青い空を流れるゆっくりと流れる白い雲。
ぽかぽかと暖かな優しい日射し。
遠くに聞こえるグラウンドからの音。
対して春休みだから教室からはなにも音はせず、近い喧騒はない。
3月も下旬、この時期は、最っ高に気持ちのいい季節だ。
【餌付けから始まる恋】
(花粉症じゃなくて、ほんとよかった…)
そんなことを考えながら、うつらうつらと微睡む。
全寮制のこの学校に入ってよかった。実家に帰されでもしたら、春の屋上が最高に気持ちよく眠れるということを知らずに生きていくところだったんだからな。それはさすがに勿体なさすぎるだろう。
春眠暁を覚えずとはよく言ったものだ。まあ俺にとっては、暁に限らず昼も夜も覚えててくれないからな、困ったもんだ。
(あ、なんか腹減った)
ぼーっと綿菓子みたいな雲を見ていたら、なんとなく久々に腹が減った。あれ食いてぇなぁ、と目の前に見えるのに絶対に取れはしない雲へと手を伸ばしたのだが、しかし。
「なんです、手でも繋ぎたいんですか?」
パシリとその手を捕まれ、空しか映っていなかった視界に神経質そうなメガネが入り込んできた。
―――最悪だ。
眉を寄せて盛大に舌打ちし、あからさまに嫌悪を表してからその手を振り払うと、そいつはおや、と片眉を上げてあっさりと引き下がった。
「…んなとこまでなにしに来やがった」
「野暮な質問ですね、私があなたに会いにくる理由は一つしかないでしょう」
「へーへーご苦労なこって」
もう諦めろよ、と言いながらしっしと手で追い払う。外で活動するにも昼寝するにも絶好な春休みだってのに、なんて暇なやつなんだ。信じられねぇ。
「何度も来てもらってて悪いが俺ぁ誘いに乗るつもりはないからよ」
「それは困ります。総長があなたをご所望なのだから」
「知るかよ、勝手にやってろ」
「そういうわけにもいかないんですよね…」
視界にメガネが入ってるのが鬱陶しくて、ごろりと転がる。今度は半分コンクリ、半分青空になったが、これはこれで悪くない景色だ。しかしすぐにやつの足が二本入り込み、あまつさえそこで座りやがるから、やつで視界一杯になってしまった。盛大にため息を吐き、そのまま寝返りをうって反対を向こうとして―――ぴたりと止まる。
「そもそもなんでそんなに一人がお好きなんですか?」
「あ?…あぁ、いや別に好きなわけじゃねぇ。団体行動が嫌いなだけだ」
「団体行動が?別にうちに入ったからといって団体行動しなきゃいけないわけじゃありませんよ。というか団体行動なんてできない奴らの集まりですし」
ガサリ、やつが取り出したポッキーに目が釘付けになりながら上の空で答える。はいどうぞ、と差し出された細長いそれにパクリとかじりついた。
うまい、クッキーとチョコの組み合わせって本当に最強だと思う。腹減ってるから余計うまく感じんなぁ。もっと、と口を開けると三本突っ込んでくれた、わかってるなお前、さすがだ。
「ていうかな、俺は責任感とかねぇわけよ。だから“てめぇらの”面子のために喧嘩しようとか思わねぇ、やるのは自分のためだけだ。そんな人間、いたって規律を乱すだけで邪魔だろうが」
「それは入ってから言ってください」
「あんだ?入りさえすりゃあ俺が仲良しこよしするとでも思ってんのか?甘ぇよ」
「ふふ、うちの総長はそういう器です。私たちの誇りだ…あ、これで最後ですよ、食べるの早すぎです」
「うっせ、もう一袋あんだろ。つーかそういう気持ちが持てねぇっつってんだろうがよ」
もう一袋も開けているのを眺めながら、ふーっと大袈裟にため息をつく。なんです、と上げられた顔に、小馬鹿にした笑いを向けてやる。
「つーかこんな勧誘に副総長サン駆り出さなきゃなんねぇくらい人手不足なのかよ、てめぇらは」
「…おや、ご存知でしたか」
「ここらで知らねぇやつがいるわけねぇだろうが」
ぱちくりと瞬きながら、それでも律儀に差し出されたポッキーを条件反射でくわえた。
ここらで最大規模の族の、総長と副総長。最強と謳われ、同時にどこまでも器の大きい男として広く知れる総長に、どこまでも付き従う男。冷静沈着で頭脳明晰、そして一度敵対すれば無慈悲にどこまでも追い詰めていくという、噂のクールビューティー。まあビューティーかどうかは俺にはよくわからないが。
とりあえず、ここでは決して目をつけられてはならない男として知られているようなやつが、どうして最近俺に付きっきりなのか、どうして毎日お菓子を貢ぎにきてんのか、さっぱりだ。
「はぁ…あなたは馬鹿ですね」
「あ?」
「下っ端は知りません。総長に心酔して入ろうが、居場所を求めて入ってこようが、勝手にすればいい。…だけど、あなたは違います」
「?」
「あなたは我が総長が目をつけた男。あの人直々のご所望なのに、下っ端に任せるわけないでしょう?私が行って、必ずものにしなければ」
すっと細められた瞳に射抜かれて、ぞくりと総毛立つ。ひくりと引き攣る頬。
―――捕食者の眼。
確かに、あんな噂がたつだけあるようだ。
「っは、断ってんだろ」
「ご心配には及びません、必ずあなたはうちに入る」
「心配なんざしてねぇよ。下らねぇこと言ってんじゃねぇ」
下らなくなんかないですよ、と言いながら差し出してくるのをあぐ、と遠慮なくいただき咀嚼していると、今度はさっきの眼が信じられないくらいに柔らかくなる。さらりと髪を撫でられて、眉を寄せた。
「気安く触んじゃねぇ」
「あぁ、すみません。…でも、あなたはやっぱり、必ずうちに入ってもらいますから」
「だから根拠のねぇこと言ってんじゃねぇよ」
「うちに入ったらそのお菓子ばかりの食生活も改善しましょうね」
「うっせぇ余計なお世話―――…っ!」
ふっと暗くなる視界。鼻筋にこつりと当たる眼鏡。唇に柔らかい感触。
すべては一瞬で。気づいたときには、メガネは元の位置に戻って満足げに笑っていた。
「ってめ!なにしやがる!!」
「ふふ、やっぱり甘い」
「あぁ!?」
がばっと上半身を起こしてがなり立てる俺に、やつはにこりと笑って立ち上がった。
「餌付けをしているうちに、情が移ってしまったようですね」
「あんだそりゃ俺ぁ捨て犬じゃねぇんだぞ!」
「安心してください、拾ってあげますから。私が飼ってあげますよ」
「いらねぇよ!放っとけっつってんだろ!」
ギラリと殺気を滲ませて睨みあげるも、欠片も怯まず往なされる。
「あぁそれ、一匹狼くんへの餞別です。どうぞ、一匹狼としての余生を存分に楽しんでくださいね」
あと僅かしかないんですから。
言われ、ピキリと青筋が立つのがわかる。間髪いれずに立ち上がり、上機嫌に去っていく後ろ姿めがけ、餞別とやらを思いきり蹴りつけた。
「てめぇのものになんざならねぇよ!!」
バタンと閉まった扉にぶつかって、真っ赤なパッケージがパタッと落ちる。どかっとしゃがみ、がしがしと頭を掻きむしった。
「あ"ーもう!だからめんどくせぇんだよ!」
どうやらとんでもなく面倒くさい奴らに目をつけられたようだ。逃げるのはかっこわるいとか、情けねぇなんて言ってられない。これは死活問題だ。
とりあえず、明日はここに来るのはやめようと決意した。
*end*
陽様お誕生日おめでとうございました!
食べ物蹴っちゃいけません!ごめんなさい!このあとちゃんと一匹狼くんは拾ってもそもそ食べますよ、くそっあの野郎…とか言いながら。お菓子に罪はないもんね!
こんなものでよければ受け取ってやってください!
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