人々が《理想郷》に移り住んでから最初の夏。
 乾いた風が吹くパスタリエの夏は一変し、纏わりつくような湿った空気が街を満たしていた。

 太陽はジリジリと強く大地を照りつけては、作物に実りの力を与え、人々から水分を奪い去るのだ。





側においで





「はぁ……今日も暑いな……」

 太陽は天高く、1日で最も暑くなる昼下がり。大鍾堂の騎士クロアは、今日は夜勤である為にまだ家にいた。
 2人掛けのソファーに深く座り、いつもなら食後の余韻をゆったりと楽しむはずなのだが、最近は暑くてそれどころではない。

 窓から入る風だけでは足りず、右手に持った扇子でパタパタと風を起こすが、汗はそんな努力を嘲笑うかのように次々と滲み出てくる。
 冬の寒さに夏の暑さ。毎年のこととは言えど、こればっかりは何年経っても慣れなかった。

「クロア、洗い物終わったよー」

 食器を洗っていたルカが、キッチンから微笑みながら顔を出した。
 その表情は、このうだるような暑さも全く気に留めていないかのように爽やかだ。

 それもそのはず。ルカが以前まで暮らしていたミント区やラクシャクは、パスタリエよりずっと高度が低く、暑いのだ。
 涼しいパスタリエでの生活に慣れきっていたクロアより、暑さに耐性があるのも頷ける。

 ――それに、露出も多いし。

 普段なら他の男の視線が気になるその服装も、今回ばかりは羨ましいとこっそり思ってしまう。いや、女装趣味など全くないのだけれど。

 暑さのせいでおかしくなっていく思考を振り切りると、ルカの様子がいつもと違うことに気が付いた。

 いつもならキッチンから出て来てそのまま、クロアの隣に座り、甘えてくるのに。今日は何故か、躊躇うようにテーブル越しにクロアの前に立ち、何やら心細そうな顔をしているのだ。
「……ルカ、どうした?」

「えっ、あ、その……何でもないよっ」

 元気なルカの声が返ってくるが、向こうもこの不自然な状況は理解しているらしい。
 それ以上言葉を紡ぐことははなく、沈黙が訪れる。

「……クロア、すっごく暑そうだから、隣に座ったら暑苦しいかなって」

 沈黙に堪えきれなくなったのか、ルカが素直に口を割る。
 寂しげに睫毛が揺れるのが見えて、動揺のあまりクロアの右手が止まった。
 何だか、凄く悪いことをしたような気がする。

 何と声を掛けようかと一瞬思考を巡らしたが、黙ったままでは空気が悪くなりそうなので、すぐにやめて両手をルカに差し出した。

「おいで」

 そう一言催促すると、ルカの瞳が輝いた。

「……来ないのか?」

 それでも躊躇っているルカを急かすと、愛しの恋人は嬉しそうに口許をほころばせながら腕に収まった。

 もぞもぞと、クロアの膝の上でベストポジションを探すルカ。
 やがて気が済んだのか動きは止まり、ゆっくりと背中を預けてくる。

「クロア、暑くない?」

 顔と顔が近い。
 こちらを振り返ってきたルカの真っ直ぐな瞳が、すぐそこにあった。

「ルカと一緒にいるのを我慢するより、暑いのを我慢した方が良いよ。……ほら、こうすればルカも涼しいし」

 右手の扇子を持ち直し、再び扇ぐと、2人の髪がふわりと舞った。









*



暑い暑いと思っていたらフッと閃いたので、かつてない勢いで書き上げました。
テスト期間中で長文書く時間がないからと、拍手用に短くするつもりがいつの間にか長文に。

クロアはきっと団扇より扇子派だ。
ちなみに、ルカは洗い物だけ担当。炊事をやってるのはもちろんクロアです。
もうひとつ言うとクロアの家がどんなんだったか思い出せない。





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