gift | ナノ





生徒会室から出て鍵をかける。この重厚な扉を施錠するのはいつも俺の役目だ。といっても普段は他の役員とともに帰路につくことが多いから関係ないのだが。今日は俺だけが放課後に会議が入っていて、遅くなるようだったら先に帰るようにあらかじめ言ってあったため珍しく一人だった。






【ココアのような冬の日】






人気のない廊下に靴音が響く。もちろん金持ちの子息が集うこの学園の廊下が寒いわけがない。寮への道程を考えてすでにマフラーも手袋もしているが、ばっちり暖房のついた廊下ではまだ暑いくらいだ。しかし窓から見える真っ暗な外はいかにも寒そうで、暑いにも関わらず外に出るときを想像してぶるりと震えた。腹も減ったし、これ以上寒くなる前に早く帰ろう。しっかしまだ五時前なのにもうこんなに真っ暗だなんて、本当につるべ落としだな。



「あ、会長お疲れさまですー!」
「今日も1日かっこよかったですよ!」
「おうお疲れ。んなアホなこと言ってねーでお前らも早く帰れよ」
「「はあーい!」」



曲がり角ですれ違いざまに声を掛けてきた生徒に応えてやると、男らしからぬ声できゃっきゃっと笑いながらぱたぱたと駆けていく。一体どうやってあんな声を出してるんだか、いまだに疑問だ。廊下は走んなよ!とたしなめれば、くすくす笑いと返事が返ってきた。






――――変わったよなあ、と思う。
この役職に就任した直後には考えられなかったやりとり。あり得なかった一般生との近い関係。
この半年、当初予想していたものよりもずっとずっと沢山のことがあった。色んな困難にぶつかった。もうダメかと思ったことさえあった。だけどその混乱を乗り越えたあとの今のこの学園は、前よりもずっと良い環境になったと思う。



(―――次の会長にあいつ推したら、あいつらどんな顔すっかな)



少し意地の悪い考えに、自分で苦笑する。
年の瀬まできた今、あと残っている生徒会の仕事などたかが知れている。主要な行事など、もう卒業式くらいしか残っていないのだから。ただ、生徒会最後の大仕事と言ってもよいものが、ひとつ―――次期生徒会の推薦だ。
三年は勉強しろという方針上、役員になれるのは一年か二年だけ。そんな会長職に、学園に良くも悪くも大きな変化をもたらした転入生を推薦したら、いったいどうなるだろうか。確かに他の生徒よりも学園にいた時間は短いが、人材としては適していると思うのだ。三年の間は俺だって学園にいるのだから、サポートだってしてやれる。

反対は、しないだろうけれど。
だけど多分、最初は困惑したような顔をするんだろう。そもそもこの学園が混乱に陥った原因が、その転入生を担ぎ上げて役員たちが俺を引きずり落とそうとしたことなのだから。結局和解して学園を良い方向に導けたとはいえ、まさか逆に俺があいつを推すだなんて思ってもいないだろう。苦い記憶が思い出されて嫌な顔をされるかもしれない。



(ま、そん時は全力で援護してやるさ)



勝手に推しといて援護もなにもないけれど。今度あいつにまだやる気があるのかを聞いてみよう。あるんだったら、それこそ目一杯担ぎ上げてやるから。





そんなことをつらつらと考えながら下駄箱で靴を履き替える。寒々しい外の様子に、ぐっと腹に力を込めて気合いを入れて。ガラス張りの扉を押し開き、ぴりっとした寒さへのなかへと出ていった時だった。



「あぁ―――やっと来た」



かけられた声に振り返ると、そこには校舎へと寄りかかり柔らかく笑む副会長の姿。いったいどれだけここで待っていたのか、寒さのせいで鼻や頬が真っ赤だ。



「な、にしてんだお前…!」
「貴方を待っていたんですよ」



思わずたっと駆け寄ると、当然とでも言う風に返される言葉。暖かいですね、と微笑みながら頬に寄せられる氷のように冷たい手に、ぎゅっと眉間に皺が寄る。
信じらんねぇ、ばかじゃないのか…!外でバカみたいに待っていたこいつにも、なにも考えずにのんびりしていた自分にも腹が立つ。せめて少しでも暖かくなるようにと、頬に触れていた手も鞄を持っていた手もまとめて掴まえて自分の手で挟み込んだ。二人分の鞄が下へ落ちたが、そんなものよりこっちの方が大切だ。



「なら中で待ってたらいいだろうが!こんな凍えて、体調崩したらどうすんだよ…!」
「いいじゃないですか、一回こういうことしてみたかったんです」
「は?こういうこと?」
「寒空の下、今か今かと期待に胸を膨らませながら恋人を待つ」



にっこり笑ってそう言われ、かっと自分の頬に熱が集まるのがわかった。思わずぱっと顔を伏せれば、くすくすと笑い声が降ってくる。ばかじゃねーの、と呟けば、耳尻にキスを落とされてひくりと肩が跳ねた。



「耳まで真っ赤ですよ」
「うっせぇ、寒いからだばーか」
「ふふ、そうですね」



こっち見て、と耳元で囁かれて、ゆるりと緩慢な動作で顔を上げる。挟んで暖めていたはずの手はいつの間にかそこから抜け出して腰に回っていた。引き寄せられて互いの吐息がかかる距離まで迫る。相変わらず嘘みたいに整った顔をした、童話の王子さまのような恋人に見惚れながら、両腕を首へと絡めた。



「…誰かに見られても知らねぇよ」
「こんな時間誰もいません。それに、今更でしょう?」



そう言って目を細める姿に心臓が跳ねる。
仕掛けられた蕩けるように甘いキス。口内へと侵入してきた舌に応えるように自分のそれを絡めると、ぴりぴりと甘い痺れが全身を溶かしにかかる。冷たい唇と舌に熱が奪われる感覚さえ気持ちいい。互いを求め合う口づけに酔いしれる。



「…ん、ふ……はぁっ…」
「ふふ、かわいい…」



離れていく唇が名残惜しい。
外気は冷たい。けれど、身体は火照っている。はぁっ、と熱い息を吐いて目の前にある胸へと凭れかかれば、いまだ冷たい指が髪を優しくすくのがわかる。あぁ、早く暖かい部屋に帰って暖まってもらわなきゃ。



「帰ろう、はやく」
「ふふ、残念」
「ばーか」



そう口では言ったものの、するりと腰から離れていく腕が恋しいのは俺の方だ。落ちた鞄を拾って叩いてから渡してくれるのを受け取る。しかし、受け取った後もこちらへと伸ばされ続ける手に首をかしげた。



「なんだよ?」
「寒いんで、手袋片方貸してください」
「いいけど…ほら、」



両方貸してやるよ、と差し出すも、片方で良いんですと言って片っぽしか受け取ってはくれなかった。いや俺実は、今暑いくらい火照ってるんだけどとはさすがに口に出せず、仕方なく片方だけ嵌め直す。まあ、片方だけでもないよりはましなのか?そう、思っていたら。



「ほら、こうすれば両方暖かい」
「おま…!」
「ベタですけど、やってみたくって」



にこにこと嬉しそうに笑う副会長の右手には手袋、そして左手は俺の右手と繋がっていた。繋がった手がふっと持ち上げられて、手の甲にちゅっと口づけが落とされた。



「―――!!」



ほら、暖かい、と笑う吐息が甲にかかって泣きそうになる。
ああもう恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい…!
だけどこんなに嬉しそうにされたら、文句なんて言えるわけがないのだ。それに確かに、触れられている部分は熱いくらいに熱を持っている。顔を真っ赤にして耐える俺を見て苦笑した恋人が、さ、もう行きましょうと足を動かし始めた。繋がれた手に引っ張られて歩き出す。



「待つのも楽しかったですけれど、これ以上こんな貴方を見せつけられたら外で襲わない自信がありません」
「…襲えばいいだろ」
「ふふ、後でね。だけどその前に書記の部屋に行かないと。夕飯に招待されてますからね、お鍋だそうですよ」



そう言われ、すっかり忘れていた空腹感が突如戻ってくる。そういえばそんな約束してたっけ。あいつの手料理は美味いから楽しみだ。すっぽん鍋にしてもらいましょうか、と笑うアホの足を取り敢えず思いきり踏んづけてやる。



「あぁ、そういえば、次期会長にあの転入生推そうと思ってるぜ」
「ええっ!?そ、それは…あの、私たちへの当て付けですか…?」
「んーまあ、半分くらいは」
「……」
「いや嘘だよ、本気であいつ適材だと思ってるし―――…」






変化したのは、生徒達との関係だけじゃない。
役員との、風紀との、教師との関係が変わった。そしてなにより、こいつとの関係が変化した。確かに困難なことは沢山あったけれど、今が、かつてないほどに暖かくて幸せで、満たされているから。
次期会長になるであろう少年に感謝した、そんな冬の日だった。





*end*
あさかわ様お誕生日おめでとうございました!!
愛され会長…当社比二割増しくらいで甘くしてみました…きっと書記の部屋の窓からまだかまだかと待ってた腹へり会計に見られててあとでからかわれるんですよ!
こんなものでよかったら貰ってやってください!




>>back
>>top