朝日が昇るその時まで





 もう月が傾きかけた頃。
 タルガーナとクローシェは大鍾堂の使用されていない客間を借り、静かな語らいの一時を楽しんでいた。

 テーブルには僅かな料理と、ワインの瓶。
 空になった皿がやけに多いのは、先程までクロアとルカもここに居たからだ。

 《創造詩》が完成し、《理想郷》が誕生してから、今日でちょうど一年。
 《メタファリカ》一周年記念式典が行われ、仕事と後片付けに忙殺されてこんな時間になってしまったが、何とかこうやって、御子とその騎士だけのささやかな宴を催す事が出来た。

 お互いの親友とも言える二人が帰宅したのは、ルカがすっかり酔い潰れてしまったからというのもあるが、元々自分達を二人きりにしてくれるつもりだったのだろう。
 ルカを背負い困り顔で家路に着いたクロアに、タルガーナは心の中で密かに感謝をした。

「クロアに気を遣わせてしまったかしらね?」

 同じ事を考えていたのか、クローシェも小さく笑っていた。
 彼女の頭にも、おぶったルカに絡まれながら、街を歩くクロアの姿が浮かんでいることだろう。
 式典の余韻で、街はまだ眠りについていない。
 ルカだけでなく、街中の酔っぱらいにも絡まれているかもしれなかった。

 タルガーナの口許も自然に緩む。

「……そうかもしれないな」

 笑い合って、心地良い沈黙が降りる。
 お互い、この温かな雰囲気に身を任せるように。

「もう……もう、一年も経ったのね……」

 先に沈黙を破ったのは、鈴の鳴るような声。
 俯いていたクローシェが、想いを吐き出すように呟いた。
 タルガーナと目を合わせて、菫色の瞳を窓の外へ向ける。つられてタルガーナも視線をやった。

「《創造詩》を紡いだ時も、夢みたいな感じだったけれど……今も同じ。色々なことがあって、それもみんな夢のような……毎日が幸せすぎるのかしら」

 青い夜闇に浮かぶ、金色の三日月。
 頼りなさげな小さな輪郭が、けれども強く輝いている。

「なに、まだ一年、だろう?」

 こういう節目に弱くなりやすい彼女の心が沈まないようにと、わざと挑発するように言うが、普段の彼女ならば言うであろう「当然です」という台詞は出て来なかった。

 ちらとクローシェの方に視線を戻すと、目の前のパートナーは眉間にしわを寄せ、顔をひどく強ばらせていた。さーしゃには見せられないような表情だ。

 月を射抜くような眼差しは心なしか潤んでいて、タルガーナは小さく息を吐き眉をひそめる。

「まったく……なんて顔をしてるんだ。せっかくの綺麗な顔が台無しだぞ?」

 呆れ半分、からかい半分でそう言うと、クローシェは凄い勢いでこちらを振り返った後、顔を真っ赤にしてそっぽを向いてしまった。

「……う、うるさいわね! 放っておいてちょうだい!」

 予想通りの、分かりやすい拗ね方をするクローシェに、タルガーナはつい笑ってしまう。
 そうだ、この方は、こうでないとつまらない。
 言い返してくるくらい強くなくては、張り合いがなくて困るのだ。

「すまない、悪かった」

 とは言え、機嫌を損ねられたままでも困るので、一応の謝罪の言葉を述べるが、

「誠意が感じられません!」

 と、ぴしゃりと切り捨てられてしまった。

「……まあ、そう言うな」

 頬を染めたまま睨んでくるクローシェを横目に、タルガーナはワインの瓶へと手を伸ばした。
 コルクを抜くと、はじけるような気持ちの良い音が部屋に響く。

「今日は、難しいことは置いておくとしよう……。今、この時だけは、我々は《理想郷》に暮らすだだの人間、ひとりの民だ。純粋に、時の流れを喜ぼうではないか」

 ワイン瓶を片手に、二人きりの宴の始まりを告げる。

「もう少しで、日付が変わってしまうわよ」

「ふっ……ならば急いで祝福の辞を述べねばな」

 皮肉を言うクローシェの表情も、みるみるうちに穏やかなものへと変わっていく。
 差し出されたグラスにワインを満たすと、嬉しそうに目を細めた。

 自分のグラスにもワインを注いで、瓶をテーブルに置く。
 クローシェに向けてグラスを掲げると、ふわりと中の暗紅が揺れた。

「今日という良き日に」

 お互いの顔に笑みが刻まれる。
 クローシェもグラスを掲げた。

「愛しき大地に」

 安らかな時間が続くよう、願おう。

 乾杯――。








*



蒼碧の都様との相互記念。
夕凪様に捧げます。

樽澪ですが、カップルと言うより、コンビ?
一気にぐわーっと書き上げて、それに色々書き加えたら強引な流れに……。ロアルカ要素は気が付いたら入ってた←
タルガーナがクローシェ様より上手な感じですが、グラスに酒を注ぐのが樽賀なところ、きちっと主従関係が出来てる。つもり。

とりあえず、自分の理想の樽澪を好き勝手書かせて頂きました。
贈り物なのにすみません、夕凪様。
そして、SSSと言っておきながらいつの間にか長くなってSSになってしまいました。すみません!(土下座





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