gift | ナノ





『お前のことが好きだ、付き合ってくれ』



そう言って天下の生徒会長さまが真剣な目をして見つめてきたのは数日前のこと。本気なのか、からかいなのか、嫌がらせなのか、罰ゲームなのか。あれはいったいなんのつもりだったのか、今でもまだわからずにいる。
そして――――



「おうお帰り、今日は遅かったのな」
「……なんでまた、俺の部屋に先にいるんですか…」



あの時、らしくもなく勢いに任せてついOKを出してしまったことを、今少しだけ悔やんでいたりもするんだ。






【釣り合わないぼくら】






俺は、この人のことが好きだ。もちろん恋愛感情的な意味で。だから告白されて嬉しくないわけがない。舞い上がらないわけがない。片思いしていた人から突然好きだなんて言われたら、誰だってそうなるはず。
そう、それは確かなんだけど、でも冷静になって考えてみれば、なぜ俺がこの人に告白なんてされたのか正直さっぱりわからない。理解ができない――――いや、罰ゲームとかならまだ辛うじて理解できるんだけど。だけど罰ゲームの対象としたって、俺ほどつまらない人間はいないと思う。



「…ん、いい感じ」
「はぁ…なんで膝枕なんか」
「男のロマンだからな。それになんか恋人っぽいし」



うん、やっぱりどう考えても釣り合わない。
容姿端麗、頭脳明晰、そして生徒に大人気なこの人が、何もかもが平均的で平々凡々、人よりも多少冷静なくらいの俺に惚れるなんて、そんなこと天変地異が起こってもあり得ない話だ。ミスター平均値の俺と完璧超人生徒会長さまが付き合ってるだなんて、いったい誰が想像する?まあ現に、全く予想できない現実のお陰でまだ学園には広まってないんだけども。



「…男の膝なんて固いでしょうに」
「ん?まあ固いっちゃ固いが、お前の膝だからな。俺にはそれだけで充分」
「…っ」



満足そうに、猫のように目を細めて笑う。
―――そう、そしてなにより、この人のこんな浮かれきった態度が本当によくわからない。なんなんだよほんと、こうして俺を振り回して楽しいのか?寧ろそれが狙い?新手のいじめ?



そう混乱する俺を余所に、会長を静かな寝息をたて始めた。
ああもう、こんな無防備に寝顔なんて晒しちゃって…。俺の膝で寝てしまうなんて不用心にも程があるけれど、今の状況を考えれば仕方ないのかもしれない。俺の同室者とその取り巻きが好き勝手やってる尻拭いを、全てこの人一人でこなしているんだから。しかも最近は俺を先回りしてこの部屋にやって来てるんだから、疲労が溜まるのは当たり前。

馬鹿みたいだ。なんでそこまでしてここに来るんだよ。別になにをするわけでもない。ただちょっと話をして、夕飯を食べて、帰る。付き合ったらしい日から、ただそれだけ。わからない、わからない、わからない。ただ一つだけわかるのは、この綺麗な顔にうっすらと残る隈へ、憤りを感じていること。



「…ここに来るくらいなら、休めばいいのに」



さらり、手触りの良い黒髪をすくと、会長はうごうごと身動ぎを開始した。ごそごそと色々動いてから渋々といった様子でもとの位置に戻る会長に、やっぱり寝心地悪いんじゃないか、と思わずため息が漏れる。あぁもう、俺もなにやってんだか。そろそろちゃんと聞かなきゃとは思ってるんだけど。




そもそも一般生のなかでも会長のようなきらびやかな階層とは特に無縁な存在だった俺が、なんでこの人と面識があったかと言うと、俺が転入してきたちょっと頭の弱い同室者に親友認定されてしまったからで。極力めんどくさいことを回避したくてのらりくらりとやっていた時に、俺はこの人と出会ってしまったのだ。
正直役持ちなんて顔と金だけの集団だと思っていた俺にとって、任された責を全うしようとし、そして本気で仲間を叱咤できるこの人の姿は衝撃的で。家柄も容姿も頭脳も人気もすべて持っているのに、自分に厳しく真面目に職務を果たそうとするこの人は、どうしようもなくかっこよくて。
憧れのようなものだったと思う。どうにかこの人の役に立ちたい、重荷を軽くしてあげたい――――その思いが、次第に甘やかしてあげたい、拠り所になりたい、に変わり始めたのがいつだったかは覚えていない。もちろん、叶わぬ望みだとはわかっていたけれど。



(とか思ったら、突然好きだ付き合ってくれーだもんなあ…)



まさか気持ちがバレてたのか?いや、そもそもこの人が俺のことを認識していたのかさえわからなかったのに。
わっかんないなあ、と綺麗な直毛をくるくると弄っていると、ふるふると瞼が震える。ついで長い睫毛に縁取られた瞼がゆるりと持ち上がった。



「…ん……あ、悪い、寝てた…」
「いえ、いいですよ、もっと寝てても」
「いや、久々に気持ちよく眠れた気がするから大丈夫」
「…―――会長、」



あぁでもやっぱもっと寝たいかも、と身動ぐ会長。呼びかけながらさっきのように髪に指を通すと、ぴくりと肩が跳ねて動きが止まった。



「…教えてください、貴方は本当に俺のことが好きなんですか?」



ねぇ、信じても、いいんですか。
本当は信じたい。この人の言葉に喜び走り回ろうとする心臓を信じたい。だけどどこかでストップがかかってしまうから、傷つくかもしれないとわかっていても確かめなくてはならないと思う。



「―――あぁ、好きだよ」
「会長…」
「俺は、本気でお前のことが好きだ」
「……すみません、わからないんですよ、どうしてこんな平凡な俺なのか…だから、信じたくても信じられない」



正直に胸のうちを吐露すれば、会長はなんだか困ったように笑った。そして急にふい、と体の向きを変え、横向きになってしまう。



「ま、信じてもらえてねぇかなとは、思ってたけど」



苦笑しながらそう言う会長は、悲しそうというよりは、寂しそうで。
自分で言っておきながら、仕方ないと笑う会長がもどかしい。なんで俺、この人にこんな顔させてるんだ。



「―――いいんじゃねぇの別に、平凡で。金も美貌も人望も、全部俺がもってるんだから」
「……」
「俺はそういうんじゃなくて、お前の優しさに惚れただけだから」
「優しさ…?」



優しさ?優しさだなんて、そんなのいつどこで感じたって言うんだ?まともに面と向かって話したことなんてなかったのに。



「お前はいつも、俺からあの転入生をさりげなく遠ざけてくれてたろ。他の奴らの関心をわざと引いたりして俺の負担を減らそうとしてくれてた。そうだろ?まさかこの俺が気づいてないとでも思ったか?」
「あー…」
「…本当に、助かったんだよ。冷静にどうにか助けてくれようとするお前の優しさが、嬉しくて頼もしかった。次第にお前があいつらのなかにいるのを見かけただけで、ほっとする様になった。そしたら今度は、ずっと一緒にいたくなったんだ」



案外単純だろ?と会長が笑う。ああやばい、心臓が走り回る準備をし始めた。だって、まさか助けになりたいって気持ちが伝わっていたなんて。気づいてもらえてたなんて。
貴方を信じたい。俺が貴方に必要とされてるなんて夢みたいな話、信じてみたいんです。

くるりと仰向けに戻った会長が手を伸ばす。するりと頬を撫でられた。



「―――信じてくれ。この気持ちは、嘘じゃない」



真っ黒な瞳に真摯に見つめられる。
頬に添えられた手を思わずそっと掴んでいた。



「信じたい、信じさせてください。
――――貴方のことが、好きなんです」



告げた瞬間、会長は花が開くように笑った。
この人が相手である限り、きっといつだって不安で心配なんだろう。だけど今は確かに、この人の拠る辺は自分なんだとわかる。
そしてだからこそ、俺は、俺だけは、この人にあんな顔させてはいけない。


捕らえた掌に、キスをする。
本当は多分、まだ全てを信じきることはできないけれど。
もしも本当に貴方の拠り所になれるなら、こんなに嬉しいことはない。たとえ言葉が嘘だとしたって、今無防備に全てをさらけ出して寝ていた貴方は本当だと思うから。



「ねぇ会長、お願いだから、その気持ちが本当だって言うんなら―――もっと俺に甘えてください」



きっと貴方は笑うだろうけど、俺は本気だから。
貴方がほっとできるって言うんなら、こんな膝いくらだって貸しましょう。さあ、だからまずは、しっかりと休むところから―――…





*end*
りんご様お誕生日おめでとうございました!!
平凡攻めのエキスパートにこんなものを…!すみません、平凡攻めってなんでしたっけ?← ちなみに掌にキスの意味は懇願らしいです
こんなものでよければ受け取ってください!




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