大鐘堂の廊下で美しいあの人を見掛け、思わずタルガーナは足を止めた。

 彼女は、自分の幼い頃からの親友と肩を並べ、何かを話している。
 その光景は、タルガーナの心を焼いた。

 何故だ、何故貴方は、俺の心を掻き乱す――。





だって、言えない





 水流のように艶やかで美しい金髪。しなやかな肢体を強調するかのような大胆な服装。
 息を呑むほど美しい――かつてタルガーナ自身が『災いの御子』と言い、倒そうとした女性、クローシェ。

 彼女が、男と、それもよりによって自分が唯一対等と認めた友――クロアと一緒にいる。

 それがたまらなく不快で、せめて視界に入れないようにとわざわざ方向転換し、回り道をして自室に帰ることにした。

 面倒だったが、仕方がない。
 味わったことの無い敗北感に打ちのめされ、歩きながら溜め息を吐いた。

「あれ? タルガーナ殿下」

 後ろから声が聞こえたので振り返ると、どこかの部屋から出てきたのだろう、ルカがいた。
 手を挙げて挨拶をしてくる。

「ご機嫌よう、ルカ様」
 タルガーナはすぐさま微笑みの仮面を被る。

 今は御子の臣下と言えど、幼い頃から次期教皇としての教育を受けてきた身。人の上に立つべき者は、弱い部分を決して見せてはいけないことを熟知している。

 常に、毅然と。

「如何なされましたか?」

 普段と変わらぬ笑みを浮かべた――はずだった。

「殿下、何か嫌なことでもありました?」

「え?」

 驚きのあまり、とっさに言葉が出てこなかった。そんな自分に心の中で舌打ちをしつつ、なんとか平常心を保とうとする。

「――特に何もありませんよ。ルカ様は不思議なことをおっしゃいますな」

「そ、そうですか? なら良いんですけど……」

 焦りは気取られてはいないらしい。安心して別れを告げようとすると、次にルカから発せられた言葉に、今度こそタルガーナは冷静さを失った。

「何か……タルガーナ殿下、元気無いような気がして……。ホラ、タルガーナ殿下とクローシェ様ってちょっと似てるから、もしかしたらー、って」

 必死に何かを訴えようと、身振り手振りを交えて話すルカ。

 反応の無いタルガーナを見て気まずくなったのか、だんだんと声が小さくなっていく。
 ――つまり、今の自分は、何か悩み事があった時のクローシェと同じ顔をしているということだろうか。

 最後は愛想笑いを浮かべるだけになってしまったルカを真っ直ぐに見つめて、タルガーナはようやく口を開いた。

「私が、あの方と似ている……」

「は、はい。……あの、タルガーナ殿下も人の上に立つ立場だったし、色々考えが共通してると言うか……弱音とか、悩みとか、しまい込んじゃうんじゃないかなぁって」

 胸の前で手を組んで、ルカが言う。心配してくれているのだろうか。
 そう思いつつ、自分に似ているとされる相手に想いを馳せた。

「ふ……そうか。似ているのか」

 笑みを浮かべたが、多分自嘲気味なものになっていたのだろう。ルカの顔が僅かに曇った。

「あの、タルガーナ殿下……」
「お気遣い痛み入ります、ルカ様。しかし、本当に何もありませんので」

 ルカの言葉を遮り、今度こそ完璧な微笑みを向ける。

「まだ仕事が残っているので、失礼致します」

 言い切って、ルカの返事も聞かず、顔も見ずに踵を返し、自室に向かう。
 わざわざ気遣ってくれたルカには申し訳無いが、タルガーナは彼女に弱味を見せるつもりも、心を鈍らせる想いのことを打ち明けるつもりもなかった。

 このままで良い。
 心からそう思った。

 その決意は自嘲か強さか、タルガーナ自身も決めかねて悩んでいると、もう少しで自室というところで不運にもクローシェと会ってしまった。

 会いたくなかったと思う自分と、会えて心を踊らせている自分。
 対処しがたい矛盾がタルガーナの心を縛る。

 廊下の向かい側からこちらへと歩いてくるクローシェは、適度な距離を詰めるとタルガーナの目の前で立ち止まった。

「ご機嫌よう、タルガーナ殿下」

 強い眼差しを湛える顔が優しく微笑み、タルガーナの胸に熱い何かが湧き上がった。

 しかし、タルガーナのやることは変わらない。

「これは、クローシェ様。今日も相変わらずお美しい……」

 仮面を付け、どんなことも何でもないように振る舞う。

 ふと、ルカの言葉を思い出した。もし、本当に自分とクローシェが似ていて、クローシェも仮面を付けているのだとしたら――目の前にあるこの愛しい微笑みも、仮面なのだろうか。

 胸が、刺すように痛んだ。

「ふふっ、社交辞令は上手ね。でも、貴方は今更そんな言葉を言わなくても良いのよ?」

 いつもクローシェの側にいて、ずっと彼女の味方だったクロアとは違う、自分。
 クロアの前では、彼女の仮面は外れるのだろうか?

 切なくて胸が張り裂けそうになって――思わず、本音が出た。

「社交辞令なんかじゃない」

 言ってから我に返ったが、もう遅過ぎる。
 目の前の彼女は、紫の大きな目を更に大きく見開いて、時を止めていた。

 気まずくなって、目を逸らす。

「……まだ仕事が残っているので、失礼致します」

 クローシェの横を通り過ぎて、早足で自室へ向かう。あともう少しだ。

「ちょ、ちょっと殿下!?」

 慌てた様子のクローシェの声が背中に降るが、無視して足を進める。


 ――だって、言える訳がない。

 過去のこととは言え、彼女を追い詰めてしまった自分が、彼女のことを愛してしまっただなんて。
 例え彼女が許しても、自分は自らの罪を許すことが出来ない。

 だから、今は。
 遠くからでも、美しいその姿を目に映せるだけで良い。

 タルガーナは、ようやく着いた自室のドアノブを捻った。





*


 ついにやっちまったぜタルガーナ×クローシェ。
 略して樽×澪。

 どっちかっつーと樽→澪だけど、そのうちクローシェsideの話も書くので結果的に樽×澪なのです。

 と言うか、何でアルトネの同人ってこんなにCPのバリエーションが少ないんだろ?
 おかげで全部自給自足だよ(泣





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