大浴場から出たルカは、クローシェ、ジャクリと別れてクロアの部屋へ向かった。

 汗を洗い流した爽快感と、好きな人に会いに行く甘い喜びとがあいまって、その足取りは羽のように軽い。

 いつもはクロアがルカの部屋に来てくれるので、こうしてわざわざ出向く必要は無いのだが、今日はなんとなく、自分からクロアの所へ行きたくなったのだ。





その一瞬が命取り





 ――今日もたくさん護ってもらったし、クロアだって疲れてるだろうから、たまには私が行ってみても良いよね?

 もしかしたら迷惑かもしれない。そんな弱気な心を抑え付け、クロアの部屋の前に立つ。

 クロアが自分に向ける穏やかな微笑みを思い出しながら、控え目にノックをした。

 返事は、無い。

 ――あれ? 居ないのかな?

 もう一度ノックをしても、やはり返事は無い。

 期待して来ただけに諦め切れず、周りをきょろきょろと見渡して見るが、クロアらしき人物は見当たらない。

 扉の前でとりあえずクロアを待ってみたが、すれ違う人にやたらと見られるので止めた。 最後の手段だとばかりにドアノブに手を掛けると、ガチッと音を立てて止まると思われたノブは、予想に反してくるりと一回転してしまう。

 ――鍵がかかってない? 鍵締め忘れたのかなぁ。クロアったら、不用心なんだから。

 クローシェが知ったら雷が落ちるだろう。その光景を想像して、思わずルカの口許が緩む。

 少し元気を取り戻したルカは、せっかく来たのだからクロアが戻ってくるまで中で待っていようと思い、扉を開けた。

 そして、そこでルカの予想はまたもや裏切られる。

 部屋の明かりは付いており、荷物はそのまま。
 お目当ての彼はベッドの上で、毛布を下敷にして寝息を立てていた。

「なぁんだ、寝てたのかぁ」

 毛布を下敷にしているところから察するに、仮眠を取るつもりで寝たのだろう。
 しかし気配に敏感な騎士様が、扉が開いたというのに気付かないとなると、どうやら熟睡しているようだ。

 風邪を引かないように起こそうかと思ったが、普段はお目に掛れない無防備なクロアに心が踊り、誘惑に堪えきれず、少しだけ寝顔を見ることに決めた。

 そっと扉を締めると、クロアを起こさないようにベッドの脇に腰を降ろす。

 仰向けに寝ているので、端正な顔がよく見える。
 いつもならばクールな印象を受ける顔立ちのクロアだが、寝顔となるとまた少し違った趣きがある。

 じっとクロアの寝顔を見つめていると、何だか独り占めしているようで嬉しくなった。

「クロア、かわいい」

 髪に手を伸ばすと、さらりと艶のある感触が返ってくる。

 ――男の子なのに、髪、綺麗だなぁ……。なんか悔しい。

 しばらく髪を撫でていたルカだったが、クロアが起きないのを良いことに、段々と悪戯をし始めた。

 前髪を掻き上げてオールバックにしてみたり、頬を突ついたり、眉をなぞってみたり、耳に息を吹きかけてみたり。

 耳に息を吹きかけた時はさすがに反応したが、僅かに顔をしかめただけで、起きる様子は無かった。

 一通りいじり尽してしまったルカは、次は何をしようかと頭を捻る。
 考え込んだ末に迷案が頭に浮かぶが、ルカは自分のその発想に顔を赤らめた。

 羞恥心が、迷案を実行すべきか否か、赤ら顔のままのルカを悩ませる。しかし、クロアの寝顔を見ているうちに羞恥心など些細なものになっていってしまい、ついには実行する覚悟を決めた。

 部屋の中を見回す。自分とクロア以外には誰も居ないと分かっているのにやってしまうのは、羞恥心が僅かに残っていた為だ。

 そして、クロアの唇に視線を落とし、ベッドに片手を突いて、自分の唇を視線の先に近付けていく。

 顔が、火を吹くように熱い。
 もう後戻り出来ないくらい顔を近付けて、ルカは息を止めた。

 柔らかい感触と共に、唇から痺れるような幸福感が全身に流れ込む。

 もう羞恥心も、頬の熱さも感じない。
 あるのは、ずっとこうしていたいという想いだけだった。

 静寂の為か、緊張の為か、どくん、どくん、とルカの心臓が早鐘を打つ音が聞こえてくる。

 唇を重ねてどれくらい経ったのかは分からないが、いい加減止めようと自制し、顔を上げようとした。
 その瞬間――。

 逞しい腕に抱かれ、ルカはクロアの上に崩れ落ちた。








*


 甘いです。
 甘いです、途中で恥ずかしくなってきました。
 甘いです、ハイ。

 ありがちな、寝ているクロアに悪戯するルカ。んで、実はクロアは起きていたネタ(長い
 いつクロアが目を覚ましたのかは、ご想像におまかせします。

 今まで書いた中で、一番甘かった気がします……。





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