gift | ナノ


頬に寄せる
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少し肌寒さの残る4月。
無駄に広い講堂の後ろで、椅子に深く腰かけてあくびを噛み殺す。
丁度、校長の長い挨拶が終わったところのようだった。

「ねむ…」

中学時代からこういう式はさぼってばかりいたオレが、参加が強制されていない後輩の入学式に真面目に参加しているのにはそれなりに理由がある。

短いアナウンスと共に、姿勢の良い一人の生徒が立ち上がって壇上へ登っていく。

「新入生のみなさん、入学おめでとうございます。ならびに保護者のみなさま、誠におめでとうございます。謹んでお祝い申し上げます」

壇上から講堂全体を見渡す男は、緊張した様子も見せず凛とした声で言葉を続けた。

「ここにいる新入生のみなさん、それぞれが多くの素晴らしい友人達と共に―――」

するすると言葉が紡がれていく様子に、何人かの生徒はうっとりと見入っている。
たびたび入れるユーモアに、見に来ていた保護者の列からくすりと笑う声が聞こえた。

在校生にいたっては男の声を一言でももらすまいとしているようにさえ見える。
紙を手元で広げているが、一切視線を落とさない様子を見るとすべて暗記しているようだ。

学年主席であり我が校の生徒会長でもある男は、講堂を見渡し完璧に整った顔を弛めて穏やかに微笑んで見せた。

眉目秀麗、文武両道、おまけに性格も面倒見が良くて優しいとあって、1年の時に教師を含めた全校生徒。それどころか、見に来ていた父兄までほとんどを魅了してしまった男。
幼稚舎からあるこの全寮制の学園において、高等部からの編入生にも関わらず、全員を納得させたうえで生徒会長まで登りつめた実力者。

それほど授業にも力を入れず、制服を着崩して、酒もたばこもやる自分とは天と地ほどにも差のある優等生。


この光景を見ていると、新入生総代としてあの壇上に上っていた今よりも少し幼い姿を思い出す。

「――三年間、この学園を思う存分楽しんで下さい」


手元に目を落とさず口をついて出る内容は、まさに今考えて言っているんじゃないかというほどで…。
確かにこいつなら、わざわざ紙面で作るのが面倒だとか言って即興でやりかねないけどな。
そんなことをぼんやり思う。

「以上を挨拶とさせて頂きます、生徒会執行部会長、辻塚修司」

シンと静まりかえっていた講堂に、盛大な拍手が鳴り響く。
さすがに大声を出すやつはいないけど、そこかしこで辻塚を褒め称える黄色い声が上がっていた。
あー…ホント、うちって男子校なんだけどな。

幼稚舎からこの学園に閉じ込められている温室育ちのお坊ちゃん方は、思春期をこの閉鎖された場所で育ったためか同性愛の蔓延がはんぱない。
成長するなり卒業するなりすると徐々にそういう傾向は減ってくるらしく、学校側が黙認しているのもそれに拍車をかけているんだろう。

まぁ、あの完璧な生徒会長様の場合、容姿が整いすぎてるのもあるけどな。
思わず聞き入ってしまうような、聞き心地の良い声も影響しているのかもしれない。
壇上から降りて最敬礼をする男は、本当に隙がないように見える。

「あーあ〜、ほんっと…完璧だよ。お前」

誰にも聞かれないように、ぽつりとつぶやく。

オレも、それにまんまとはまってる一人なんだけどよ。


***


講堂を出て、軽く肩を回す。
長い時間座っていただけあって、肩が張っているような気がする。

「お、結衣じゃん。なにしてんだ?」
「あ?」

かけられた声に振り向くと、つるんでいる同じクラスの友人が手を振っていた。
軽薄そうな表情はいつもと変わりない。
所詮、悪友っていうやつだ。

「…あぁ、お前こそなにしてんだ、こんなところで」

目の前の男こそ、休日の学園には似合わない。

「いや〜、暇だから散歩でもしようかと思って…制服って、もしかしてお前入学式出たとか?」
「…まぁ」
「はー…お前も物好きなやつだよなぁ」
「うるせぇよ」

呆れたように笑う友人に、笑い返してやる。
オレがなんで自由参加のこんな堅苦しい式にわざわざ出たのかなんて、こいつを含めて仲間たちが聞けば呆れて笑い飛ばしただろう。

「はいはい。ま、オレには興味ねぇから。それよりこれからどっかいかねぇ?」
「悪い。今から用事あるわ」
「セフレ?」
「ちげぇよ」

さも当然とばかりに言いやがって。
オレをなんだと思ってんだ。


肩をすくめ笑いながら背を向けて去っていく友人を目で追いながら校舎を振りかえる。

無駄に広い講堂。
きらびやかに飾られたステージの上で、堂々と演説をした生徒会長。
3-Sの辻塚と言えば、この学園で知らない奴はいないほど有名だ。

辻塚修司(ツジヅカ シュウジ)

長い睫毛に覆われた切れ長の目。
一度も染めたことがないのだろう艶をもった短めに整えられた黒髪。
隙を許さない、きちっと絞められたネクタイ。
編入試験で、他に圧倒的な差をつけて主席を勝ち取った優秀な頭。

いかにも優等生といったこの男がガリ勉と嫌味を言われないのは、整った顔立ちと、程よく絞まった体格、金持ちを鼻にかけない穏やかな性格の賜物だろう。
文武両道をなんなくこなしているこのハイスペックな男は、当時の生徒会長や風紀委員長、学園一の不良と恐れられていた男からでさえ認めていた。
そんな完璧な男がだらしなく制服を着崩している姿なんか全く想像がつかない。

この学園の生徒会長、辻塚修司はそういう男だ。


いや、そうだと思っていた。



***



あれは2年の半ばに差し掛かった頃だったはずだ。


脱色した髪に、着崩した制服。
学園の中でお世辞にも真面目とは言えない位置にいるオレ…稲葉結衣(イナバ ユイ)は、いつも通り人気のない特別棟の一角で、用事が出来て遅れると言った可愛らしい容姿のセフレを待ちながらたばこをふかしていた。

「あー…ヒマだ」

かといって、いつもつるんでいる連中を呼びたすのもかったるい。

らせん階段に座ってふと顔を上げると、そこには目の前の大きな窓から青い空が広がっているのが見えた。
…それにしてもやけに天気のいい日だ。
暗い廊下とは対照的で目に痛い。

「ったく…おっせぇな…」

待っているのに飽きてそろそろ部屋に戻るかと腰を浮かせた時だ。

「……あ?」

盛大な足音と共にイライラとした男の声が聞こえてた。

「っあんのくそ教師…!マジでなめてんのかふざけんじゃねぇぞ!」

まぁ、そんな感じの罵倒だ。おまけに、何かを蹴り上げる盛大な音付きで。
多分さっき見かけた無造作に放置してあったパイプ椅子だろう。

「……」

誰だ?
いかにも柄の悪い口調は、自分の仲間を彷彿とさせる。
それでもこの声は友人の誰とも当てはまらない。

「なにして………は?」
「あぁ?」

「……」
「……っ!」

お互い、ぽかんと口を開ける。
眉の間に深い立皺を刻み、前髪を掻き上げた生徒会長。

辻塚修司はまるで別人のように見えた。


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