大鐘堂騎士隊の練兵所で、クロアは新米騎士相手に槍を振るっていた。

 鉄がぶつかる音。
 空気が裂けるような掛け声。

 3人を同時に相手にしていた時、不意にクロアの足下の地面が揺れた。

 いや、正確には、クロアが突如バランスを崩し、倒れこんだのだが。





愛しのマイヒーロー





 気が付いたら、医務室のベッドの上だった。

 やけに頭が痛い。

「クロア! 大丈夫!?」

 ぼんやりしていると、声と共に突然視界にルカが現れて、少し驚いた。

 頭の痛みに顔をしかめつつ、現在の状況を把握するために頭を働かせようとするが、上手くいかない。

「ルカ……? あれ、俺、なんで……」

 こんな所にいるんだ? と言うより先に、赤髪の細身の男がルカの隣から顔を出して、クロアの言葉をさらった。

「お前、訓練中に倒れたんだよ。いきなりだったからびっくりしたぞ」

「ゼアンさんがここまで運んできてくれたんだよ」

「ルカ様をお呼びしたのも俺だ。感謝しろよ。貸しイチな、クロア」

 男――クロアの同期であり、新人時代のルームメイトだった。名はゼアンという――は、腕を組みながら、わははっと軽快に笑う。

 ようやく事態が飲み込めたクロアだが、自らの失態に頭を抱えたい思いだった。
 訓練中に倒れるなんて、自己管理がなっていない。後輩の指導中だったというのに、なんたるザマだ。

「そうか……すまない。迷惑かけたな」

 落ち込むクロアに、ゼアンは明るく返す。

「気にするな。ま、これをきっかけに、ゆっくり休むことだな。あ、そうそう。頭痛まないか? お前がフラついた直後、勢い余って剣が一本、ボコッとな……」

「……やけに痛むと思ったけど、そのせいか……」

 痛む場所を軽く指で押さえる。
 訓練用の剣は勿論刃を潰してあるし、どちらかと言えば剣と言うより棒に近い。しかし、鉄が頭に当たるということに変わりはない。なんとも運が悪いもんだ。

 血が出てないだけマシかもしれないが――いや、ここにルカがいるということは、もしかしたらルカが詩魔法で止血してくれたのかもしれない。

 ちら、とルカを見ると、血の気がすっかり失せて真っ青な顔をしていた。
 目が合う。一文字に結ばれた口許が、ルカの思い詰めたような表情を強調していた。

 クロアとルカのアイコンタクトに気付いたゼアンは、一歩後ろに下がり、

「じゃあ、クロア、俺は戻るぜ。レグリス隊長には俺から言っとくが、後で一応顔出しとけよ」

 と、二人に背中を向けた。

「ああ……ありがとう」

 クロアの言葉に、ドアを開けながら片手を挙げて応じた彼は、

「ルカ様、事故なんだから、報復とか考えちゃ駄目ですよ」

 と、目上であるルカに敬礼をして医務室から去って行った。

「……先手打たれちゃった」

「お、おいおい……」

 ぼそりと呟かれた言葉に突っ込むと、「なんてねっ、冗談だよっ!」と返してきたが、クロアはどうにも冗談とは思えなかった。

「それより、クロア! 倒れるまで頑張るなんて、それこそ冗談じゃないよ! 頭なんか血だらけだったし、死ぬほど心配したんだからね!」

 ああ、やっぱり血出てたのか……と頭の隅で思いつつ、憤慨しているルカの髪を撫でた。

「ごめん。ちゃんと休んでたつもりだったんだけど」

 最近は、入隊式があって確かに忙しかった。治安維持や、レグリスの右腕として騎士隊の運営の仕事もやらされたりして、睡眠時間も減ってはいたが……想像以上に疲れが溜まっていたんだろうか。

 まさか倒れるとは夢にも思わなかった。

「もうっ! 私だって忙しいけど、クロアの支えになりたいんだから! 何も言ってくれなきゃただの他人と変わらないじゃない!」

 ルカがクロアを見据え、想いをぶつけんとばかりに叫んだ。
 叫んだ拍子に、瞳から大粒の涙がぽろぽろと溢れ落ちて、クロアの胸が痛む。

「ごめん……ごめん、ルカ」

 泣き顔を見せまいとしているのか顔を両手で覆うルカを、心からの謝罪を述べながら抱き締めた。
 腕に力を込めると、ルカの腕がゆっくりとクロアの背中に回ってくる。

「ルカも忙しくて、なかなか会えないし……そんな中で、俺が弱音吐いちゃったりしたら、負担になるかと思って……」

 ルカを気遣っていたつもりだった。しかし、所詮それは“つもり”でしかなく、かえってルカを悲しませる結果になってしまった。

 震えるルカの背中を、ポンポンと叩く。

「クロアの馬鹿ッ! 逆だよぅ。私は辛い時にこそ、頼って欲しかった」

「うん、ごめんな……。今度からは、辛い時はルカに言うよ」

「約束だからねっ! 言わなきゃ分からないんだから!」

「分かった。もうルカに、そんな顔させたくないから」

 流れる涙を拭いさるように、頬に唇を寄せた。

 ルカが本気で自分のことを思ってくれているのが嬉しかった。
 温かいものが胸から全身に広がり、クロアを包んでいく。

 不謹慎とは分かっていつつも、顔さえ合わせるのも稀になっていた恋人の温もりに出会えるのなら、たまには倒れるのも悪くないと思ってしまった。

 体を離して髪を撫でると、求めるようにルカが再び顔を近付けてくる。
 それに応えながら、クロアは一時の幸せを噛み締めた。






(おまけ)

 ――帰宅後。

「休養の為休暇を取ったクロアに代わって! 今日からしばらく家事は私が担当しまーす! クロアはゆっくり休んでてねっ」

「は!? ちょっ、ちょっと待ってくれ! ルカ、仕事はどうした?」

「私もここんとこずっと休んでなかったから、ちょうど良いから私もお休み貰ったの。だから安心してねー」

「ル、ルカ。そこまで安静にしてなくても俺は大丈夫だから。せめて、炊事くらいは……」

「だーめっ! そうやって大丈夫大丈夫、ってやって倒れちゃったんだから。……さぁて、じゃあ早速、夕御飯をバビッと作っちゃうよ!」

「た、頼む! 炊事は俺に……俺にやらせてくれ! ルカ――――ッ!!」








*



 休むのも命懸けなクロア。
 気力が途中で尽きてお蔵入りしてたのを、引っ張り出して加筆したSSです。

 図々しくもオリキャラなんか出しちまいました。
 最初はレグリスにしようかと思ったんですが、いくら右腕でもトップが隊を放り出して見舞いはしねぇな……と思い、ゼアンの出番となりました。

 ゼアンは他のSSでもちょっとだけ出ていますが、お分かりになられたでしょうか?





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