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西から差し込む物憂くて優しげな、けれど幾許か優柔不断そうな光が、古い型の列車内において器用なくらいくっきりと明暗を分けていた。

昼下がりに郊外を走るJRは人が少なく、閑散としている。
見える限り、他の乗客は三人。手押し車を従者に携えたおばあさんが独り、優先席に浅く腰を掛けていた。少し土の付いた手押し車からは立派な大根とねぎの深緑色が顔をのぞかせている。きっとこの近郊で取れた有機栽培のものに違いない。
車両中央部のシートでは、昨今においては珍しく若く大人しげなカップルが控えめに会話をする。話すのは主にセミロングヘアの女性で、カップルの男性の方は彼女の声に過剰なほど愛しげに相槌を打っていた。

そこら辺に落ちていそうな、月並みの平凡な午後。けれど、列車と言う非日常の中。
手の中に握りこんでいた切符を、ボックス席のシートで日陰にならないように光の中に翳してみた。料金区間だけが書かれた、行き先不明記の小さな紙切れ。今から向かう目的地を、私は良く知らない。




「どうか、なさいましたか?」

ぼんやり切符を見遣って一人感傷に浸っていたら、その切符の向こう側から、少しばかりひんやりと感じられる涼しげな声とともに、ひらりと言の葉が空を舞った。

「起きていらしたんですか」

ボックス席の正面。
決して高くは無い身長をカッチリとフォーマルなスリーピースに包んだ痩身。今流行りのクラシコイタリアよりも、ブリティッシュクラシックなスタイルで、肩のコンパクトなシルエットが堅苦しさを中和し、若さを引き立てる。オールバックに撫で付けられた髪。フェルト生地のサスペンダー。

休日の、しかも曲がりなりにも女性と連れ立って、というシチュエーションであっても自己のスタイルを崩さないその人は、仕事の疲れか、前に逢った時よりもさらに幾分か肉が削げ落ちているように見える。

「失礼、少しぼんやりしていました」
「私は平気ですよ。こうして右京さんが一緒にいてくださるだけで、楽しいですから」
「―そうですか」




ガタンゴトン、と列車走行音は、決まりきった世の中の真理のように恒常のリズムを紡ぐ。
窓から見える灰緑色の田園風景の中、鉄色の路線軌道は見えうる限り遥か先まで伸びていて、その材質の通り不朽で半永久的な条理を思わせる。


「どういうところなんですか?」

窓の外で、郊外のおそらく無人駅なのだろう、ペンキが禿げ掛けた小さな駅舎が、奔り行く列車から取り残されるようにぽつんと小さくなっていく。
調整レールとロングレール、そこに分岐器のアクセント。耳の奥に居残り続ける、けれど、酷く心地の良い鉄琴の重奏みたいだ。

列車走行音の伴奏。それに負けないように声を掛けた。
填め込まれた車窓のガラス越しの風景に、感慨深げに投げかけられる彼の優しい視線を、奪うつもりで。


「はい?」
「今から向かう場所ですよ」
「―そうですねえ」

考える素振りは、その人の真骨頂とも言える。
真っ直ぐに背筋をシャンと伸ばし、少しだけ眉を潜めて、線路の軌道のように真っ直ぐに、前方を俯瞰する。
達観と実情と、私には分かるはずもないしがらみを理解しながら、それでも悔しいくらい一途で頑固に理想を追い求める強情さが、彼の姿形すべてから滲み出ている。
その強さと脆さを、愛しいと想う。傍にいて、支えてあげたいと願う。


「強いて言えば自然に溢れた田舎、でしょうか。私としてはあなたを退屈させないか、心配です」
「あら、私こう見えても結構アクティブなんですよ。自然が多くて、とても楽しそうですこと。それに」


灰緑色の風景。その中を埋めるリズムを紡ぐ列車走行音と、周りに満ちる非日常感。
見えるもの、感じるものが鮮やかに色付いて思われて、過去の懐かしさや未来への負託が、浮かんでは去っていく。列車においていかれる無人駅のように。
旅情、と呼ぶのか。銀の軌跡が揺り覚ますこの情緒は、酷く切なくて、甘酸っぱい味がする。



にこり、と。
「それに、右京さんが生まれた街に連れて行ってくださるんですもの。精一杯楽しまないと、ね?」
そう、素直に伝えてみる。
その人は、少し困ったように、「あなたは、前向きですねえ」と答えた。



西から差し込む物憂くて優しげな、けれど幾許か優柔不断そうな光が、古い型の列車内において器用なくらいくっきり明暗を分けていた。

降り立つべき駅までは、まだ少しかかりそうだ。

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