すき、きらい、すき、 | ナノ





好きだと言えば、愛してると返ってくる。キスをすれば、抱き締めてくれる。名前を呼べば、嬉しそうに破顔する。
俺が笑えば、お前も笑う。
そんな、そんな夢みたいな日常。






すき、きらい、す






想いを遂げたあの日から、二週間。
学園でなにかが劇的に変わったかと言われると、そういうわけではなかった。俺は今まで通り生徒会長として学園に君臨しているし、あいつも風紀委員長として生徒会と対立している組織を牛耳っていた。俺の親衛隊が解散することはなく、しかし俺がビッチだなんだという噂が消えることもなかった。あいつにはファンクラブという名のセフレ軍団がいてそれにはいくつかルールがあるということも、依然として学園の常識のまま。



「会長、書類できました」
「ん、さんきゅ」



なにも変わらずに過ぎていく日々。
だけど、それで構わなかった。真実を知ってもらいたいわけじゃなかったから。周りが俺の本性をどう思ってようと、俺にとってはどうでよかった。
なぜなら俺には、俺の生活には確かに大きな変化があったから。その真実だけで、俺には十分で。



「それと、お迎えが」
「あ?」



言われ、扉の方を見ればひらひらと手を振る恋人の姿。ああ、もう時間かと机の上を片付けながら椅子から立ち上がると、会計がぶすくれた顔をした。



「ちえーっ、俺があんだけ誘ってもノッてくれなかったのにぃー」
「ばーか、てめぇは好みじゃねぇんだよ」
「ひーどーいー!」
「うっせぇ」



まさかあの風紀委員長と付き合ってただなんてー!と嘆く会計の頭をはたいて久谷の方へと向かう。今日の分の仕事はもちろんとっくに終わらせてあった。最近はこいつの迎えを待って余分に仕事をしてるから捗りすぎてしまって困る、なんて。
最低限の指示を出しつつ迎えに来てくれた恋人のもとへと辿り着く。お待たせと言うと、軽い口づけと共にくしゃっと髪を撫でられた。



「お疲れ、侑紀」
「お前な」
「いいだろこれくらい」
「よくねぇよ、場所考えろ」



悪びれもないこいつの頭も思いっきりはたいてやろうか。そう思って手を上げるよりも早く我慢の限界と上がった、生徒会室でいちゃつくの禁止ー!という会計の声。その剣幕と他の役員の生暖かい視線の前に、俺は久谷の背中をぐいぐい押して部屋を出たのだった。


そう、確かに学園からの今までの認識は、なんら変わってはいなかったのだけど。
しかし二週間前に学園を震撼させたニュースによって、今、周りが俺たちを見る目はまったく違うものになっていた。





『こんなんじゃ、足りないのはわかってるけど』



周りからどう思われようが、本気でどうでもよかったんだ。だからわざわざ教えてやるつもりもなくて。知られようが、知られまいが、どうでもよかった。

だけど二人だけ、俺たちが付き合うことになったことを伝えておかなければならない相手がいた。



『本当に、本当にありがとう―――…』



報告と、それからありったけの謝罪と心からの感謝を込めて。
それを伝えたときのあいつらの表情を、俺はきっと、いつまでも忘れることはないだろう。
これだけで許されるとも、済むとも思ってはいない。だけど、これは絶対に必要な一歩。



そう、話はそこまでのはずだったのだけど。
いったいどこから漏れたのか、俺と久谷が付き合っているという情報はミーハーばかりのこの学園に光の早さで広まってしまったのだ。あいつらが話すなんて考えられないから、どこかで盗み聞きされていたことになる。
なんというかまったく、肝心なことは広まらないのに要らん情報だけ広まるものだな。

そういうわけで俺たちは、学園一のヤリチンとビッチが愛に目覚めたという、学園大注目のカップルとなってしまったわけだ。




「なあ、昼なにしてたんだよ」
「ん?今日は親衛隊との食事だって言っといたろ?」
「や、だから、誰がいたのかとか、なにしてたのかとか…」



生徒会室から寮に帰る帰り道。寮への渡り廊下をぶらぶらと二人で歩くのは、外出なんて滅多にできない俺たちにとって貴重なデートの時間だった。
二人でいるとざわつく生徒たちを気にするのは先週でやめることにした。気にしたところでどうにもできないのだから、だったら早々に諦めて慣れてしまうに限る。せっかくのこの貴重な時間を無駄にしたくはなかったから。



「んー、なにって普通に昼食べたのと、面子はまあ、ほぼ全員いたかな」
「ってことは隊長もか!?」
「ん?ああ、仁科もいたけど?」



なぜかすごい勢いで食いついてくる久谷。なんだよ、それがどうしたっていうんだ。隊長なんだからこういうのにいるのは当たり前だと思うんだが。
と、そこまで考えてピンときた。ああ…ああ、なるほど、そういうことか。



「くくっ、仁科とはなんもねぇよ」
「っ、別に俺は…っ」
「安心しろ、俺はもうあいつにフラれてる」
「ああ…って、はあ!?」



相当驚いたらしく一瞬動きが止まった久谷を置き去りにして歩きつつ、ついニヤけてしまう口を手で押さえる。なんだ、なんだそういうことか。そういうことかよ。
まさか―――嫉妬されるのが、こんなにも嬉しいだなんて。




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