すき、きらい、すき、 | ナノ






「かいちょー!お昼いかないの〜?」
「あー…俺はいいや、お前らだけで行っとけ」
「んん、了解っ!じゃあお大事にねん」



ぱちん、とウィンクをして出ていくチャラ男に、不覚にも顔が赤くなる。くっそう、隠していたつもりだったがさすがに奴にはバレバレってわけか。
―――いや、正直舐めていたんだ。
動けなくなるわけがないと。腰の痛みなんて大したことないだろうと。

自分が実際に、経験してみるまでは。





のせいで





あの日から、ほぼ毎日のように電話がかかってくるようになった。
他愛もない話をして、軽口を叩きあって、ちょっとだけ仕事の話をして。まるで友人のように話をするなんて、寧ろ犬猿の仲だった頃からしてみれば大きな進歩だ。驚くくらいに急速に、俺たちの仲は近づいた。



(―――でも、)



最後に必ず、誘われる。
いやあれはもう誘われるとかいうもんじゃない。ただ場所を、伝えられるだけ。そこでようやく思い出す。

あいつは、ヤりたいから電話をしてきてるんだということに。



当然なんだ。
だって俺達はセフレで。そうなろうと持ちかけたのは俺で。そうでもしなければ俺達はきっとまだ犬猿の仲。親しく話なんてできやしない。まして電話なんかかかってこない。



「あー…」



がくり、机に項垂れる。
なにが不満なんだよ?これだけ話せるようになっただけで、儲けもんだって。
なんでそれだけじゃ満足できない?うっかりそれ以上を望んでしまう?



(体の関係がなければ、俺達は友達でさえ、ないのにな)



自分の言葉に自分で落ち込む。
眠い。腹が減った。腰が痛い。心が寒い。
欲張りというかなんというか。なにかを得られると更にそれ以上求めてしまうのは、向上心があるといえば利点なのか?だが強欲といったらそれまでだ。



「なんか違ぇ気もするけど…」



ぽつり、呟いて、とりあえず今の欲求で満たせるものを満たそうと、ゆるりと目を閉じる。最近毎晩のようにあいつとヤってるし、そうでないときはこういうどうにもならないことを考えてしまって眠れない。せめて昼休みぐらい寝てもいいだろ。まぁ、あいつとヤった後は死んだように寝ちまうんだが。



「あの絶倫め…」



きっと俺との契約をする前は、毎晩取っ替え引っ替えセフレ達とお楽しみだったんだろう。それを思うと、相手が俺だけになったってだけでよかったんじゃねぇかとも思う。そして腹立つことに、連日連戦のくせに処女だった俺のが切れてねぇくらいには、奴は上手いのだ。



(…あ、まずい)



うっかりあれやこれやを思い出しそうになり、ぶんぶんと頭を振る。
毎晩すっからかんになるまで出させられ続け、挙げ句空イキなんぞを覚えさせられたってのに、こんなことでおっ勃てるなんて最悪じゃねぇか。なんなんだ、盛りのついた猿か中学生かなにかか、俺は。



「これじゃあ本気でびっちじゃねぇかよ…」



自分の言葉に自分で落ち込む。再び。
びっちとかなに言ってんだ気持ち悪ぃ。相手は不特定多数じゃねぇし。あいつ限定だし。それこそ初めても、男を好きになるなんて滅多にないだろうからもしかしたら最後もあいつかもしれないし。というかそうであってほしいって思ってるし。

―――と、そこまで考えて、それこそ本気で気持ち悪いことに気がついた。


う、わ、なんだ今の。なしなし。今のなし。
自分の思考に吐きそうになりながら、必死に今の記憶を脳内消去しようと必死に仕事のことを考える。せっかく会計と書記が戻ってきてくれたんだから、そろそろ副会長をどうにかしなきゃなぁ。正直あの宇宙人と会うと考えるだけでげんなりするが、説得しにいくか、とわざわざ嫌いな人間まで思い出して気を反らそうとする。が、しかし。



「おい俺だ、入るぜ」



だんだんという乱暴なノックから間髪いれずに開いた扉。
幸か不幸か、その行為と声で誰かはすぐにわかる。ちょうど今、考えないように必死になっていた人物。最近ずっとずっと、俺のなかで話題になっている男。



「あー?桐生だけか?」



こつこつと近づいてくる靴音。目の前で立ち止まる音、影。
そして、俺はというと。



(今さら顔あげられねぇ…!!)



伏せてしまっていた顔をどうすればいいのかわからず、とりあえず寝たフリをすることにしたのだった。




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