星と七夕




 ジャクリのコスモスフィアに創られた大自然。
 月が見守る中、クロアはその中で一人、ルカを探して山の中へと入っていた。

 ――アンタはルカの所に行きなさい。私達は別の所で楽しんでるから。

 コスモスフィアに放り出される前の僅かな時間に、ジャクリからそう告げられて今に至る。
 何で。ルカはどこにいる。そんなことを聞く間も無く、気が付いたらクロアは緑が深く生い茂る山の麓にいた。
 ジャクリの悪戯はいつものことだったが、今回は質が悪すぎる気がする。今、ジャクリのコスモスフィアには、クローシェを始め、ココナやアマリエ、果てはタルガーナやフレリアまで居るのだ。

 全員集合と言っても過言でないくらい、壮々たるメンバーが揃っているのに、自分とルカだけ別だなんて、一体何を考えているのか。
 ゆっくりとルカと2人きりになれるのは嬉しいが、手掛かりもないままルカを探せだなんて嫌がらせにも程がある。

 四方八方、見渡せども緑。
 見上げようとすれば首が痛くなりそうな程高く伸びた木に、草はボサボサで、大人がギリギリすれ違えるくらいの道には所々苔が生えている。
 《理想郷》に移住するまでお目にかかれなかったような壮大な自然にはため息が出そうなほど感嘆するが、辺りが暗くなってからは足を取られないように歩くのに精一杯で、心に余裕があったのは生憎最初のうちだけだ。
 クロアは今日何回目かのため息を吐いた。

「おーい、大丈夫か?」

 頃合いを見計らって、クロアは後ろを必死に付いてくる小さな同行者に声を掛けた。

「だ、だ、だ……大丈夫……!」

 木々の間からのっそりと顔を出したのは、星の形をした被り物に、クラスタ系の人が着ているような前合わせの着物を身に纏った男の子だった。
 恐らく詩魔法そのものであろう不思議生命体は、コスモスフィアではよく見掛ける存在なので大して驚きはしなかったが、その奇抜な姿にはさすがのクロアも面食らったものだ。

 星の子と名乗ったその男の子は、親とはぐれて迷子になったのだと言う。
 先のことに悩み山の麓をウロウロしていたら、泣き喚いていた星の子と偶然出会い、成り行きで親を探してやるということになったのだった。

 星の子は、大事な用があって親と一緒に山の頂上に行く予定だった。親は山の頂上で自分を待ってるという確信はあるらしいのだが、ひとりで山を登るのが怖かったらしい。

 ルカのことは気になったが、だからと言ってアテはまったくないし、星の子の親から何か手掛かりとなる話が聞けるかも、と僅かな期待を胸に共にここまで来ていたのだった。

「休むか?」

 息を切らしてようやく自分の下に辿り着いた星の子を気遣うも、彼は首を縦に振らない。

「でも……息が上がってるじゃないか。あんまり無理しない方が……」

「お母さんが待ってるんだ! 大事な、大事な用があるから……」

 そう言いつつも体が気持ちに付いていかないのか、月明かりでも分かるくらいに、星の子の瞳は潤んでいた。
 遠慮の心は大切だが、正直心配だ。

「その大事な用ってのは、一体何なんだ?」

「それは言えないんだ……。秘密だから、誰にも教えちゃいけないってお母さんが言ってた」

 もう一度、クロアはため息を吐いた。
 自分の下には、どうしてこうも厄介事が舞い込んでくるのだろう。こういう時、困った人を見ると放っておけない自分が恨めしい。

「仕方ないな……山頂までおぶって行ってやるよ」

 背中を星の子に差し出す。クロアもヘトヘトに疲れていたが、星の子の体力はもう限界だろうし、今更ここに置いていく訳にもいかない。

「い、いいよ……! そこまでしてもらったら悪いし……!」

「早くお母さんに会いたいんだろ? ここまで来たら乗り掛かった船だ。遠慮なんかするなよ」

「でも……」

「早くしろって」

「……ありがとう、クロア兄ちゃん」

 いくらかのやり取りの後、ようやく星の子が折れた。
 ずっしりと、背中に温もりを感じる。
 疲労の濃い体には堪えるが、愛用の槍よりは軽い。
 背中越しに聞こえる鼻をすする音が、クロアを急かし立てる。しっかり掴まってろよ、と一言声を掛け、頂上へ向けて再び足を進めた。




 山頂に着くと、一気に視界が開けた。
 登山道以外はほとんど人の手が加えられていないだろう山中とは反対に、転落防止用の柵と休憩用の椅子が設置されていて、展望台の様になっていた。

 椅子には、見慣れた少女の姿と、星の子に似た風貌の誰かが座っている。

「お母さーん!」 嬉しそうな声が背中から弾けた。耳元に響いた大声にクロアは顔をしかめるが、不思議と頬が緩んでしまった。

「ああっ、坊や!」

 椅子に座っていた二人が振り返った。
 星の子に似た人物はやはり星の子の母親で、もう一人の少女は――。
 
「ルカ!」
「クロア! 来てくれたんだね!」

 星の子を背中から降ろしてる間に、2人は駆け寄ってきた。
 母親の胸に一直線に飛び込んでいく星の子を微笑ましく見守りつつ、クロアも運良く見付けることが出来た恋人の姿を今一度確認し、安堵で胸を撫で下ろした。

「こんな所にいたのか……」

「う、うん。ちょっと色々あって……」

 ルカが安心したかのようなはにかんだ表情をしているのを見て、何だか凄く長い間会っていないような気持ちになった。
 思わず抱き締めたい衝動に駆られるが、星の母子の目を気にして自制した。

「あの……ウチの子を連れて来てくれて、本当にありがとうございます。」

 星の子の母親が、クロアの前に来て深々と頭を下げてきた。
 結果的にルカを見付けられたのだから、かえってこっちが感謝したいくらいだなのだが。

「いえ、おかげで俺もルカに会えましたから。星の子がいてくれて助かりました」

 クロアも頭を下げ、ルカも一緒になっておじぎをすると、母親は恐縮した風にオロオロしだした。

「お母さん、もうそろそろ時間だよ!」

 親の心子知らずな星の子が、母親の袖を引っ張った。案の定、一緒にお礼しなさいと叱られる。

「この子の言う通り、私達はもう行かなければなりませんが……ほんの気持ち程度ですが、お礼をさせてください」

「い、いえ、お構いなく」

 クロアは遠慮するが、あまりにも星の子の母親が粘り強いもので、結局根負けしてしまった。
 母親は再び頭を下げると、両手を組んで祈りを捧げ始めた。すると母親の星形の被り物が輝き始め、何故かクロアとルカの体も呼応するかのように輝き出した。

 思わず驚愕の声を上げた次の瞬間、光が収まると身を包む衣服が、灰色のクラスタ系のものに変わっていた。いや、クラスタ系の衣装とも少し違う独特な形をしている。

 ルカの方を振り返ると、ルカも似たような独特な真紅のクラスタ系衣装に包まれていた。こちらは何か薄い綺麗な布を上肢に纏わせている。
 ルカと一緒に、まるで狐に包まれたかのように自分の姿を確認し合う。

「これは……」

「七夕にはぴったりでしょう? 地上の織姫と彦星さん」

「あーっ! そ、そういうこと!?」
 
 何のことだか分からずにいるクロアとは反対に、ルカは謎が溶けたような大声を上げた。そうかー、すごぉい、なんて1人呟くルカに事情を訪ねようとするが、ふわりと星の母子の体が浮いた為に口をつぐんだ。

「行くのか?」

「うん! クロア兄ちゃん、本当にありがとね!」

 星の子が元気に返事をした。
 短い間とはいえ一緒にいた人がいなくなるというのは悲しいものだが、クロアは笑顔を星の子に向ける。

「いや、こっちこそありがとう。もう迷子にならないように気を付けるんだぞ」

「またね! 素敵な服をありがとう!」

 星の母子が天に昇って行く。ルカと一緒に手を振って送り出した。
 やがて2人の姿が見えなくなると、クロアは星の親子が去って行った先に夜空を縦走する星々の輝きに気が付いた。

「天の川か……綺麗だな……」

 そう呟くと、ルカは何やら嬉しそうに笑った。

「今日はね、七夕なんだよ」

「たなばた……? なんだ、それ?」

「天に住む織姫と彦星って夫婦が、1年に一度会える日なんだよ!」

 よく分からないので適当にふーん、と返事をしたら、よく分かってないでしょ! と図星を突かれて怒られた。

「織姫と彦星は結婚して仕事をしなくなっちゃったから、罰で王様に天の川の両岸に離れて住むようにって言われたんだけど、七夕の日にだけ会えることを許されてるんだって」

「ああ……なるほど」

 ようやく話が飲み込めた。今のルカの話と、星の子の母親が言っていた地上の織姫と彦星という言葉。恐らくこの演出は、ジャクリの台本なんだろう。

「それでこの格好……なのか。よく分からないけど」

「ジャクリが言うには大昔の話らしいから、よく私も分からないんだけど……なんか雰囲気出るよねっ」

 クロア似合ってるー、とはしゃぐルカを見ていると、ジャクリのコスモスフィアに来たばかりの時の不満など吹っ飛んでしまう。
 少しだけジャクリに感謝したが、調子に乗るだろうから絶対口にはしない。

「ルカも似合ってるよ。綺麗だな」

「そ……そんな、綺麗なんて……」

「でも、ルカはそういう派手な格好は好きじゃないんだよな」

 ルカの髪を彩る、派手で大きめの髪飾りを触る。曲線と直線を組合せた金銀の細工は芸術的でさえある。
 そのままルカの髪を撫でると、びくりと細い肩が跳ねた。

「えっ、と……。クロアに褒めてもらえるんだったら……たまには良いかな……?」
 
 俯いて、わざと誤魔化すように小声で喋る彼女を抱き寄せる。
 伝わる温もりが、このまま眠ってしまえそうなくらい心地良い。

 クロアは再び天を仰いだ。
 普段は御伽噺など気に留めないクロアだったが、今日ばかりは、今頃彦星は織姫と会っているのかと考えてしまった。








*


1ヶ月遅れの七夕SS、ロアルカverです。
ちゃと様にお声を掛けて頂きました。ありがとうございます!

ちゃと様が、「2人は七夕コスが似合いそう」と仰ったことがキッカケで生まれたコスモスフィアネタ。ズバリ擬似体験!

ホントはもっと色々書きたかったんだけど、字数がドえらいことになったんだZE!
後半は時間があまり無くて駆け足気味にになってしまいました。もうちょっと詰め込みたかったんですが……。反省。

ジャクリのコスモスフィアなんだから、学園ネタでも良かったかな?





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