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厳密な意味で、自由と平等は両立し得ない。
無謬な自由を探求すれば、そこにはおのずと格差が生まれ、
鉄壁の平等を希えば、自由の圧迫は避けがたい。
近代市民革命における二大権利は、そういう決定的なジレンマを包含していて、
しかしそれでも人は「生まれながらにして自由かつ平等の権利をもつ。」なんて言葉に幻惑される。




鳴り止まぬ拍手、歓喜に満ちた希望の声。
目を閉じると、今でも鮮明に思い出されるあの冬の、寒い朝。

浮き足立つような熱気と胸一杯の期待と幸福感に包まれながら、
ついに目下の敵を退け勝利の証を、夢のような理想の現実を手にした、あの日。

みんなが仲良く暮らせる社会。
人民の団結と、民族の融和。
僕の理想郷。


眩暈がする。
地面が揺れる。

身体のあちこちに隠された傷がじんじんと痛む。
酷く凍えているのに、内側から腐り爛れていくように熱い。

血反吐を吐くように歩んできた現実は、
それでもひどく残酷で、

容赦なく絶望と混沌に満ちた真実を突きつける。




覚えず悔恨の長嘆をした自分に、
自虐的な笑いがこみ上げる。


馬鹿げている、
馬鹿げているとも、
ああ、なんて馬鹿馬鹿しい!


「――…誰もかれもがヒーローによって救われるだなんて、本気で信じているの?」

目の前には
眼鏡越しの瞳をきらきらと輝かせた彼。かつての、敵。

箱入りの、
温室育ち。
正義を疑わず、ヒーローを信じてやまない、誰よりも憎んだ相手。


「――…絶対的な正義だなんて、御伽噺の中の話だよ」

混じり得ない。
その相手に、無様にも歩み寄らなければ立つ事もままならない。


「――…無理だよ、」

みんなが仲良く暮らせる社会。
人民の団結と、民族の融和。
僕の理想郷。


「――…君には、ヒーローには、僕は救えない」

理解し合えない。
掲げた正義は、いつまでたっても平行線。


「――…神様だって、公平じゃないんだから」

神様の世界でさえ、ユダヤ教はイスラエル人の見方だし、キリスト教やイスラム教は信じる者だけしか救わない。
神様でさえ、平等には扱ってくれない。

だから、僕は神様なんて捨てた。


「――…いい加減諦めなよ」

分かち合えない。
硬貨から紙幣まで、すべてにIN GOD WE TRUST 、われら神を信ず、だなんて刻んでいる彼とは。
もはや、敵ではなくなったのに
決して




ああ、眩暈がする。
地面が揺れる。



みんなが仲良く暮らせる社会。
僕の理想郷。
生まれた環境や自分の力ではどうにもできない才能などで格差がつかないような。
弱い子だから、強い子よりも冷遇されるだなんて残酷なことがないように。


「――…無理だよ、絶対に」

ふわりと、笑ってみせる。
彼が瞠目したのがわかって少し可笑しく感じる。
決して両立し得ない僕ら。


「――…君に、君のいう正義に、ヒーローに、ぼくは救えない」

だって、
ヒーローをヒーローたらしめるのは「悪役」がいるからであって。
そのためには、救われるべき「誰もかれも」は万人であってはならないわけで。


「――…だって、仮想の敵が、いなくなったら、ヒーローはこまるでしょ?」





混じり合えず、分かり合えない。
僕らの道は決して交差することはない。

けれど、
輝かしいあの革命の道も、
血まみれになって切り開いたはずの理想も、
朽ちていけば逝く先は結局同じなのかもしれない。



眩暈がひどくなる。
地面がゆれてまっすぐ立つ事もままならない。


閉じたまぶたの裏に浮かぶ、
ほんの少しの不安と息を詰めて待ち構えた溢れんばかりの幸福感に満ちた、あの日が、

ゆっくりと紗がかかっていくように

徐々に消えて失われてゆくのを感じた。


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