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(―――おいおい、勘弁してくれ)



手紙で呼び出されたのは風紀委員室からすぐ近くの準備室。
うるうると水気の多い大きな瞳で見上げてくる手紙の差出人に向き合いつつ、俺はあからさまに時間を気にする素振りを見せる。なぜかとてつもなく嫌な予感。こんな、いつあいつが通ってもおかしくない場所でこういう類いのイベントは勘弁してほしい。しかしそこまでされているというのに、なにも気づいていないのかもじもじとしているチワワ。いよいよ焦れた俺が口を開こうとすると、ついにその小さい口の方が意を決したように開かれた。






【王様の憂鬱】






「あああの!俺、委員長のことずっとずっと大好きでした!俺と付き合ってくれませんか!!」
「あ、あー…悪いが俺には好きなやつが、」
「恋人なんて言いませんから!何番目でも、セフレでもなんでもいいんです!」
「いや流石に風紀委員長にセフレはないだろ」
「なんでもいいんです!俺、委員長の傍にいられるんならなんだってしますから!だから俺を傍にいさせてください!!」



なんでもするから傍にいて、だなんて謙虚なんだか贅沢なんだかわからない要求をしてくる後輩に、内心はぁ、と息を吐く。こういった類いの告白が一番厄介だ。本人は真剣なのかもしれないが、食い下がられるとどうしても面倒くささが先に立っちまう。
とっととここから離れたい、というかこいつと一緒にいるわけにはいかない。一刻も早く退散するためにも、ここは穏便に済ませよう。そう思いながら、俺は極力申し訳なさそうに見えるような表情を作った。



「悪いが、俺はその気持ちには応えられない」
「でも…っ!委員長…!」
「本当に悪かっ、ぅ、お!?」



申し訳なさそうに、しかしきっぱりすっぱりと断って、くるりと背を向ける。刹那、背中にどんと軽い衝撃。腰に回される腕。額をぐりぐりと押し付けられる感触。
おいおいなんてこった、俺今抱き締められてる!そして結構力が強いんだがこいつ!



「ちょ!おま、離れろ…!」
「こんなに好きなのに!!なんでですか…!」
「てめぇいい加減に……!」

「…―――へぇ、モテモテだなぁ委員長さんよ」



奴の腕を解こうと手首を握った時だった。
ふいに掛けられた声に、ひんやりと背筋が凍る。
ゆっくりと後ろを見ていた顔を元に戻せば―――そこには、気怠げに壁に凭れるフェロモン垂れ流しの色男の姿。



「かっ、会長様!」
「あ、いやこれは違くて…!」



咄嗟に弁解しようとするも、それよりも先にぱっと俺から体を離し、困ったように恥じらうチワワになんというかもう殺意が沸いた。
ヤバイ見られちゃったどうしようみたいな反応してんじゃねぇこの野郎…!てめぇが勝手にやったことだろう、こちとら後ろめたくもなんともねぇんだよ!

そんな俺の思いも虚しく、目を細目ながら口端をゆるりと上げた男がゆっくりと俺たちに近づいてくる。こんなにも悪寒がするというのに、その口元の黒子から駄々漏れる色気に釘付けなおめでたい頭をしたチワワは、ぽーっと呆けているだけで。対してちらりともこちらに視線を送られないにも関わらず殺気しか感じられない俺は、引き攣った笑みを浮かべるしかなく。



「あーあ、勿体ねぇ…」
「へっ!?か、会長様!?」
「こんなに可愛い のに、な」



至近距離まで迫ったそいつの指が、チワワの蜂蜜色の髪を掬う。首や耳まで真っ赤になって、ぽかんと口を開けて自分に釘付けな相手に向かって、色男はさらに色気を滲ませ、それはそれは男臭く笑ってみせた。



「なあ、今度はもっといい男にしろよ。俺みたいな…な?」
「は、ひゃいっ…!」



びくんと体を直立させて、なんて言ってるのかわからない返事をするチワワ。それも仕方ないだろう。あの顔にあんな距離で笑みを向けられ、あまつさえ口説かれなんかしたら、堕ちないわけがないのだから。


しかし、なんだこの状況。
どうしてそもそも告白されていたはずの俺が、茅の外でこんなラブシーン―――しかも自分に告白してきた男と、いきなり現れて口説きだした男のこんなシーンを見なきゃならない。
その上、口説きにかかってるのは―――他でもない、俺の恋人。



「それじゃ、俺はこれで」
「えっ会長様!?」
「じゃあ、邪魔したな委員長さん。ごゆっくり」
「あっおい!」



一瞬だけ俺を見た顔の、恐ろしいほどに冷ややかなこと。
現れた時と同様に、するりとあっという間に消えた姿にぞっとする。

―――やばい、これは、完全に怒らせた。



「悪い、やっぱ無理だから」
「えっ?」
「じゃあな!」
「あっ、ちょっと委員長…!」



とりあえず俺は、こいつに構っている暇などない。
幸か不幸か、あいつに惚けていて俺に意識がなかったおかげで簡単に逃げ出すことができた。すぐに廊下に出るもすでにその背中はなかったため、自分の城とは正反対に走り出す。
つーかいくら相手があのフェロモン男だったとしても、コロッとそっちに惚れちまうくらいの「好き」なんだったらこんなことすんじゃねぇ!無駄に怒らせちまったじゃねぇか!



(くっそ、歩くの早すぎだろあいつ!)



後を追っているはずなのに、一向に見えない姿に悪態を吐く。こっちがこんなに走ってるのに追いつかないなんて、ルートが違うかもしくはあいつも走ってるかのどっちかしかない。ああもう、なにやってんだ俺たちは。
そんなこんな考えている内に、近づいてくる生徒会室の扉。結局遭遇すること叶わず、その扉をぶち破るように勢いよく押し開けた。



「松阪(マツザカ)!!」
「げっ、来やがった…」



名前を叫びながら飛び込めば、扉の真正面の肘掛け椅子に座っていたこの部屋の主があからさまに嫌な顔をした。他の役員が驚いてこっちを見るのを無視してツカツカとその机に歩み寄る。
隠しているようだが抑えきれない息切れと僅かに紅潮した顔。そのせいでこいつがよほど全速力で走っていたのだということがわかってしまう。ああもう、ここまでくると可愛いと言うか、意地っ張りと言うか、なんと言うか。



「うわ、こっち来んな馬鹿野郎」
「んなツレねぇこと言うんじゃねぇよ、彼氏に向かって」



嫌そうな顔をしながら、しかし逃げ出そうとは決してしない。そりゃあそうだ、こいつが近づくなと言ったら普通だったら誰も近づくことはないのだから。だけど俺は言われてはいそうですかと引き下がる人間ではないし、なによりツンツンな恋人の照れ隠しを真に受ける馬鹿じゃあない。
そう、何を隠そうデカイ椅子にふんぞり返るこの学園の王様こそが、俺の恋人である松阪生徒会長様なのだ。



「うっせぇ!つーかなにしに来たんだよ、あ?可愛いあの子と随分仲良さそうだったじゃねぇか、据え膳食わぬは男の恥だぜ、勿体ねぇな」



ははん、と不愉快そうに鼻で笑うこいつの性格はよくわかっているつもりだ。俺も大概だが、普段は見せないくせに松阪は俺にベタ惚れ。強がってこんな態度をとったりあんなことを言っていた裏では、絶対にこいつは嫉妬やら後悔やらで怒ったり沈んだりしているはずだから。ちらりと副会長に視線を送れば、心底うんざりした様子でこくりと頷かれた。
よし、確認はとれた。今日も今日とて可愛いじゃねぇかまったく。そうとわかってしまうと、もうなにを言われてもなにをされても愛しくしかならないから、我が恋人ながら罪な男だ。



「そんな拗ねんな、可愛いから」
「拗ねてなんかねぇ!」
「そんな顔してよく言うぜ」



机を回り込んで近づきながら、意地の悪い笑みを浮かべてみせる。松阪は俺の言葉に微かに顔を赤らめ、ぱっと手で口元を隠した。



「拗ねるのはいいがお前、あれやめてくれよ」
「は?あれ?」
「いっつもいっつも、俺に告白してくる奴をあんなほいほい誘惑するなって言ってんの。頼むから」



近づいても立ち上がらずにこちらを見つめる松阪に、呆れたようそう言って笑う。大人ぶって諌めるようにぽんとその頭に手を乗せつつ、しかしそうやって嫉妬されるのか満更でないのも事実。これ以上恋敵を増やされるのは困るけれど、毎回成される当てつけのような横取りが嬉しいだなんて、俺がそう思ってることにこいつは気づいてないんだろう。



「ったねぇだろ…」
「ん?」
「しかたねぇだろ!!」
「うおっ!?」



この王様が固執するのが自分だということににやけそうになる口を堪えながら頭の上から手をどけようとしたその時―――俺の腰にガバッと抱きついてきたのは、当然その王様の腕で。



「てめぇは俺のものだろうが!!だったら俺以外に気安く触られてんじゃねぇ!!」



そう怒鳴りながら頭をぐりぐりと俺の腹筋に押し付けてくる松阪。
照れ隠しなそれが、本気で拗ねてる彼が、どうしようもなく、可愛くて、愛しくて。



「くっそ、腹立つ…胸くそ悪ぃ…殺してやりてぇ…」
「まあまあ…俺だってお前以外のものになるつもりねぇから」
「は?だったらちゃんと自衛しやがれアホ!」
「いや、だからそこで怒りの矛先が俺に向くのおかしくね…?」



そう、さっきもそうだった。
あのチワワには恐ろしいほどにねっとりと甘く優しく誘惑しておきながら、俺に対して向けられるのは紛れもない殺意。いや違うだろう、逆なんじゃねぇの?
そう思って口にすると、腹筋に押し付けられて俯いていた顔が、ばっと勢いよく上を向いた。ぎりぎりと睨み上げられても意地らしく可愛くしか見えないのは、恋人の欲目か。



「てめぇが!アホみてぇに無防備だからだろうが!!あんな簡単に抱きつかれやがってふざけんな!!俺様の恋人なら自分にそれ相応の魅力があることくらい理解しやがれ!!」



殺気を滲ませて怒鳴られるも、そのアングルとその言葉じゃ、俺にとっては可愛くしかなくて。ぐわっと一気に高まった熱。真っ赤になっているであろう顔を隠すように、衝動に任せてばふっとその頭を抱き締めた。



「ちょっ、待て、うん、ごめん、俺が悪かった」
「…許さねぇし。あいつの感触忘れて、俺だけしか覚えてられないくらい抱くまで許さねぇから」
「…い、いいのか?」
「俺のものだったら俺のものらしく、俺のことしか考えられないくらいでちょうどいいんだよ!」



ぎゅーっと腰回りに回された腕のしがみついてくる強さが、愛しくて愛しくて顔が綻ぶ。せっかくお許しが出たのだから、さっそくこいつのことしか考えられなくしてもらおう。
俺は了承の意を示すため、その頭にキスを落とした。





*end*
不知火様お誕生日おめでとうございました!!
はい、本当にすみません。まったくリクエストに沿ってない上に遅くなってごめんなさい!!!俺様じゃないですしね!ていうかデロ甘?デロ甘ってなんですか?

こんなものでよければ貰ってやってください。
おめでとうございました!!




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