gift | ナノ





着物を脱ぎ、鬘をとり、化粧もとる。
元の姿が鏡に映る。
数秒それを見つめたあと、会長は目を瞑り、長く細く息を吐いた。






【貴方を想う】






「かったりー…やってらんねぇ」



ぐだりと豪勢な椅子に座り、大きな欠伸を数回。大欠伸をしてたって美形は美形だ、だから許されるというわけでもないけれど。
もちろん書類などとっくに放棄した手は、ペンを回すことに夢中のようである。



「会長いい加減にしてください。早く終わらせますよ」
「お前がやりゃいいだろ。俺はもう疲れた」
「貴方がお忙しいのは存じてますけど、それでもその役職を引き受けたのは貴方自身である以上、その責務を…」
「あーはいはいわかったよやりゃいいんだろやりゃあ!」



サボりたがり怠けたがりな人間だけれど、言えばきちんとやってくれることは知っている。根気よくというかしつこく言われれば、大抵のことを引き受けてしまうくらいにはお人好しで押しに弱いことも。

現に今だって、めんどくさそうにしながらも書類に目を通し始める。伊達にうちの生徒会の看板を、そしてなにより家の看板を背負ってるわけじゃない。その証拠に、書類処理の速度は会長の右に出る者はいない。やる気にさえなれば、だが。
そうであるのだが、しかし。



「会長?どうしたんです?」
「…あ?なんだ」
「具合でも悪いんですか」
「いや別に…」



仕事を始めと思ったら、しかしすぐに一点を見つめて静止してしまう。その横顔は物憂げで、酷く美しく、目に毒だ。
それは今日に限ったことでなく、最近ずっとで。具合が悪いわけじゃないのならば、考えられる原因は一つ。



「では歌舞伎のことでも考えていたのですか?」
「え?あぁ、まあな」



会長の実家は歌舞伎の家元だ。そして会長自身も高校生にしてすでに立役としても女形としても数々の舞台に上がっている。
歌舞伎と共に育ってきた彼が本気になるのは、恐らく歌舞伎に対してだけ。歌舞伎のことになると熱を孕む瞳や雄弁になる口、そしてこちらが心配になるほどに全力でぶつかり打ち込む姿勢には、正直感服させられる。

とは言っても普段なら悩んでいたってなんだかんだ仕事はこなすし、悩みは彼の中だけで完結している。しかし今日に限って少し罰が悪そうな顔をしたのはきっと、自分だけじゃ解決できないことだったからなんだろう。気づいてほしい、第3者の目が欲しい、そうどこかで思っていたのだと思う。



「私でよければ聞きますよ」
「あー…」



言いにくそうに渋る会長。
珍しいこともあるものだ、と思いながら、なにも言わずに先を促す。



「…ぃって、言われた」
「なんですって?」
「…俺には色気がねぇんだと」
「えっ」



そう言った後、会長は拗ねたように少し唇を尖らせた。私は私で、悩んでいる内容が予想外で思わず驚きの声が出た。
この人が?このフェロモンの塊のような、天下の生徒会長様が?
ずっと美形だ艶やかだと散々言われてきたこの人にとって、その言葉は確かに頭を悩ませるものなのかもしれない。



「立役の時はいい。問題は女形を演じてる時なんだ」
「女形…」
「女の色気がないんだと。男の色気は感じられるらしいんだが、どうもそっちばかり振り撒いてるらしくて…」



女形とは若い女性の役で、立役は男性役のことだ。確かに会長から感じられるのは男の妖艶さであって女性らしさはないけれど、演じていてもそうなのだろうか?

んなこと言われてもなぁと苦笑しつつ、しかし無下にはせずにその評価を真摯に受け止めているのだろう。あ"ー…と唸りながら頭を抱える。



「俺は女形の化粧するとどうも人形みたいになってな」
「そうなんですか?」
「お得意様に、人形みたいで小綺麗なんだけどなって言われちまった」



美形過ぎるのも困りもんだぜ、と茶化して笑う会長の目はあくまで真剣だ。

型はある。
女形の様式にのっとり、化粧をして、衣装を着て、言葉をしゃべり、動くことによって、観客は女性を感じるものだ。しかしその様式にのっとって、更に女性独特の色気というものが必要なのか。
そうであるならば、様式だけでは足りないもの、それは多分―――…



「心、じゃないですかね」
「は?なに?」
「足りないものは、きっと恋心なんですよ」
「恋心…?」



ぱちくりと目を瞬きながら復唱する会長に、ふっと笑みが漏れる。
寝耳に水という顔、まぁ言ってしまえばアホ面を晒す会長なんて、相当稀少価値が高い。



「物語に出てくる若い女性というのは、恋愛を軸に描かれているような気がします」
「まぁな」
「だから会長が実際に恋い焦がれる相手を思い描けば、自然とそういった雰囲気がでるんじゃないかと思うんです。素人の意見ですけど」
「いや…助かる。ありがとう」



そう言って数秒停止した後、パンッと自分の頬を叩いて仕事に戻る会長に、彼の中でなにかしらの結論が出たことを理解する。
私の言葉が、なにかの助けになっていれば嬉しい。
なにかの役に、少しでも立てればいいと思う。



(―――彼の思い描く相手が、私であればいい)



口には出さずに、ひっそりとそう願った。





***





あれから数週間後。
招かれた舞台を見終わった後、私は会長の控え室に呼ばれていた。
先程まで観ていた舞台。色気がないなどと、そんなことを言われていたのが信じられないほどに会長は妖艶であり、見ているこちらが苦しくなるほど切ない表情を見せていた。
そんな人が今目の前にいると思うと、随分知れた仲のはずなのにどこか緊張してしまう。


細く長く息を吐き終わり、ゆっくりと振り返る。
こちらを見て、元の姿に戻った会長が穏やかに笑った。



「どうだった?」
「…素晴らしかったです」
「ありがとう、最近周りにもそう言われる」



お前のおかげだよ。
そう言われ、頬が緩む。



「私の言葉がお役に立てたのなら、それはよかった」
「あぁ、お前のアドバイスには本当に助けられた。
―――ただ、それだけじゃない」



会長がゆっくりと目を閉じる。
胸の上できゅっと握られる大きく綺麗な手。



「俺はずっと、お前を思い浮かべながら演じてたんだ。だから、それもやっぱりお前のおかげ」



あぁ、私はあの時、なんと言った?
実際に、恋い焦がれる相手を、思い描けば―――…



「―――なぁ、好きだよ、お前のことが」



ゆるりと開き、こちらを見つめる真摯な眼差し。
その瞳が歌舞伎のときと同様に熱を孕んでいるように見えたのは、きっと自惚れじゃない。





*end*
莱様お誕生日おめでとうございました!そしてサイト5万ヒットおめでとうございました!!
歌舞伎は一回観に行ったくらいでしかもあまり覚えてないし()知識なくて申し訳ないです…やっぱり調べるだけじゃよくわかりませんね実際観ないと!雰囲気でお願いします雰囲気で!!←

莱様おめでとうございました!!




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