璧であるが故の畏怖と無傷であるが為に羨望に格差はない。
記憶の底に流れる情景を瞼の裏に浮かべる。
そこに浮かぶ不完全は、耐え難き屈辱であり恥である。

じりじりと、切羽詰まった嘆きのようなチェンソーの音に、我に返った。
梅の木が銃弾に斃れるが如く薙ぎ倒されていく。
跡形もなく崩れていく庭園の中で。

壱か零か。
壱でなければ、零でしかない。
毀れる庭園に、安堵の笑みが毀れる。

我が主と運命にできる事。
嗚呼、それはなんと羨ましく美しい事であろうか、と。





03: 甘い飢餓感/巌徒海慈

雨が多いロンドンの夏は暑くなるよりも肌寒い感覚が強く、日暮れになるとなお一層それが強まる。
この店で初めて注文してみたエールビールは予想に反して悪くはなかった。それを片手に、巌徒は窓辺の席に陣取っている。あの子の定位置だ。

暮色が蒼然とあたりに迫っていた。夕靄が煙るように立ち込め、ガラス越しに墨色の夜の気配が滲んでいる。
窓辺の席からは、道行く人の様子が良く見えた。
腕時計で時間を確認してそろそろだろうと目星をつけていたら、案の定、ストリートの向こうからあの子が来るのが見えた。おそらく裁判資料なのだろう。相変わらず不相応なほど重たそうな手荷物を持っている。

完璧なロマンスと称されたエラ・フィッツジェラルドのスキャットボーカルが、湿った空気を蜂蜜で煮詰めたように甘美なものにしている。
エールビールのお代わりを注文し、ついでに彼女のためにギムレットを頼んだ。
そろそろ、気が付くだろうか。速足の彼女を目で追いながら、思う。気が付いてほしい欲求ともう少しその無防備さを眺めていたい願望が綯交ぜになっている。
大分入れ込んでいる自覚はある。
彼女は、唯一無二なのだ、と。代用が利かないのだ、と。

唐突に彼女は水でも浴びせられたような身震いをして、それから目的地、巌徒がいるパブを見やった。
眼に泌みるような夕日を浴びて頬が薔薇色に染まっている。
にっこりと笑って少し小走りでこちらへと急ぐ姿。完璧なロマンス。
巌徒は数秒、その光景を眺めた。
それから想い付いたように、さっきのギムレットを暖かいアイリッシュ・コーヒーに変更できないかと尋ねた。

扉を押し開けるノイズとともに、夕日色を背負った彼女がそこに立っていた。





待ち人は現れず。
あたしはただ待つだけしかできない。


事務所から真っ直ぐ道路沿いに歩いて三つ目の交差点を渡って右に曲がると、小さな公園があった。
ブランコと屋根付きベンチしかないような小さな公園。
だれもそこに公園なんて作りたくなかったのに、都市計画によって強制的に作らされたもので、子供にも人気がなかった。

急勾配のとたん屋根に、雨が落ちてリズムを奏でていた。
道路の隅の排水溝は小さな河の様相を呈していて、今まさに氾濫が起こりそうだ。
雨の向こうで、街灯が鈍い光を放っている。
眼鏡を外したぼんやりとした視界の中で揺らぐ蝋燭みたいだと思った。

待ち合わせ場所はここ。時間は当にすぎていて、相手だけが現れない。
あたしはただ待つだけしかできない。いつだって。

04: 残酷な優しさ/御剣信

街路樹が、肩を震わせて泣いているように潤んで見える。
そのすぐ近くの電柱に鴉の群れが止まり、物悲しく輪唱をしている。やはり、泣いているようだ。
暗澹たる夜の侘しさが、すぐそこまで迫っている。
今日も、待ち人現れず。
明日も、明後日も、そのさらに次の日も、待ち人は来ない。絶対に。

もうすぐ、盾之くんがあたしを探しにやってくる。
絶望的な顔をして、泣きそうに涙を溜めて。
でもきっと、明日も、明後日も、そのさらに次の日も、あたしはここで待ち続けるのだ。

鴉は、どことも知れず飛び去っていった。





空の底が抜けてしまったような氷の粒が大地を叩き、鋭利な破片を含んだ突風が身体を斬る。
いったい何をしに来たの、と。
振り返らずに彼は、問うた。

白銀に包まれた世界は静寂に支配されている。
その中にて悪趣味とも言える極彩色で構成された教会建築が、白く雪を被ることによって美しいコントラストを放つ。
この白銀の世界を美しいと、そう言えるのは部外者であるからだと、彼はかつて言った。

声が届かない閉ざされた世界。
その世界の秩序を、焔が、明確かつ強固な意図を持って氷空に反逆の旗印を掲げている。
いつも通りの装いと、いつも通り間延びした少し高めの声。コートの裾の黒ずみと少しやつれた後姿でなければ、今が緊急事態の真っただ中だとはきっと常人には理解できないだろう。

「ぼくを、わらいに来たの?」
そう、彼は問うた。
飛び散った火の粉が、じりじりと嫌な音を立てて雪の下に隠されていた大地を焦がしている。氷空は大気と炎の温度差によって陽炎のように捩じれて見える。その向こうで、彼の姿が歪む。分厚い氷山にヒビが入り、崩れ落ちるように。

閉ざされた世界に声は届かない。
雪に覆われた閉ざされた世界。声が届かないのを嫌う人種が、それでも選び取った強権による静寂。
恐ろしく自己矛盾を孕んでおり、けれど同時に切ないまでの自己肯定が含有されている。


「いいよ、わらっても。だって、ぼく負けちゃったから。」
彼は言う。いつもの声音で。
煤で汚れたプラチナブロンドが、風に揺れる。
振り返った紫水晶の瞳が、蕩ける。

「ごめんね。」
鮮やかに、艶やかに。
「ばいばい。きみは今からひとりぼっちだね。」

雪に覆われた閉ざされた世界。
永遠と呼ばれた、砂上の楼閣。
焔が弾ける背景で、血と肉で出来た愚者の楽園が、燃え落ちていった。

全てが除かれた後、剥き出しの心臓がさらけ出された後に残る声は、果たして熱狂か悲鳴か。
その答えは、人知の果てを越えたヴェールの向こうにしかない。

05: 慈悲深き夢を/春待組



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