APH | ナノ


僕以外の人間が入り込めないように、オートロックどころか最新型の指紋認証セキュリティシステムまで導入している我が家の扉を上げた瞬間、パンという乾いた爆発音が響いた。

反射的に、暗証している襲撃時の非常マニュアルをすばやく脳内で復唱しつつ、自衛と侵入者排除のためにコートの下の拳銃に手をかける。書斎の金庫にもPCには、今日は見られたらまずい最重要級の機密事項は入っていないはずだから心配することはない。とりあえずは僕の家に侵入した愚か者の顔を拝んでやろう。
手に馴染んだいつものトカレフが政府に没収されていることが悔やまれる。”僕の安全のため”という理由だそうで、代わりに支給されたPSSは、通常の銃よりも音を出さずに発砲出来るという利点はあるものの、どこかしっくり来なかった。ああ、トカレフに安全装置がないからだなんて、なんて当たり前な!そんなものがなくたって、僕がヘマをやらかすことなんてありえないのに…!

ざっとそんなような事を脳みその半分で考えて、もう半分で状況を分析しようとしたら、
硝煙のにおいとともに、やたらとキラキラした紙ふぶきやらくるくるの可愛らしい紙テープやらが頭上に降って来た。

一拍遅れて、物陰から眩しく輝くようなブロンドの髪をした”首謀者”がひょっこりと顔を覗かせる。
メガネの奥の、季節外れの夏の空の色の瞳に、溢れんばかりの喜色。頭には犬の耳のような装飾。
極めつけに心底愉快そうに屈託のない笑みで、恒例のフレーズを投げかけられれば、たとえどんな聖人賢者でも、きっと怒り心頭に発するだろう。ちなみに、僕は怒りを通り越して、哀れな気分になった。彼の頭の中と、常日頃から彼に付き合わされている東洋の知人に。




「Trick or Treat !!」






「で、つまり君は、ハロウィンがしたいがために、わざわざ非正規ルートで入国して、僕の家のセキュリティを突破して、その変な犬耳?をつけて、僕に正当防衛で撃たれるのを覚悟して、クラッカー持っていつ戻るかわからない僕を待ち伏せして潜んでいたわけだね?」

招かざる客にも(特に彼が相手の場合)、一応は紅茶を出してあげるというこの行為は、一昔前の僕にはありえなかったことだ。この状況を見たら、僕の妹だとか昔の部下たちはきっと驚くに違いない。

紅茶を蒸らしている間、冷蔵庫から最近気に入ってるメーカーの木苺のジャムと、地下の倉庫にも山ほど常備しているウォトカを添える。

禁酒をすすめる現首相の政策により、今年に入ってウォトカの値段が軒並み高騰している。
さすがに、男性の死亡原因の30%はアルコール依存症に関連するという現状はいただけないが、”命の水”とも呼ばれるこの酒がこれまで何度か品薄になるたびに、工業用アルコールや液体燃料、さらにはさび止めまでを代用品として飲んでしまう国民性だから、今年の冬も危ないだろう。せめて、死者数がすくなくあればいい。政府が、アルコール度数の少ない酒としてビールを推奨しているが、あれもどのくらい効果が出るのか、疑わしい。

その間に、コーラはないのかい?と背後で聞こえた要求は、きれいに無視。
かわりに、彼の来訪理由を嫌味に言ってやれば、犬耳じゃなくて人狼さ!君はそんなことも知らないのかい?と、的外れでなんともカチンとくる台詞が帰ってきた。

「ねえ、クラッカーって拳銃を撃ったときと同じ硝煙反応が残るって知らないの?僕が君を今ここで殺してもなんの問題もないんだよ?」

暖かいアッサムティーを(大変不本意ながら)彼にもサーブして、シルバーのスプーンに乗せた木苺のジャムを舌先でなめる。紅茶のすっきりした渋みの中に程よい甘さと酸味が一瞬にして広がって、至福の余韻を残す。




「そんなこと、君はしないさ!だって今日はハロウィンなんだぞ!」


ハロウィンだと他人の家に不法侵入して良いのか、セキュリティをどうやってはずしたんだ、だいたいトリックオアトリートと言いながらお菓子を貰えるのは子供だけではなかったのか、それ以前にハロウィンはケルト人やアングロサクソン系の収穫感謝祭が起源だからロシアでは他の欧米諸国ほど広まってないだとか、狼だか犬だか知らないけどその耳のついたカチューシャは恥ずかしくないのかとか、やっぱりそのカチューシャも極東の彼からもらったのか、だとしたら今度東シベリアで共同発見した油田の打ち合わせの際に文句を言ってやらなければとか、言いたい事は山ほどあったが、
友達の家を回るのは当然だろう?と、あまりにも自然に彼の口から続いた言葉に、一瞬唖然として、次にその言葉の裏に潜む意味がないか頭脳フル回転で考えて、けれど、彼の能天気そうな笑顔を見ていたらわりとどうでもよくなった。決して絆されたわけではない。


「…言っておくと、今年は協力しないからね。」
去年のハロウィンに、そう言えば僕を毛嫌いしている彼のお兄さんとの対決に巻き添えを食らった事(もちろん僕が勝った)を思い出して、先手を撃てば、「Oh、Nooooooo!」と言ううめき声とともに、彼が机に突っ伏した。どうでも良いけど、紅茶と僕のウォトカがこぼれそうになるから、大げさに動かないでほしいな。

「そんなだから、君は行き遅れてるんだぞ。大体、これも廃刊に追い込まれるだなんて信じられない。」

取り出すは、どこで買ってきたのか、今月で最終号を迎えた報道雑誌だ。元々はアメリカ系のメディアだったので、彼が文句を言い出すのは想定の範囲内だが、あまりにもわかり易く不貞腐れた風にテーブルにひじをつく様子に、思いのほか気分を害していない。そのことに自分でも驚く。

「採算が合わないっていう純粋な財政問題が原因だよ。僕に文句を言わないでくれる?」
「君のところは秘密主義だからね、そんな事信じられると思うかい?」

間を置かずに切り返された台詞に、まあその通りだろうなと思いながら、ニコリと笑みを深めると、彼はあからさまにつまらなさそうな顔をした。





お菓子がないならもう帰る、と言う彼に、もう二度と来なくて良いよ、といつもの応酬で見送って、玄関付近に散らばったクラッカーの残骸を片付ける。
クラッカーの紙ふぶきって集めづらいし、あとでティーカップとか食器も片付けなければいけないな、全く迷惑この上ないと思う。
けれど、困ったことに、嫌な気分ではない。本当に迷惑この上ない事だけれども。


拾うのを諦めて掃除機を取りに行こうとしたら、ふと部屋の隅に見慣れぬ箱が鎮座しているのが目に入った。
ちょうど、玄関から死角になっている、彼が隠れていたあたりだ。
さすがにこんなにわかり易く盗聴器を仕掛けることはないだろうし、爆発物なら国際問題になるし、なんだろうと思い、慎重にリボンを解いて慎重に箱を開ける。

箱の中身は、黄色やらピンクやら、M&MやHERSEYSの蛍光色のチョコレート、同じく蛍光色のジェリービーンズで飾られた、生地まで蛍光色のクッキー。多分食べたら、味覚がアメリカナイズされて、食欲が完全に失せるだろうと思われる物体。

クッキーの中から、一番無難そうな白い色のものを取り出す。
厚さにして1pはありそうな、どうみても表面は砂糖そのもので、クッキーの定義が覆りそうなそれを、ほんの少し齧ってみる。
予想を裏切らない激甘さ。吐き出すわけにもいかず残りをなんとか飲み込む。
口の中に、砂糖のジャリジャリ感が残って大層気持ちが悪い。

「――……こんなの、食べられるわけないよ。ふふふ、本当に迷惑だなぁ」
そう言いながら、もともと悪くなかった気分がさらに浮上するのを感じる。
ハロウィンも悪くはないな、だなんて思ってる僕は、困ったことに、案外人を見る目も、趣味も悪いのかもしれない。


今度、お礼にプリャーニクでも焼いてあげよう。
口実は、そうだな、イタズラされたくないから、とでも言えばいいだろう。






・PSSとトカレフはともにロシア(ソ連)発の拳銃。トカレフは安全装置省いじゃってることで有名。構造が単純で丈夫で組み立てやすいという意味では、カラシニコフと通じるものがある。
・ウォトカの下りは本当。露初代大統領もアル中だったらしい。
・東シベリアで共同発見した油田→JOGMECとイルクーツク石油が共同発見した油田。埋蔵量1億バレル超らしいよ!今建設中の東シベリア−太平洋パイプライン通じて日本にも送られるかも。
・10月で最終号を迎えた報道雑誌→露版Newsweek。採算の問題と言ってるけど、ロシア当局の圧力?


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