イベントを控えた時期独特の、浮ついた雰囲気。
騎士団の仲間には騒ぐ連中もいるが、基本的にイベントに無関心なクロアは、いつも通り淡々と職務をこなしていった。
男心だって複雑です
明日は、バレンタインという日だ。
この世界に大地があった頃からの習慣らしいが、何故数多くのイベントの中から、この奇妙な日が生き残ったのかは知らない。
好きな女性が、異性にチョコレートを渡す日――男性が女性に渡したり、地域によって色々違いがあるようだったが、メタファルスに伝わっているのはそんな伝統だ。
異性に贈り物をするイベントとなれば、特に男は、妙に浮つくものだ。気になるあの娘からチョコレートを貰えるか、昼食中の騎士団の詰め所ではそんな話題ばかりが飛び交っている。
「――……だろ? クロアはさ」
自分の名前が耳に入り、クロアは思考を中断して声のした方へ振り向いた。
近くに座っている何人かの同期の友人達が、ニヤついた顔でこちらを見ていた。
「ごめん、聞いてなかった。……何の話だ?」
大体の予想はつくけど、と心の中で付け足す。
「クロアはさ、バレンタイン、ルカ様から貰えるんだろー?」
明らかに、からかっている口調。思っていた通りの話題が来て、クロアは溜め息を吐いた。
同僚達はクロアの心境を知ってか知らずか、
「良いよなぁ、彼女持ちはさ」
「おまけに、相手はあのルカ様だもんな。可愛いよなぁー、ルカ様」
何やら人の彼女の話題で勝手に盛り上がっている。
「はは……。まあ、貰えると思うけど、ルカは料理苦手だからな。なるべくなら市販のやつが良いというか……」
湯のみを手にし、ずずずと緑茶を喉に流し込む。
――苦手というか、“出来ない”と紙一重な腕だからな。
「なぁーに言ってんだよお前。ルカ様に失礼だぞー」
クロアの言葉に、同僚達のブーイングの嵐が巻き起こる。
「女の子はこういう時、手作りを渡したい! って思うだろー? お前だってさ、本当はルカ様の手作りチョコ食いたいくせに。遠慮しやがって、まったくもー。嫌味か?」
クロアの言葉は、ルカの破壊的な料理の腕前を知らない彼らの何かを刺激してしまったようだ。
手作りは気持ちとして嬉しいが、それを消化するのは命懸けなんだ――なんて言えるはずもなく、
「難しいこと聞くなよ……」
と溜め息を吐くしかない。
男心だって複雑なんだよ、と胸の内でボヤいていると、突然ぐるりと首に腕が回ってきた。
「お前ー! 聞いてんのかー!?」
ぐいと回ってきた腕に力が込められ、体が傾く。
「イテテ、イテッ! こら、やめろよ!」
結局昼休みが終わるまで、クロアはどつかれながら延々と説教された。
『レイカちゃんの所へ行ってきます! 遅くなったら大鐘堂に泊まるから、心配しないでね――瑠珈』
家に帰ると、そんな書き置きがテーブルにあった。
ルカがクローシェの所へ遊びに行くことはよくあることだが、この時期に出掛けるということは、2人で明日の準備だろうか。
キッチンに立った二人が、コックの聖域を戦場跡にしている光景が思い浮かぶ。
「手作りかぁ……」
小さな紙切れに書かれた綺麗な文字を眺め一人ごちながら、クッションの上に腰を下ろす。
ルカの手料理が脳裏をよぎり、その味の記憶までが蘇ってきて、ぶるりと身震いをした。
彼女に悪気は無いし、心を込めて作ってくれるのはとても嬉しい。
だが、もう少し味がどうにかならないかと思う。思うくらいは許して欲しい。
「レシピ通りに作ってもああなるんだよな……。ある意味天才だけど、さ」
また寝込むのかなと、クロアは今日何回目かも知れぬ溜め息を吐いた。
「あ、クロア。おはよー」
朝、寝癖の付いた髪を押さえながら1階へと降りると、見慣れた笑顔が出迎えてくれた。
テーブルには湯気の立った湯のみが2つ置かれている。
「あれ、帰って来てたのか?」
結構夜更かししてたのに気付かなかった、と漏らすと、
「へへー。朝帰り。心配する?」
と悪戯っぽく笑って、猫のように体を摺り合わせてくる。
「寝癖っ」
抱き締めようとルカの背中に両手を伸ばしたせいで、元気良く重量に逆らっていた寝癖が見付かってしまった。ルカが楽しそうに、それを指で弾いたりして遊ぶ。
クロアは誤魔化すように軽く口付けた。
顔を離した後は、お互い照れたように微笑み合う。しばらく視線を合わせていると、ルカが思い出したように手を叩いた。
「あ、あのね、クロア」
「ん?」
ルカはテーブルの脇に置いてあるバックの中をあさり始める。再びクロアと向き合った時には、その手に綺麗にラッピングされた手のひら大の箱を持っていた。
「今日、バレンタインでしょ? だから、これ……」
顔を赤くして、箱をクロアに差し出すルカ。
来た――と、失礼だと分かっていながら、顔を青くしそうなクロアだった。
しかしラッピングのリボンに、店の名前らしき刺繍があることに気付く。
「あ、あ、これね」
こちらの反応に気付いたのか、ルカが言いにくそうに目を伏せた。
「ホントは手作りのをプレゼントしようかなって思ったんだけど、ホラ、私あんまり料理得意じゃないし……。試しに作ってみたけど、やっぱり上手く出来なかったから……お店で買ってきちゃったの」
ごめんね、と最後に付け加えたルカがあまりに落ち込んでいるようだったから、クロアは戸惑った。
『女の子はこういう時、手作りを渡したい! って思うだろー? お前だってさ、本当はルカ様の手作りチョコ食いたいくせに――』
昨日の友人の言葉が不意に蘇える。
自分はバレンタインに貰えるのなら市販の物が良い、と確かに言ったし、思っていた。
でも、実際市販の物を貰うとなると、不思議なことに手作りの物が恋しくなってしまう。
申し訳無さそうに縮こまるルカの姿を見てしまうと、尚更その気持ちは募っていった。
「ありがとう、ルカ」
箱を受け取ると、ルカは安心したのかホッと息を吐いた。
「凄く嬉しい。でも、ルカ……俺」
胸につかえたような気持ちが悔しい。
「例えどんな出来でも、ルカの手作りの方が嬉しかった、かな……」
結果、寝込むことになったとしても、そちらの方が嬉しい。
――……多分。
「あ、あのね、クロア。あのね」
「――ん?」
「……クロアなら、きっとそう言ってくれるってレイカちゃんが言うから、その……」
ルカのバックから、もうひとつの包みが出て来るのを見て、クロアは凍り付いた。
*
バレンタインSSです。
久しぶりにロアルカ書いたけど、やっぱりこの2人は愛おしい。
何というか、クロアはやっぱり苦労人だってお話ですね(笑
でもお互いを思い合って、気遣い合ってるところが微笑ましくてたまらんです。
ロアルカ萌えー!
←back