すき、きらい、すき、 | ナノ





会いたい、会いたいと、どうしようもなく気持ちが逸る。色んなことが、言葉が、表情が、ぐるぐると目まぐるしく頭を回った。

俺が立てた、ひとつの仮説。
はやく答え合わせをしにいかなきゃならない。






らいなわけない






できうる限りの早さで足を進める。今にも走り出したい気持ちを少し落ち着けとなんとか冷静になろうとして、極限に早足だが走りはしない。ざかざかという無駄に大きな音が、人気のない廊下に響いた。

そんな焦って突進なんて無謀すぎる。もう少し冷静に考えるべきだ。その仮説は確かか。自分の良いように解釈してるだけなんじゃないのか。そう自分に問いかける、冷静なふりした自分がいる。
だから、本当に本当に早く会いたいけれど、その前にほんの少しだけ時間がほしい、なんて。



(ただの、チキンだろ)



ぐだぐだ考えて足の速さが鈍る自分にチッと舌打ちをする。
鈍っていくのがわかっても、それでも速度を上げることはできなくて。つくづく情けない男だと自分を笑いたくなった。
わかってる。なんにせよ早く行かなきゃならないのはわかってるんだ。
だけど―――…



(もしも、もしも俺が立てた仮説が正しかったとしたら)



そうしたら、俺は信じられないくらい酷いことをあいつにしていたということになる。知らなかったでは許されないような、酷なことを。

真実を知りたい。
あいつの気持ちを聞いて、俺の気持ちを伝えたい。
だけど、もしも仮説通りだったとして。あいつの気持ちを聞くことのできる喜びの反面、それと同時にわかってしまう俺がしたあいつへの仕打ちを認めるのは、どうしうもなく、痛くて。



「あ"ーくそっ!」



馬鹿みたいな考え方しかできない自分にむしゃくしゃする。苛立ちに任せて放った声は、廊下の奥へと消えていった。

なんなんだ俺は。どうして自分が傷つくことしか考えられない。どうして保身しか考えられない。
結局俺はいつだって自分のことばかりじゃないか。
あいつは、あんなにも俺のことばかりだというのに―――…






『俺にとっても都合がいいんだよ。お互い快楽主義で好きでもない。後腐れのない、いい条件だと思うがな』

『久谷様は、桐生様以外切ったのにっ…!それなのにあの人は、今でも不特定多数と乱交しているのですよっ!』

『あの専属契約っての、もうやめよう。なんか性に合わねぇし、飽きちまったんだわ』

『うるせぇよ、俺には関係ない』



単純に考えれば、言葉通りに捉えれば、きっと、弄ばれたのは俺の方だった。
もちろんそんな風に考えること自体、ズレているのだと思う。セフレ関係にそんな、弄ばれただのなんだのと持ち込むこと自体がおかしいのだ。そんな風に考えてしまうのは、まんまと俺が桐生に堕ちてしまったから。


恋愛なんて面倒くさいと思っていた男が、ひょんなことからうっかりセフレに恋してしまう。もう飽きたからと捨てられて嘆き、片想いの男は愚かな執着を見せ始める。
なんて下らない物語。なんの面白みもない陳腐なそれは―――しかし、ある男のたった一言で覆った。



『それにっ!桐生様にセフレなんて、一人もいません…!!』



あの時、あの言葉に、俺は鈍器で頭を殴られたような衝撃を受けた。
すべてを根本から覆す真実。そもそもの前提を否定され、しかしそう考えると、すべてのピースがまた別の形で填まっていくのも、確かで。



セフレが大量な快楽主義者―――もしも、その前提が本当に違ったとしたら。噂が噂でしかなかったとしたら。
どうして噂の通りなフリをしていた?どうしてあんな関係を持ち掛けてきた?

その答えは―――あまりにも、単純だった。
セフレ関係を持ち掛けてきたのは、俺は男と恋愛をしないという噂が流れていたから。俺に恋愛感情のある奴とは寝ないというルールを作っていたから。噂を否定していなかったのは、自分が軽い男であることをアピールしたかったから。そうして自分が下半身男だと思わせれば、俺は躊躇なくセフレにしただろうから。そこまでして、俺と関係を持ちたかったから。
そう、つまり―――自惚れでなければ、桐生は俺のことが好きだったのだ。



『いいぜ、専属契約、しようじゃねぇの』



そして案の定俺は、まんまと騙されてしまった。
そこからの展開もなんとなく察しがつく。桐生のところに親衛隊長が現れたのと、俺のところにセフレが現れた、あまりにも良すぎるタイミング。あいつの俺への恋愛感情。それに対して頑なに俺を避け続け、拒絶した桐生。今思えば、俺にもたらされる情報はすべてあのセフレからのものだった。


違うと思いたい。違うと信じたいのだけれど。
それでも、この流れが成立するのは―――桐生があの二人に脅されて、というのが、一番自然で。



『じゃあな、ゲーム、なかなか楽しかったぜ』



あいつはあの時、いったいどんな思いであの言葉を吐いたのだろう。
俺の下らない噂とルールが桐生の枷になっていたかもしれないなんて。そんなこと、信じたくない。あいつがその枷に身動きを封じられてなにをされたかなんて、考えたくもない。

あいつが歯を食い縛って耐えていた間に俺がなにをしていたのかなんて。
被害者ぶって、健気な片想いだと思い込んで、気持ちを伝えようともせずに自己満足に浸っていたなんて―――知りたくなかった。



(だけど、きっと誰よりも俺が、知らなければいけないから)



どこまで合っているのかなんてわからない。こんなのただの俺の仮説で憶測。きっと俺にとっては、自惚れんな、お前なんか好きじゃないと言われるのが一番楽なんだ。そこからいくらでも頑張れるから。好きになってもらう努力をすればいいだけなのだから。

だけどもし仮説通りだったとしたら。
過ぎてしまったことはやり直せない。俺が桐生に残してしまった傷をなかったことにはできないけれど。



(だけどきっと―――その傷を癒せるのは、俺だけだと信じたい)



自惚れかもしれない。傲慢かもしれない。都合がよすぎるかもしれない。
それでも、お前を癒すのは俺でありたいんだ。

お前が受け止めてくれるなら、今までの分を目一杯愛すと誓うから。磨り減ってしまったものを埋めることができるくらい、溢れるくらいの愛を注ぐと誓うから。



(だからどうか、俺を好きだと言ってくれ…!)



見えてきた目的地。
近づいてくる扉を前に、ようやく整理のついた想い。今度こそ躊躇なく、俺の足は駆け出した。






*end*




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