gift | ナノ





吐き出した紫煙が、青い空に吸い込まれるように段々と消えてゆくのを見るのが好きだった。
屋上のフェンスに凭れて座りながら紫煙を燻らす。ただそれだけのことしかしていなかったが、それだけで充分なのだ。それだけで、一時間も二時間も時間を潰すことが出来るくらいには、彼はその行為を気に入っていた。






【不可抗力】






普段は沢山の仲間に囲まれているこの男は、この地域で一番強いと言われる族の総長である佐野倉史也(サノクラ フミヤ)。いつもは大勢の仲間に慕われ、つるんでいる彼はその実、一人の時間を好む人間でもあった。仲間たちのことは大切だし、疎ましく思ったことはないが、天下無敵の総長様にだって一人で過ごしたいと思う時間はあるものだ。
そして一人の時間を過ごしたいと思う時、佐野倉は学校の屋上に行くことが多かった。別にこだわりがあるわけじゃない。屋上に特別な思い入れがあるわけでもない。なんとなく、なのだ。なんとなく屋上が落ち着くから、なんとなく屋上へ足が向かう。佐野倉が屋上へ行くようになったのにはそんな適当な理由しかなかったのだが、そこは総長命な仲間たち。佐野倉がふらりと教室を抜け出したらそれに突っ込むなどという不粋なことはしない。寧ろさらりと流すことが出来るようになった。更には屋上は総長の縄張りだという噂を流すくらいには、みんな佐野倉のことが好きだった。そして屋上への思いは仲間たちより低いぐらいの本人にとってそれはちょっとずれてる気遣いではあったが、佐野倉はそんなちょっと頓珍漢な気遣いで自分のことを想ってくれる仲間たちのことが好きだった。




「またこんな所でサボってるのか」
「…またお前か…」



しかし最近、その総長の縄張りに侵入者が現れるようになった。不良たちの流す、屋上は恐ろしく喧嘩の強い総長の縄張りだと言う噂。その噂を聞けば、普通だったらそんな恐い人間には関わりたくないと屋上へ近づかなくなるものである。
しかし残念ながら、侵入者はそんなことを気にするような普通の人間ではなかった。それよりも寧ろ、だからどうした俺の進む道の邪魔をするなと言えてしまうくらいには俺様で図太い人間だった。その名も東條晋也(トウジョウ シンヤ)、この学園に君臨する俺様何様生徒会長様である。



「佐野倉知ってるか?煙草吸ってると肺が真っ黒になるらしい」
「ふぅん、そうなんだ」
「あぁ、早死にするって」
「へぇ…だから?」
「だから!やめろって言ってんの!」
「うーん…それは嫌だな」
「っこの!」
「ん?あ、ちょ、おい待て早まるな!」



話を聞いてるのかよくわからない気のない返事をしながらぷかぷかと煙を吐き出す佐野倉にしびれを切らした東條は、佐野倉の手から煙草を奪い取る。急に手の中から消えた煙草に慌てた佐野倉が東條を見上げるも時既に遅く。東條は奪い取ったそれをぐりぐりと踏み潰して火を消してしまっていた。



「おいーまじかよ…」
「これでもう吸えねぇだろ」
「知ってるかお前、煙草高ぇんだよふざけんなし」
「じゃあ買わなきゃいいだろ、懐と健康のためにも」
「だとしてもだな、もっと話とか穏便な方法で…」
「お前が話聞かなかったんだろうが!」



ぶすっと拗ねて唇を尖らす東條を尻目に、佐野倉は仕方ないと再び煙草を取り出し始めた。しかしもちろんそれを見逃すはずもない東條。今度は煙草の箱ごと奪い取る。



「だからやめろって言ってんの!」
「なんでだよ、俺の肺が黒になろうが俺が承知の上なら構わねぇだろ」
「早死にするだろうが!」
「だーかーら、俺が構いやしねぇって言ってんの」
「俺が構うんだよアホ!」



売り言葉に買い言葉。勢いでそう高らかに叫んだ東條は、はっと右手で口を押さえた。まさかそんな返しが返ってくるとはと驚いてぱちぱちと目を瞬かせる佐野倉の目の前で、みるみる東條の顔が朱に染まっていく。
想像していたよりも可愛らしい反応をする東條に、思わずふ、と佐野倉が笑った途端、そのまま東條は逃げるように駆け出した。別に引き留める必要性も感じられない佐野倉は、ぎこちなく走って屋内への扉へ向かう東條の背中を見送っていたが、一つ肝心なことを忘れていたと口を開いた。



「おい東條!」
「…!」
「煙草返せ!流石に箱は勘弁してくれ」
「……」
「おい聞いてんのか?なぁ東條!」
「…!」
「は?え?ちょ、東條待て…!」



引き留めるとぴたりと足を止めたくせに、言う通りに煙草を返してくれるどころかそのままこちらを振り返りもしない。そしてはっと覚醒したように身体を揺らし、ついに一言も発することなく屋内へと消えてしまった東條を、佐野倉は呆然と見送った。








***




所変わって生徒会室。
書類を捲る音や何かを書く音しかしていない空間。副会長と会計と書記が真面目に静かに書類を処理しているそこに、どたばたと騒がしい音が乱入してきた。



「や、やばいやばいやばい!!やばいやばいって!」
「あぁ会長、おかえりなさい。会長も帰ってきたことですし、お茶にでもしましょうか」
「わぁい賛成賛成!俺アイスティーがいいっ!」
「…ホットコーヒー…」
「会長は何がいいですか?」
「緑茶!」
「ふふ、了解しました」



絶賛テンパり中の東條を余所に、副会長はお茶を淹れに給湯室へ向かった。会計も書記も、自分達のトップの異変など気にした様子もない。いつものことだとでも言うように、生徒会室の扉の前で立ち尽くす東條を、慣れた様子でソファーへと誘ってやる。
つまり彼らにとって、テンパる東條など珍しくもなんともないのだ。最近の東條は、ふらっと外へ出ていったと思ったらテンパって帰ってくることが多かった。



「お茶がはいりましたよ。それで?今日はなにがあったんです?」
「そんなやばいのー?」
「……晋也…何か、された…?」
「名前を!三回も呼ばれた!!東條って!!」
「「「……」」」



そう言ってキラキラと目を輝かす東條に、三人ともが書記化する。
しかしそれも一瞬で、これだからうちの会長は仕方ないなぁと今度は三人で笑った。あぁもうほんと可愛いんだからと生暖かい目を注がれるも、興奮状態の東條は気づくことはない。未だ興奮冷めやらぬ様子で熱い緑茶をちみちみと飲む東條を愛でながら、三人は作戦会議に入った。



「…とりあえず…苗字じゃなくて名前、を…」
「そうですね、まずはそこからでしょうか」
「うーんでも名前は付き合ってからでもいいんじゃないかなー?その前にもっとこう、素行注意以外の会話が欲しいよねぇ」
「確かにそれも一理ありますね」
「…じゃあ…佐野倉の趣味を…」
「…喧嘩でしょうか?」



好き勝手会議をする三人の前で、東條は東條で幸せいっぱいな気分に浸っていた。彼にとって今日は記念すべき日になる。何せ絶賛片想い中の相手である佐野倉に、初めて名前を呼ばれた日なのだから。
我らが会長には幸せになってほしい。そしてあわよくば不良達が問題を起こさなくなったらとっても助かる。そんな生徒会三人の思いから発足した会長の初恋を実らせ隊は、今日も元気に活動中である。








実らせ隊からの助言を取り入れて、今日も東條は佐野倉の元へと足を向ける。屋上へ行くことは、最早東條の日課となっていた。
見目麗しい天下の生徒会長が、毎日のように足繁く通い、少しの会話を楽しんでは帰っていく。拗ねたり、笑ったり、怒ったり、赤くなったり。距離が縮まるにつれて新しい顔を見せてくれる。自分と話すことが楽しくてたまらないとオーラが語っている。
そんな、自分以外誰も知らない東條の姿を見せられて。健気に自分のことを想う東條を見せられて。
俺の身にもなってみろと、佐野倉は誰へともなく思う。







そう―――だから、仕方のないことだったのだ。


総長の微妙な空気の変化を敏感に察知した不良達が、東條の屋上への侵入を黙認するようになってしまったことも。
余りに進展のない二人に焦れた副総長達が、何かきっかけをと罰ゲーム付きの賭けをしようと言い出したことも。
運のない佐野倉が一人負けしてみんながほっとしたことも。
罰ゲームの内容を知った佐野倉が嫌々言いながら満更ではなかったことも。



「―――俺と付き合え。答えは、はいかイエスだ」



そう言われた東條が、嬉しくて思わず泣き出してしまったことも。
そのあとすぐに佐野倉が自分の告白をし直したことも。
そして、屋上から煙草の匂いがしなくなったことも。


全部全部、仕方のないことだったのだ。







*end*
六花様お誕生日おめでとうございました!
遅くなって申し訳ないです…(′・ω・`)
会長受けでほのぼのかギャグ…どうにか形にしてみました。い、如何でしょうか?
こんな駄文でよろしければ貰ってやってください!




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