gift | ナノ





「あー…頭痛ぇ…」



ズキズキと痛みを訴える頭をもて余して寝返りを打つ。いつもは俺をあたたかく迎えてくれるはずのベンチは今日は一段と固く、いつもと違って俺を拒んでいるようで腹が立った。





【狼は罠にかかるか】






なんなんだお前、何様のつもりだ。
こんな辺鄙なところにあるお前みたいなベンチなんて、使うやつは俺くらいしかいないだろうが。お前を使う人間は俺だけだし俺が昼寝に使うのもお前だけなんだから、お互い欠かせない存在のはずだろ。だったらちょっと弱ってる俺を少しくらい暖かく迎えるとか、してみやがれ。



「あれれー?こんなところでなにしてるんですか柏木(カシワギ)くぅーん?」
「あ"あ?」



俺が相方のベンチと(心のなかで)真面目な話をしているところに掛けられた、間延びしたいかにも馬鹿っぽい声。さっきとは違った意味で増した頭の痛みに辟易しつつ、額に皺を寄せて上半身を起こしてやる。
視線を上げると、ニヤニヤと笑いながらこちらを見ているのは五人で。ここが俺の縄張りだということは周知の事実。それを知っていてわざわざここに俺に会いに来るなんて、用件など一つしかない。しかしこの俺相手にたった五人で来るなんて、身の程知らずな。そう内心笑いつつ、愛しいベンチに寄り添いながら片頬を上げて応えてやる。



「あんだよ、俺になにか用か?まさかケンカなんて言わねぇだろうなあ…たった五人で?」
「てンめぇ…!」



こいつらには少々難解な嫌味かとも思ったが、さすがにこんなアホ共でも今馬鹿にされているらしいということはわかるのか、ざわざわと仲良くいきり立つ不良たち。なんて、俺も世間的には不良というやつなんだろうが。
ただし、俺はこいつらのようなDQNとはまったくもって違う。一緒にしないでいただきたい。なぜなら成績は悪くないし、喧嘩だって正当防衛のみ。もちろん制服もそこまで着崩してはいないから。ただ一般生とは何が違うかと言うと、人より出席する日がちょっとだけ少なくて、売られた喧嘩は必ず買ってるってだけだ。



(多分、怖がられる最大の理由は顔なんだろうがなあ…)



顔は悪い方ではない、寧ろいい方だという自覚はある。ただ、残念ながらどうしようもなく目付きが悪い。多分それが、俺が不良と言われる最大の要因。こればっかりは生まれもったものだからどうしようもないというのに、それだけで柄の悪い連中が寄ってくるのはいただけない。俺が見かけによらずか弱かったらどうするんだよ。
所詮、顔か。まったく理不尽な世の中だ。



「…い!おい聞いてンのかよ!?」
「あー?」



せっかく俺がこの世の無情さを嘆いていたというのに、無粋にも頭に割って入ってくる耳障りな声。おい、さっきからなんなんだこいつらは。
人を何人も殺してきたようだと定評のあるすこぶる柄の悪い目で、苛立ちに任せてギラリと睨みあげてやる。しかしビビってるようで去る気配を見せてはくれない不良たち。めんどくせぇが仕方ねぇ、とベンチからゆらりと立ち上がると、それだけでじりっと僅かに後ずさったやつらに俺はニヤリと口角を上げた。



「ははっ…どうしたよ、もう怖じ気ついたかワンちゃん?」
「っンなわけねぇだろ!!死ねこの野郎!!!」
「ほう、そりゃ残念だ」



じりじりと睨み合いを続けるのがもう限界だったのか、一番近くにいたやつが喚きながら闇雲に殴りかかってくる。それを軽く往なして代わりにその腹に拳を叩き込み、俺はべろりと唇を舐め上げた。



「仕方ねぇから教えてやるよ…どんなに群れてもワンちゃんは狼に敵わねぇ、弱肉強食の世界をよ!」



―――さぁ、楽しい楽しい狩りの時間だ。






***






「ちっ、口ほどにもねぇ…」



開幕からものの数分で片付いた獲物。
俺を昼寝から起こしたくせになんの手応えのなかった奴らに悪態をつく。せめて軽い運動くらいになってくれればこのモヤモヤとした頭痛も晴れたかもしれないのに。ああくそ、無駄な体力を使っちまった。
まさかここで再び昼寝を始める気にもなれず、イライラしながら伸びてる奴らの上をわざと踏むようにして歩きだす。今さら屋上まで行くのも面倒くさくて、寮へと足を向けたときだった。



「あっ、柏木くん…!」



校舎の方から呼ばれた名前に、条件反射で振り返る。今日はよく人に絡まれる日だなとうんざりしながら声の主を確認すると、そこには白衣のインテリ眼鏡イケメンが立っていた。



「ああ、やっぱり柏木くんだ。ちょっといいかな?」
「は?誰だあんた」



ちょっといいかなって、なにがいいんだ。断りをいれているようでまったくいれずに近づいてきたその男は、そのまま無遠慮に俺を眺め回し始めた。意味がわからん。
スーツの上に白衣を着てるってことは保健室のやつかなんかなんだろうが、そんな奴が俺になんの用だよ。



「ああ失礼、俺はこの学園の養護教諭の橘(タチバナ)だよ。怪しい者じゃない」
「いや、つか…なんなんだよ」
「うんうん、そうだね。しかしやっぱり綺麗な体してるな…」



なんなんだこいつ、人の話聞きやがれ!なにが怪しいもんじゃないだ胡散臭すぎるんだよ!
人の体を眺めてうんうん頷きながら独り言言ってる変態に、正常な俺はドン引かずにはいられない。頭空っぽな馬鹿の相手は簡単だが、こういうタイプの人間への対処法はさすがの俺でも知らないわけで。絶対関わらない方がいい、そう俺の本能が告げる。こんなやつ放っといてさっさとずらかろう。
そう意思の疎通を早々に諦めて方向転換しようとしたのと、校医の手が俺の腕を掴んだのは同時だった。



「ごめんね、ちょっと失礼するよ」
「はあ?あんたなにして、ちょっ、い"…ッ!?」



突然ギリッと握り締められた腕。
途端に走った全身が軋むような痛みにびくんと体が跳ねた。



「ああ、やっぱり」
「ちょ、あ"、てめ、放せ…ッ!」
「さっきので腕を痛めたんだね」
「っは、くそ…っ」



視界が霞むほどの痛みを与えてきた手は、次の瞬間あっさりと放れていく。放されたと同時にばっとそいつから離れてなんのつもりだと睨み上げるも、しかしクソ養護なんたらは俺の威嚇など屁でもないと言うかのようににこりと笑った。



「それじゃあ手当て、しに行こうか」
「は!?」
「ほら、早くおいで」



意味が、わけが、わからない。
いったいなにがしたいんだこいつは。目の前に無邪気に差し出される手に、本気で頭が痛くなってくる。こいつ、俺がこの手を取るとでも思ってるのか。本気で言ってんならよほどおめでたい頭してやがる。ふざけんじゃねぇぞ。



「…っち、くそったれが」
「あ、ちょっと!」



これ以上こんなやつを相手する気にもなれず、悪態をついてくるりと踵を返す。わけのわからない男に翻弄された苛立ちを靴底にぶつけながらガツガツと歩き出すと、しかしすぐに性懲りもなくパシッと手が掴まれた。



「っざけんなてめぇ!いい加減にしやがれ!殴られてぇのか!?」
「…ふざけてないし、君は俺を殴れない」
「てめ、なに言って、」
「それに―――大切な生徒の怪我を見過ごすなんて、できないよ」
「…ッ!」



ただの薄っぺらい上面だけの養護教諭の言葉。校医なら当然のように並べるであろう文句の、はずなのに。
その言葉に、その瞳に、その空気に―――ぞくりと背中を走った悪寒。反射的にその手を振り払っていた。

へらへらしてると思ったら今度はこれだ。なんなんだよ。こいつ、いったいなんなんだ。そのわけのわからなさにぴりぴりと警戒していると、警戒心丸出しの俺を見たそいつはくすりと笑った。



「そんな警戒しなくてもなにもしないさ。ただちょっと、手当てさせてほしいだけでね」
「…頼んでねぇ。つか不良の怪我気にしてたらキリねぇだろうが、放っとけよ」
「でも君は他の連中とは違うだろう?ケンカは買うだけで、自分からはしない」
「は?」
「あそこのベンチ、医務室からよく見えるんだよね」



そう言って、にこにこと胡散臭く笑うクソ教師。
最悪だ、こんなクソ教師に俺の日々の生活が見られていただなんて。ひょっとしたら俺と愛しいベンチの逢瀬から不良共とのケンカから、なにもかもすべてが。
こんな厄介なやつに観察されていたなんて不覚すぎるとがくりと項垂れる俺を余所に、やつは三度俺の手を取った。するりと優しく引かれたそれに、つられるように顔を上がる。



「君が怪我しないかずっと見てたんだ…今日は来てみて本当によかった」
「ちっ、懲りねぇなてめぇは…」



あれだけ怒鳴り、拒否したというのにまだ関わってこようとする寄特な男。いい加減にしてくれと思いつつ、しかし気づけば足はその手に導かれる方へと歩き出していた。
これ以上このわけのわからん思考回路の男と攻防を繰り広げるのは、嫌になっていた。一度手当てをさせてやればきっと満足するんだろう。一回耐えるだけでそれで解放してくれるのなら、怪我も治るだろうし一石二鳥か。そんな風に考えてしまって。

それに―――…



「…怖くねぇのかよ、てめぇは俺が」
「ん、どうして?柏木くんは俺の、大切な大切な生徒だよ?怖いわけないじゃない」
「っ、そうかよ」



こうして与えられる、無条件の優しさに、俺は慣れてなくて。
ずっとこの顔のせいで一人だった。一目見ただけで不良共にはケンカを売られ、他のやつらには怖がられた。目付きの悪さに口の悪さも手伝って、傍に寄ってくる人間なんて今までいなくて。
だから―――俺に躊躇なく触れるこの手のあたたかさに、もしかしたら俺は、絆されてしまっていたのかもしれない。



「さあ行こうか、俺の城へ」



だから手を引かれるままに、導かれるままにこいつについていってしまった俺は、まだ知らない。
これから向かうこいつの城が―――狼専用の、大きな檻だということに。






*end*
嵯峨野様100万打、そしてお誕生日おめでとうございました!!
どちらにも大幅に遅刻です、遅くなってごめんなさい…!一匹狼くん書くのすごく楽しかったですすごく…このあともちろん変態教師に食べられちゃいますよ、首輪とかつけられると大変美味しいですねげへへ…(ゲス顔)

こんなものでよければ貰ってやってください…!
おめでとうございました!




>>back
>>top