「あれ?」
昼食の買い出しの為に商店街を回っていると、あまり街では見掛けない後ろ姿を発見し、思わずシンシアは足を止めた。
見間違いかとそのまま買い物を続行しようか悩むが、その人物は見れば見るほどシンシアの思い描く人と同一人物に見える。
気付かれないようにこっそり後をつけると、その人物は花屋の前で立ち止まって、何事かを思案し始めた。
「あのー……タルガーナ殿下……?」
お返しも楽じゃない
思いきって隣に歩み寄り声を掛けると、大鐘堂でも屈指の発言力を持つ金髪の青年はびくりと肩を震わせた。
「……何故分かった?」
眉根を寄せ、信じられないといった様子のタルガーナに、シンシアは言葉を詰まらせる。
「えーと……何故、って言われても……」
改めて、タルガーナを頭から爪先まで見回した。瞳の色を隠す黒い眼鏡に、色とりどりの花をあしらった赤地のシャツ。悪趣味。非常に目を引き、どっからどう見ても怪しい。
普段大鐘堂の要人を見ない一般市民ならともかく、シンシアは騎士隊御用達の武器屋として月に何回か大鐘堂へと足を運ぶことがある。
当然タルガーナを何回も見ている訳で、このような生半可な変装では見破れない訳がない。寧ろ悪目立ちする。
「その格好……」
「ジャクリが故郷に戻る前に、置き土産と言って渡してきた物だが……変装に役立つと言って……」
タルガーナの発した言葉に、シンシアは妙に納得した。
ジャクリはタルガーナや御子のクローシェ、シンシアの想い人クロアと共にメタファリカ実現の為に戦っていた仲間だったが、その手癖の悪さというか、悪戯というか、悪ふざけというか――とにかく、そんなものに定評があった。
「これほどまでに奇抜な格好をしていれば、よもや俺だと気付かれまいと思ったのだが……」
まあ、そりゃあ自分たちの国を治める要人の一人が、いくら変装でもこんな奇人じみた格好をしているなんて……どっちかと言うと信じたくないよね。
面白いけどさ。
そこまで考えて、シンシアは口の端を不器用に吊り上げた。
一般市民には気付かれないだろうが、大鐘堂の人間――例えば騎士隊員とか、タルガーナをよく見る機会のある人間にはバレる。間違いなく。
「ははは……」
愛想笑いでどうにか場を切り抜けようとしたシンシアだが、ふと今の状況を思い出す。
「そう言えば、今日はどうしてこんな所に? お休みの日にもこっちにはあんまり来ないですよねー?」
日用品の買い出しは使用人がやっているし、上流階級の人間は、基本的に仕事以外にはあまり外に出ることが無い。
庶民派御子として親しまれているルカはよく市場に出ているようだが、それは例外と言っても良いだろう。
首を傾げるシンシアは、タルガーナの口から漏れた言葉に目を見開くこととなる。
「それは……クローシェ様に花でも贈ろうかと思ってな」
「ええっ!? そ、それってまさか、プロポーズ!? い、いつの間にそんな仲に……!」
「ち、違うぞ! バレンタインデーのお返しにだな……!」
慌てて返してきたタルガーナの言葉に、シンシアはホッとしつつも拍子抜けした。
そう言えば、明日はホワイトデーだった。
御子と元皇族が婚約したとあれば、一大ニュース。関連商品でもだせば特需ものだったろうに……と。
「なぁんだ、そんなことかぁ」
「そんなこととは何だ! 俺は真剣だぞ!」
義理堅く一本気なタルガーナが嘘を吐くはずがないと分かっているが、そんなシンシアの心情を知るはずもないタルガーナは一人憤慨する。
「分かってますよ。でも、それなら花より喜ぶ物があるんじゃないですか?」
そんなタルガーナに、シンシアの老婆心が疼いた。
恋する乙女は、それが自分の想い人に関係のある場合はともかく、他人の恋も応援したくなるものだ。
「何、本当か?」
タルガーナの真剣な反応に比例して、シンシアの気持ちにも火が付いていく。
「本当ですって! 私もお付き合いしますよ! 2人でクローシェ様に喜んでもらえるプレゼントを見付けましょう!」
「しかし……」
「今日はウチは休業日ですし、私がお手伝いしたなんてことは他言しませんから!」
タルガーナはいくらか逡巡した後、
「……それでは、頼む」
正直助かったという風に息をひとつ吐いた。
「シンシア、これなんかどうだ?」
なになに、と呟きながらタルガーナの手元を覗き込むと、その手に握られていた緑色の物体にシンシアは眩暈を起こしそうになった。
「駄目! それ絶対に駄目ッ!」
「何故だ? こいつは凄いぞ。腹を押すと鳴くんだ」
ゲロッゲロッ。
間抜けな機械音声が、シンシアとタルガーナの周りに霧散していく。
「それはゲロシゴです! そんなものプレゼントしたらクローシェ様卒倒しちゃいますよー!」
「そうなのか……」
タルガーナはそれでも名残惜しそうにゲロシゴのぬいぐるみを持って、ゲロゲロ鳴らしている。
クローシェ様と言えばファンシーショップ! と言われているくらい、クローシェは可愛い物が好きだ。
贈られれば花よりも喜ぶに違いないとタルガーナを連れて来たのは良いが、相手は何よりお金持ちのお嬢様。
気に入りそうな大体の物は既に入手しているだろうし、もしかしたら花やちょっとしたお菓子の方が手軽で良かったのかもしれない……と、シンシアは後悔し始めていた。
「シンシア、これは……」
「オボンタぬいぐるみなんて女の子が喜ぶと思います!?」
「む」
おまけにタルガーナは乙女心をさっぱり理解していない。芸術には高い観察眼を持っていても、こうものはからっきしらしい。
自分から言い出した手前、やっぱり違う物を、などとは言いにくく、内心頭を抱えていた。
「あら……シンシア?」
「!!」
背後から掛かった声に、反射的にシンシアとタルガーナは顔を見合わせた。
マズイ――とアイコンタクトをする。
「珍しいわね、貴女がこんな所にいるなんて」
振り返れば、白いワンピースに、髪を大きな三つ編みにしたりして変装らしいもの――をしている、クローシェがいた。
ちなみに彼女も、親しい人物以外には、変装してバレてないつもりである。
マズイ。非常にマズイ。贈り物というのは、相手にどんな物を贈るのか知られないことが重要なのである。ここでタルガーナのプレゼント大作戦がバレてしまうのは大きな痛手だ。
「ああっ! ごごご、ご機嫌よう! 奇遇ですね!?」
こちらの動揺を悟られないようにごく自然な挨拶を返した――つもりだ――が、内心冷や汗ものだ。
「シンシア……こちらの方は?」
クローシェの言葉に、シンシアはハッとした。クローシェはタルガーナに気付いていない。
クローシェも何処か世間ズレしているというか、鈍いところのある性格だ。助かったと心の中でひと息吐いて、落ち着きを取り戻す。
「こっ、ここ、この人はですね……」
一瞬の沈黙の内に、シンシアの頭脳がフル回転する。頭の引き出しから適当に言葉を取り出して、それらしい形に構築。アウトプット!
「親戚のジョシュアです! パスタリアに遊びに来てて、妹さんのお土産にぬいぐるみを……」
クローシェは疑う素振りもなく頷いてくれて、シンシアは心の中で喝采を上げた。
「そうなの。ジョシュアさん、パスタリアは楽しめました?」
「は、ハイ! それはもう! とても!」
ガチガチに緊張しているタルガーナの声に、思わず吹き出しそうになる。
「それは良かったわ」
そんな水面下のやり取りの中、クローシェが柔らかく微笑んだ。それは同性のシンシアから見てもとても綺麗で、クローシェに憧れる街の男たちの気持ちも、少しだけ分かる気がした。
「あ、そう言えばクローシ」
「しっ! シンシア!」
名前を呼ぼうとしたら、がっしりと肩を掴まれて引き寄せられた。
ずいっと耳元に唇を寄せられる。
「シンシア、私は今内密で外出しているの。だから名前を呼んでは駄目」
変装になっていない変装の為に、ついついお忍びだということを忘れてしまっていた。
「あ……そうですね。分かりました。じゃあ何て呼びましょう?」
「そうね……レイカで良いわ」
肩を離され、シンシアに自由が戻った。何でレイカなんだろう、と少しの興味を抱きつつも、質問を再開する。
「ク……レイカさんは、どうしてここに?」
「ゲロッゴの新製品が入荷したらしいから、ちょっとね」
再び、シンシアとタルガーナは顔を見合わせた。
これはクローシェの好みや未入手品を調べる絶好のチャンスだ。
「あのー……私たちもご一緒しても良いですか? ジョシュアの妹さんのプレゼント、なかなか決まらなくて、参考にしたいなーなんて思ったんですが……」
「良いわよ。お役に立てるかどうかは分からないけれど」
クローシェは流石にご機嫌で、快く承諾してくれた。棚の一角に躊躇いなく歩み寄ると、「ほら、コレとか」と笑顔でゲロッゴぬいぐるみを手に取り始めた。
「最近、ルカが無駄遣いは駄目って怒るから、あんまりゲロッゴグッズを買えなくなったのよね……」
唇を尖らせてボヤく姿は何処にでもいそうな女の子だ。
次々とぬいぐるみやら小物を手に取っては、あれやこれやとコメントしている。
「この子、すっごく可愛いわ! あ、でもこっちの子も……うーん……どうしようかしら……」
そうこうしていく内に、どうやら彼女のお目当ては2つに絞られたらしい。
「両方買うとルカさんに怒られるんですか?」
「そうなの……だからどちらかひとつにしないと……」
シンシアはタルガーナに目配せする。居心地の悪そうにゲロシゴを見ていたタルガーナもそれに気付き、小さく頷いた。
「すまんなシンシア。すっかり付き合わせてしまって」
陽が傾きかけてきた頃、2人は商店街の出口へと向かって歩いていた。
タルガーナの手には、ファンシーショップで買ったゲロッゴのぬいぐるみが入った紙袋がある。
クローシェがどちらを買おうか悩んでいた物の内、選ばれなかった片方を購入し、ようやく帰途に着けたのである。
「いいえ。なんか結局クローシェ様の登場に助けられちゃいましたし。余りお役には立てなかったですから」
「いや、そんなことはない。このタルガーナ、心から感謝の辞を述べよう」
そう改まって言われると、何だか照れくさい。
誤魔化すように笑うと、タルガーナがシンシアの抱える、昼食になるはずだった食材の入った紙袋に目を留めた。
「……そうだ、これから食事でも一瞬にどうだ?」
「へ?」
「昼食がまだだったんだろう? それなのにわざわざ、本当にすまないな。詫びと礼を兼ねて、どうだ?」
そう言いながら、タルガーナはひょいとシンシアの荷物を持ち上げた。
反射的に手が伸びたが、ぶつかった視線に制される。
2人で食事なんて、誤解されないかなーという思いがよぎったが、正直お腹はペコペコだ。
帰って夕飯の支度をするのも手間だし、ここはタルガーナに甘えてみるのもアリかもしれない。
「じゃあ、ありがたくご馳走になっちゃおうかなー?」
人助けはするもんだと、シンシアは軽快な足取りに浮かれながら思った。
(おまけ)
「そう言えば、皇太子さんにあげてたアレ。あんな物よく持ってたわねぇ」
「ああ、アレね。ソル・シエールを出る時に、ライナーに貰ったのよ。餞別にって」
「…………不要品処分?」
「そうとも言うわ」
*
ホワイトデーSSです。
樽澪? な樽澪になってしまった……。
シンシアとタルガーナのコンビが意外にツボで、書いてて楽しかったです。
ゲームではシンシアはボケキャラだけど、お店を切り盛りしてるくらいだから本当は凄くしっかりしてると思います。
ドラマCDは聴いてないのでよく分かりませんが、普段のボケはクロアの前限定だと良いなぁ。
残念ながらシンシアの口調がよく思い出せなかったので、もしかしたら修正入るかもしれません。
というか私の書くジャクリは悪戯しかしてない気がする。
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