月明かりが、窓から差し込む。
 太陽の陽射しよりも穏やかなそれは、柔らかく包み込むように世界を見守っている。

 それがよく知っている彼のイメージと重なって、ルカは届かないと分かっていても、月に向かって手を伸ばした。

 いつからだろう。
 偽りのはずの愛が、本物になってしまったのは――。





嘘と、愛と誠





 最初の異変を感じたのは、クロアが騎士隊の入隊試験に合格し、パスタリアへと渡航した後だった。

 朝起きたら、いつも食卓で顔を合わせるはずのクロアがいない。

 最初は、いつもそこにあったものが欠けてしまった違和感があるだけだったが、日が経つにつれ、心が揺さぶられるような喪失感と寂しさに襲われるようになった。
 
 クロアの姿も声も無い生活。
 それは夢にも思わないほど色が無く、ルカはクロアと離れて初めて、自分がクロアに恋心を抱いていたことを自覚したのだった。

 最初は本当にクロアを利用する為だけに付き合ったのだが、情が移ってしまったのか純粋に彼に惹かれたのか、今ではふとした瞬間にクロアの姿を探してしまう。

 そんな自分に気が付く度、ルカはクロアと一緒にいた時間を、もっと大切にすれば良かったと後悔した。
 
 寂しくて涙が出た夜もある。
 何らかの理由で今までの愛が偽りだったとばれ、クロアの心が離れていってしまうのではないかと、異常なほどの不安に駆られ食事が喉を通らない日もあった。

 そんな苦痛から逃げる為に、今まで以上に仕事に没頭するようになったが、お客も良い人ばかりではない。
 ダイバーズセラピの規約外のことを要求し、拒むと逆上するような悪質な客も、中にはいるのだ。
 
 かえってストレスが溜まる日も多かった。

 例え保身の為であっても、笑顔を絶やさないということは時に苦痛であり、おまけに唯一の家族である母レイシャとは疎遠。
 家も安らぎの場ではなく、ルカの心は重くなるばかりだった。
 
 疲れきった体をベッドに横たえ、ルカはクロアのことを思い出す。
 
 ――随分と疲れた顔してるな。ルカ、あまり頑張り過ぎるなよ。

「クロア……」

 がむしゃらに仕事に打ち込む自分を、彼はずっと心配してくれていた。

 それほどまで仕事に打ち込んでいた理由が、クロアをパスタリアに送る為であったことも知らずに。

「レイカの為だとは言え……こんなに辛いなんてね……」
 
 偽りの恋のつもりだったから、恋人らしいことは何もしなかったし、求めもしなかった。それがこんなところで仇になろうとは……。
 
「浮気なんかしてないよね……。クロアはそんな人じゃないよね……」

 会えないというのは想像以上に不安を招く。
 嫌な妄想を消し去るようにゴロゴロと寝返りを繰り返すルカだが、煮えたぎる不安が次第に怒りへと変わっていく。

「もぉー! クロアも手紙くれるって言ったじゃない! もうパスタリアに行って三ヶ月も経つのに、何で一通も寄越さないのよー!」

 騎士隊の任務で忙しいのは分かる。新人なら尚更だろう。そんなこと頭では十分に分かってはいるが、心がそれに追い付かない。
 思わず枕に拳が飛ぶ。完全にやつ当たりだ。

「…………クロアの、馬鹿」

 クロアがミント区にいた頃は、何も思わなかったのに……。
 目を閉じると、熱い涙が枕に染みを作った。




 就寝前の自由時間。
 新人騎士に当てがわれる、専用の宿舎の部屋に置かれた小さな机に向かい、クロアはペンを握る。

「何やってんだ? クロア」
 同期のルームメイトが問い掛けてくるが、クロアはちらりとも相手の顔を見ない。

「幼馴染みに手紙を送らなきゃいけないんだ」
 
 パスタリアに来て、自分は無愛想になったと思う。
 元々、愛想がある方でも人付き合いに積極的な方でもなかったが、パスタリアに来てからはそれに拍車がかかったと、クロアは自覚している。
 
「お前が手紙ィ? ……ははーん、彼女だな?」
「どうだって良いだろ?」

 適当に話を受け流しながら、紙の上にペンを滑らせる。しかし、彼女という言葉はクロアの心を掻き乱した。

 いつも笑顔で明るい恋人に、想いを馳せる。
 三ヶ月も放ったらかしにしていたから、怒っているかもしれない。

 いや、それともルカは、自分の事なんて忘れてしまっているかもしれない。
 ルカの職場のあるラクシャクは人も多いし、容姿も愛想も良いルカに言い寄る男なんていくらでもいるだろう。

 無器用な自分は、ルカにちっとも恋人らしいことをしてやれなかった。
 ルカが何も言わないのを良いことに、友達の延長線のような関係を続けていたのだ。

 だから、ルカが他の男に目移りしてしまっても、何も言えない。
 そう考えると、胸が締め付けられた。

「……どうした?」

 ルームメイトに声をかけられ、ハッと我に返った。いつの間にか手が止まっている。

「……何でもない」

 疑ってもキリがない。
 とりあえず今は、手紙を書かなければ。

 ――頑張って家を借りて、早くルカをパスタリアに呼べるようにしよう。
 
 愛想がなくなったのは、きっと側にルカがいないからだ。

 クロアにとって、ルカの存在は予想以上に大きかった。そのことに驚きつつ、同時にその想いを愛おしく感じる自分がいる。

 クロアはルカをパスタリアに呼ぶという約束を果たす為にも、一生懸命職務を全うすることを改めて心に誓う。

 ふと窓に目をやると、ミント区で見るよりもずっと大きな月が、微笑むように夜闇に白く浮かんでいた。





*


 すれ違う二人。ちょっと切なめ。
 ルカが、本当にクロアのことを好きになった時のエピソードがゲーム中に無かったので、ちょっと妄想してみました。
 会えないって辛いよね。





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