gift | ナノ





俺は今、猛烈に困っていた。

俺の部屋。消された照明。二人きりの空間。
朱に染まった目尻に、押し倒した際にはだけた浴衣。
そして窓には、鮮やかに煌めく花火が盛大に打ち上がっては儚く消えてゆく。


絶好のシチュエーションと恋人の匂い立つような色香に目眩を覚えつつ――――それでも。
それでも俺は今、どうしようもなく困っていたのだ。






【花火と祭りと、気遣いと勘違い】






事の始まりは、今から数時間前のこと。
風紀委員長である俺、狩野新(カノウ アラタ)は校庭へと向かっていた。なぜ校庭に向かっているのかと言うと、今日は一学期末打ち上げがあるからである。毎年この打ち上げは、期末試験を乗りきった生徒たちへのご褒美として生徒会主催で催されていた。


まだ日の沈みきっていない夕暮れの仄かな暗さの中に浮かぶ提灯は幻想的で、目的地からの太鼓の楽の音がまた、いい味を出している。指定されていた通り浴衣を着ていることも、普段とは違う特別な空気を感じさせて人を浮かれさせた。
そう、お察しの通り、今年のテーマは「夏祭り」。
恋人が珍しくうきうきとした感じで教えてくれたことを思い出す。思わずこっちが嫉妬するくらい楽しそうだった。あいつが本気で楽しいものにしようとするのなら、そうならないわけがない。だから俺は、これなら良い祭りになりそうだ―――と、この時はそう呑気に考えていたのだ。





「きゃーーー!!委員長格好いい!!」
「浴衣!浴衣!浴衣!!」



校庭に踏み入れた瞬間に割れるような大歓声に迎えられる―――が、俺はそれに全く気がつかないほど、異空間に入り込んだかのような感覚に圧倒されていた。校庭は愚か、もはや学校の面影などどこにもない。
中央に組まれた櫓に、所狭しと並ぶ屋台。そして提灯が辺りを赤く照らし出す。そしてやはり、極めつけは浴衣や甚平に身を包んだ生徒たちだろう。



「委員長!お待ちしておりました」
「おう、すげぇなぁ。流石ユキだ」
「そうですね。さ、お仕事ですよ」
「は?ちょ、もうか?」
「こんな日はみんな浮かれて気が緩みますからね」



俺だってちょっとは楽しみたい。
そう思い訴えるも、速攻で却下されて仕事へと向かわされ、よく会場を把握もしていない内に巡回ルートを回ることになってしまった。おいおい、恋人企画の行事も楽しめないほど風紀委員長ってのは忙しいもんだったか?つーかそもそも恋人の浴衣姿を見かけてさえいない。

…ん?ちょっと待て。よく考えるとあいつの浴衣姿なんて不味いんじゃないのか…?



「なぁ、ユキどこだよ?」
「あー…会長なら今本部ですよ。残念、少しここからは遠いですね」
「えぇー…」
「格好いいお兄さん!リンゴ飴はどうだい?」
「あ?あぁ、いや仕事中だ。悪いな」



掛けられる声をかわしつつ、旨そうなものは買って巡回パトロールを続けるも、悶々として集中できない。
そう、自分で言った通り、今は仕事中なのだ。
仕方ない。思ったように会えないのは仕方ないことだとはわかっている。わかってはいるのだけれど―――苛々する。心配なんだ。さっきから悪い予感しかしていない。私情を挟むべきではないと思っているけれど、こればっかりはどうしようもない。



何巡した頃だろう。もうすっかり日は沈み、本当にチラリとも恋人の姿を垣間見れていないことに、俺の気分も沈みに沈んでいる時だった。



「きゃー会長様!」
「遠目からでもお美しい…!」
「は?」

「えっろ…」
「抱きてぇ…!」
「はぁぁあ!?」

「あ、委員長あんなところに素敵なチョコバナナ!」
「ちょっと待て!!」



聞こえてきたワードに反応する俺の注意を慌てたように削ごうとして、アホみたいな発言をする部下の襟首をむんずと掴む。ギシギシと軋みながらこっちを振り返ったそいつに、満面の笑みを返してやった。



「なぁ、俺はあっちに何か問題がありそうだと感じるんだが、お前はどう思う?」
「あ、あー…いや、俺はそうは思いませ」
「そうだよなぁやっぱお前もそう思うだろぉ?さぁ一緒に行こうじゃねぇか」
「ちょ、待って委員長苦しいです引きずんないで…!」



襟首を掴んだままずりずりと引きずってそれっぽい方向に進むにつれ、人の数がどんどんふえていく。いや、違うな。人集りが出来ている方が、それっぽい方向なんだ。そしてその人集りは、俺に気づいた人間が脱兎のごとく散っていくせいでみるみる数を減らしていっていた。
そして、ようやくゴールの位置が見えた頃。



「おら、てめぇら通行の邪魔だどけ!この―――…!」



最後の集団を押し退けて視界が開けて目に飛び込んできた人物に―――瞬間、思考が停止した。



浴衣に包まれたすらりとした長身。金魚の袋を提げる右手。夜風に揺れる黒髪。無防備に晒される真っ白な項。暑さにうっすらと汗ばみ、ほんのり上気する肌。そしてなにより、目を細め、ゆるりと口許に弧を描いて笑むその表情。
彼―――我が学園の生徒会長であり、俺の恋人である皆川幸人(ミナガワ ユキト)のすべてが美しく、それでいて艶やかに見えたのは、きっと俺だけじゃない。



「―――ユキ!」
「あ?…げ、お前なんでここに…」



居ても立ってもいられずに声をかけながら近寄ると、しかし息を飲むほどの美貌が不愉快そうに歪んだ。次いでその目線は俺の後ろをついてくる部下へと避難がましく向けられる。
ちょっと待て、おかしいだろう!なんで彼氏に会ったっていうのにそんな顔するんだよ?しかもなんかすげぇ疎外感なんだが!



「おい狩野、さっさと持ち場へ戻れ。委員長が堂々とサボってんじゃねぇよ」
「ちょ、おいユキ!せっかく会えたのにそれは流石にないんじゃねぇの?」
「あぁ?なにがだよ?ほら散った散った」
「ちょっと待てよ!こんな姿晒しやがって…!」



こんなやりとりをしてる間も解除されることのないユキへの視線に苛立ちが募る。ふざけんな!ユキのこんな姿を見ていいのは俺だけなのに調子乗りやがって!この俺の恋人に色目を使うなんて許さねぇ!
こいつは俺のものなのだと、そう周りの男共に見せつけてやろうとユキの腰へと回した手は――――しかし、一瞬でその本人によって叩き落とされた。ぱしっと予想外にかなりの勢いで叩かれたことに目を丸くすると一瞬たじろいだ様子を見せたユキだったが、すぐに俺から距離をとって俺の手が触れたところをぱんぱんと叩く。



「俺がどこでどんな格好してようが関係ねぇだろ。気安く触んなよ」
「お前なぁ!」
「ほらいい加減仕事に戻れ狩野。俺に構うな」
「こんの野郎…!」



ふぃとそっぽを向く恋人に、ついに俺の堪忍袋の緒が切れた。だってもう黙ってらんねぇ。ここで黙って言うこと聞いたら、男が廃るってもんだろう。

少し見下すようにこちらを流し見て無駄な色気を振り撒いているユキの腰へとタックルし、そのまま問答無用で持ち上げてやる。米俵のように肩に担いでやって準備完了だ。



「ぎゃあ!!てめぇ!離せ!降ろせアホ!!」
「うっせぇ耳元で騒ぐんじゃねぇよ」
「騒がれたくなかったら降ろせってんだよ!!」
「おい俺たちは抜けるが後しっかり頼んだぜ?」
「ふざけんな!!誰が抜けるか誰が!」



ぎゃあぎゃあ騒ぐユキは無視で、どうやらグルだったらしい部下に睨みを利かせる。がくがくと頷くのに満足して、俺はユキを担いだまま会場を後にしたのだった。





***



そして今、俺の部屋へと帰ってきて、途中で静かになったユキをベッドへと押し倒したというわけである。その上に乗り上げてユキを見下ろしてみるも、部屋に入った頃に調度打ち上げられ始めた花火に照らされるその横顔は不機嫌そうなままである。その証拠に、こちらをちらりと見ようともしない。

どうしようもなくそそられるのに―――手を出すに出せないこの状況。
どうしたら機嫌を直してくれるのか、というかそもそもなんでこんなに機嫌が悪いのかわからない。だから俺は今、とてつもなく困っているのだ。



「ユキ。ユーキ?」
「……」
「どうしたんだよ、なぁ、こっち向けよ」



機嫌をとるように、というか撒き散らされる色気に負けて、その首筋に顔を埋める。ちゅ、ちゅ、と宥めるように軽いキスを落とすと、僅かに身じろぐのがわかった。



「なぁ…なんでそんな機嫌悪いんだよ」
「……」
「幸人?」



そっと頬を撫でる。ゆるりとこちらを向いた瞳に微笑いかければ、むっと口をへの字に曲げてしまった。



「…お前のせいだ全部」
「え?」
「会ったらこうなるってわかってたから、わざわざ絶対かち合わないルートを考えたのに」
「は?なんだそれ」
「せっかく俺が企画してんだから、お前にはちゃんと最後まで楽しんでもらいたかったんだよバーカ!」
「え…!!」



思わぬ言葉に目を白黒させていると、ユキは俺を一度きつく睨んだ後、諦めたようにふっと笑った。



「ほんとバカだてめぇは」
「う…悪い。幸人のことになると回り見えなくなっちまう」
「…お前のそういうとこ大っ嫌いだ。ったく、全部台無しにしやがって。もういい、好きにしろよ」
「幸人…」
「…ほら新、」



するりと首に腕を絡め、ぐっと顔を引き寄せられる。触れるか触れないかのところで、そっとその艶やかな口唇が動く。


「はやく…あいして?」




*end*
植草様お誕生日おめでとうございました!
遅くなって申し訳ありません(′・ω・`)
そしてフェロモンだだ漏れ感が出てなくて泣きそうです…!そして長い…長いよ…orz
うぅ…再チャレンジさせて頂くかもしれませんです。
こんなものでよろしければ貰ってやってください!




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