タルガーナは、クローシェの私室のある宮殿へと急いでいた。

 急な知らせだった。
 それを受けた時、タルガーナはパスタリアから離れた新興都市の治安維持の任に就いていた。

 《理想郷》の創造により、確かに人々の生活は格段に良くなった。しかし、新たな地での新たなスタートに失敗し、盗賊などの悪行に身を投じてしまった者も、少なくはない。

 タルガーナの任務はそんな人々を裁き、時には新たな働き口の斡旋を行う――そんなものだった。
 
 知らせが来る前からもクローシェのことは気掛かりだったが、自分がパスタリアを出た時は全然――いや、あれからもう3ヶ月は経っている。変化があるのは無理もないことだった。

 カツンカツンと、靴の鳴る音に背中を押され、石段を駆け抜け宮殿の門をくぐり、廊下を走る。

 普段なら行儀が悪いとたしなめられてしまう行為だが、すれ違う使用人や役人たちは皆、タルガーナの心情を察してか、会釈をするだけだ。

 温かい厚意に、タルガーナは心の中で感謝の辞を述べた。

 次の角を曲がれば、クローシェの部屋が見えてくる。
 タルガーナは走り通しで重くなった足に喝を入れた。

 角を曲がると、大鐘堂の騎士鎧を着込んだクロアが、部屋の前に立っているのが見えた。

 向こうもこちらに気付いたらしく、駆け寄ってくる。

「タルガーナ!」

「クロア! 様子はどうだ!?」

 表情の緩いクロアの肩を掴み、揺さぶる。

「クローシェと子どもは、どうなった!?」

 ――そう、タルガーナの下に来た知らせは、妊娠中だったクローシェが産気づいた、というものだった。
 移動に丸1日かかっていたので、既に産まれていてもおかしくない状況だ。

「ああ……少し時間はかかったが、2人とも元気だ。今はルカが一緒にいる」

 クロアの言葉に、タルガーナは安堵のあまり全身の力が抜けた。
 クロアに掴みかかっていたのが、逆にすがりつくようになっている。

「そうか……良かった。難産になるだろうと医者に言われた時は、どうなるかと思ったが……」

「おいおい、しっかりしろよ。お前はもう父親なんだからな。こんな姿、情けなくて見せられないぞ」

 クロアがタルガーナの肩を軽く突き飛ばす。 体に力が入っていなかったタルガーナは一瞬よろめくが、

「お前に言われずとも、分かっている!」

 とすぐに体勢を立て直した。
 少々呆れ気味だったクロアも、タルガーナがいつもの調子を取り戻してきたことを感じ取り、口許を緩ませる。

「なら良いんだけどな。そうそう、子どもの性別はな……」

「ま、待て! 皆まで言うな!」

 余計なお世話で必要以上に喋ろうとしているクロアを、慌てて遮る。

「俺が、自分の目と耳で確かめる」

 タルガーナが毅然とした表情でそう言うと、クロアは目を丸くし、しかし次の瞬間には力強く頷いていた。

「そうだな。すまない。――さあ、早くクローシェ様に顔を見せてやれ」

 タルガーナも頷き返す。
 クロアの横を通って、豪奢な扉の前で立ち止まった。

 ドアノブに伸ばした手が、震える。
 心臓が張り裂けそうな程の緊張に動けないでいると、扉の向こうから、赤ん坊の泣き声が聞こえてきた。

 泣く子をあやす、クローシェの声も。
 タルガーナの心が跳ねた。

 意を決して、ドアノブを捻る。――捻ってから、ノックを忘れていたことを思い出し、開ける前に気が付いて良かったと慌てて扉を叩く。

 ルカの、どうぞー、という声が聞こえた。

 深呼吸の後に扉を開け、一歩、部屋へと――父親への道へと、踏み出した。
 咳払いをして、二歩目。



「――今戻った。クローシェ、体は大丈夫か?」










*



 リハビリ作品第二弾。案外長くなりましたが……。

 はい、すみません、申し訳ございません。妄想が過ぎました。

 正直ここまでやってしまうと傲慢というか冒涜しているような気がするのですが、自分の欲求のままに書かないとヤル気が湧かないので……。

 いやホントにすみません。

 ちなみに、自分は読み終わった後の余韻というものを大事にしています。
 中途半端になってないと良いんですが。
 余韻、感じましたか?





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