夜、部屋で一人静かに読書していると、突如ルカが勢い良く扉を開けて入って来た。
 いや、それだけなら、まだ良いんだ。まだ……。
 入ってくるなりルカが叫んだ言葉に、クロアは珈琲を吹いた。

「クロア! 巨乳好きってホント!?」
「ぶふッ!」





こだわり





「ごほっ……ご、ごほ……っ、何なんだ、いきなりっ」
 蒸せた。うっすらと涙が浮かぶ目で、深刻そうな顔をしたルカを睨む。

「何って、言葉の通りだよ。クロアも男の子だもん、やっぱり大きい方が好きだよね……」
 自分で言っててショックを受けたのか、どんどん声に力がなくなっていくルカ。自信無さげに自らの胸に手を置く仕草が妙に色っぽくて、クロアは生唾を呑んだ。

「い、いや……。と言うか、そんな話誰から聞いた。誰から」
 クロアが頭を抱えていると、元凶が向こうからやってきた。
「どう? ルカ。愛しのクロアはちゃんと否定してくれた?」

 落ち着いた調子に、僅かに意地の悪さを含んだ声が聞こえ、クロアは肩を落とした。
 そうだ、よく考えれば、こんなことを吹き込みそうな奴はアマリエと彼女くらいしかいない。

「ジャクリ……」
 その名を呟くと、見計らったように彼女が扉を開けた。
「あら、修羅場だったかしら?」
 抑揚のない、平坦な口調とは裏腹に、ジャクリの口許はつり上がっている。

 どう見てもこの状況を楽しんでいるジャクリに、ルカが抱きついた。
「ジャクリさ〜ん。やっぱりクロアは巨乳好きだったよ〜。なぁんにも言ってくれないもん」

「そう……やっぱり」
「ちょちょちょ、ちょっと待て!」

 ルカはジャクリの表情まで目がいかないのか、依然として彼女の小柄な肩に顔を埋めている。
 からかうような視線を向けているジャクリはともかく、ルカの声は本当に沈んでいたので、クロアは焦った。

「俺はそんなこと一言も……」
「じゃあ、貧乳が好きなのかしら?」
「そ、それは……」

 ジャクリの一言にたじろぐ。ここで何か言ったら、自分のこだわりがバレてしまう。
 背中に変な汗が流れた。

「違うのなら否定すれば良いだけの話じゃない」
 淡々と言うジャクリ。しかしその表情がクロアの警戒心を刺激する。
「お前……確信犯だな?」「何の話かしら?」
 挑むような視線に射抜かれる。彼女は口を割るなんて迂濶なことはしないだろう。

 とにかく、この場にジャクリがいるのは厄介だ。
「……とりあえず、ジャクリは部屋に戻れ。ルカに話がある」
「嫌だよ〜。別れ話なんて聞きたくないーっ」
「別れ話じゃないから!」

 胸の話になると、何故女の子はここまでナイーブになるのだろう。
 埒があかないので、ルカの肩を掴んでジャクリから引き離す。

「どうして私が居ちゃ駄目なの?」
 ムスッとした顔でジャクリが聞く。
「お前に俺のこだわりが知られたら、瞬く間に皆に広まっちゃうだろ」

 ジャクリは何故か満足そうに微笑んだ。
「よく分かってるじゃない」
 ――な、何て奴だ!

「分かったわ。帰ってあげる。後は当人同士で上手くやることね」

 ジャクリはうっすら笑みを浮かべながらそう言うと、その黒い姿を扉の向こうへと消した。
 最後にまともなことを言ったようだが、やはりルカに余計なことを吹き込んだのは、クロアのこだわりを突き止める為の作戦なんだろう。

 クロアは溜め息を吐くと、ジャクリが去った扉に向かって、心細そうに手を伸ばすルカと向き合う。

「ルカ」
「…………はい」
「別れ話じゃないから、そんなに身構えるなよ」
「うん……」

 力の入りきったルカの肩を、落ち着かせるようにポンポンと叩いた。
「……でも、クロアは大きい方が好きなんでしょ? ごめんね、私の胸小さくて……」

 しょんぼりとうつ向くルカ。元々小柄なルカだが、いつも元気な彼女が落ち込んでいると余計に小さく思える。
 クロアは、だんだんルカにまでこだわりを隠すのが馬鹿らしくなってきた。

 真剣に自分を想ってくれるルカに、隠し事は失礼だろう。
「ルカ、俺な……別に、巨乳好きじゃないよ」
 でも何だか恥ずかしくて、声が細くなった。

 ルカは、本当? と問い掛けるような視線を向けてくる。
「て言うか、むしろあんまり大きくない方が……」
 恥ずかしさに堪えきれず、言葉の尻が切れた。

 しかしルカは逃がさんとばかりにクロアの腕を掴み、真っ直ぐ目を見つめてくる。
 クロアは腹をくくった。
「好き……だよ」
 ホッとルカが息を吐いたのを見て、安心したのも束の間――。

 みるみるうちに顔を恐ばらせ、眉をつり上げていくルカ。
「な……なんでもっと早く言ってくれなかったのよー!? こっちは心臓が止まるような思いだったんだから!」

 思いっきり、両手でクロアの胸を叩いてくる。不意打ちに足がよろめく。
 そこまで思い詰めなくても……と口を挟もうとしたのだが、ルカの攻撃があまりにも激しいものだったから、さすがに止めた。

「だ、だって皆に知られたら絶対からかわれるし! ルカ、俺が悪かったから落ち着け! かなり痛いから!」
 まだ不満そうな顔だったが、とりあえず手を止めてくれた。

「ルカにまで黙っていたのは悪かったよ。ごめんな」
 落ち込んでいたルカの姿を思い出すと、胸が痛んだ。お詫びにという訳ではないが、優しく抱き締める。

「……あのね、クロア」
「ん?」
 大人しく腕の中に収まっているルカが、珍しく甘えるような声を出した。

「もし……クロアが巨乳好きだったとしても、私を好きでいてくれた?」
 ルカの言葉に驚きつつも、苦笑する。
 女の子というものは、胸の話に関しては本当にデリケートだ。

「当たり前だろ? 俺はルカが好きなんだから」

抱き締める力を少し強めると、ルカもそれに応えるように、肩に置かれた手をきゅっと握った。
「ありがと、クロア。大好き」



 次の日。
 部屋に戻らず、扉の前で聞き耳を立てていたジャクリによって、クロアのこだわりはあっけなく皆に知れ渡った。

「ジャクリ――――ッ!!」
「あそこで私が素直に引き下がると思ったの?」





*


 アル・ポータルのトウコウスフィアを読んでいて閃いた、クロアの胸のこだわりネタ。

ルカ、自分の貧乳さに落ち込む。

クローシェ様が、ルカに何か言ってあげなさい! と言う。

ここで何か言ったらこだわりがバレる。

「俺は小さい方が好きだ」と言うに違いない。

クロア貧乳好き説浮上。

 でも、貧乳度から言ったらジャクリの方が上な気がしなくもない。
 何故かジャクリの声が林原ボイスに脳内変換されたよ。





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