すき、きらい、すき、 | ナノ






「――う、委員長!」
「あ…?ん、あんだよ?」
「なんだよじゃないですよ!人がさっきからずっと呼んでるっていうのに!」
「あー悪ぃ、なんだって?」
「まったく…この書類、生徒会行きですよ。大事なものなので委員長にお願いしなきゃなりません…」



その方が逆に心配なのに…と嘆く部下から書類を受け取り、とりあえずそれを丸めてスパンと叩いてやる。うん、中身の入ってなさそうないい音だ。だから重要なんですよその書類…!と涙目になるそいつに興味はない。応対が面倒くさくて思考から追い払った。





らいではない、かな





昨日もこれからだった。
自ら届けにいった書類。一人しかいない生徒会室。
艶やかな笑み。熱い吐息。濡れる瞳。

誘う痴態――――…



『くた、に…もうっ…』



思い出すだけでドクリと脈打つ心臓。
それほどに、あの天下の会長様が濡れた瞳と声で強請る姿はクるものがあった。



「あー…ヤりてぇー」



ぞくぞくとするあの甘美な征服欲が甦ってきて思わず漏れる呟き。
まだ一日しか経ってない。昨日したばかりだというのに、解消されるどころか欲が募る。まったく、体裁を気にしての契約だったのに更にヤりたくなるなんて本末転倒だろうが、さすがは淫乱桐生会長ってところか。



「…委員長、あんた本当にヤることしか考えてないですよね」
「あー……お前さ、俺が相手一人に絞ったらどう思う?」
「は?なんすか急に、無理でしょうそんなの」
「仮にだよ仮に。頭の堅い野郎だな」



向けられる呆れた視線。無視してぽちぽちと携帯を弄っていると、無意識に電話帳を呼び出していた。ずらりと並ぶ名前。なんだかよく知らない名前ばかりで、自分が今弄ってるのはセフレ用の携帯であることに気づく。
おいおい、どんだけヤりたくなってんだ俺は。



「うーん、仮に…仮に、万が一にでもそんなことになれば、素晴らしいことだと思いますよ」
「ヤる回数が増えたとしても?」
「え、まあ…相手が絞られればいいんじゃないですか?」
「ふーん、そういうもんか」



どの名前を見てもピンと来ない。
おかしいな、今まではどうやって相手選んでたんだっけ、手当たり次第か?



「そりゃそうですよ、というか好きな相手が出来たらセフレよりもヤりたくなるのは普通なんじゃないですか?」
「は?どういう意味だよ」
「だから、恋人相手の方が体だけの関係の相手より心が繋がってる分欲情するでしょうって」
「んー?いや別に恋人じゃねぇし。セフレを一人に絞るだけだから」
「は…?だって一人に絞るとか本命だとしか…」
「家がうるせぇってだけだ。ま、嫌いじゃあねぇけどな…男を好きにはならなぇよ」



あーダメだ、選べねぇ。
つうかどれも同じにしか見えない。名前だけじゃわかんねぇよ、今までどうしてたんだ俺は。


セフレ用のそれを置いて、普段使いの携帯を取り出す。一挙一動を見られているのがわかるが、とりあえず無視して電話をかけた。ちらりと視線をやれば、ムッとして資料に目を戻すそいつに喉を震わす。こんな所でセフレに電話かけんなよっていうか人に話ふっといてこの人は…とかぶつぶつ言ってるのを聞きながら待つこと数コール。



『…はい、』
「おう俺だ。ははっ、いーい声だなぁ」
『な、え、おまっ…!?』
「昨日お前が寝てる間に登録させてもらったから」



電話に出た掠れ声にニヤリと笑みが浮かぶ。ぞくぞくと背中を駆け抜ける欲情。
あーやばい、超ヤりてぇ。この偉そうなのにエロい声を、散々に啼かせたい。



『どうしたんだよ、なにか用か』
「んーや、なんか声聞きたくて」
『…っは、なんだ、てっきりヤりてぇのかと思ったぜ』



挑発する、昨晩喘ぎすぎて掠れた声。あの豪勢な会長席に沈み、気怠げに笑いながら男を誘う姿が目に浮かぶ。
あぁ――――堪んねぇなぁ。



「よくわかってんじゃん、今日は俺の部屋来るか?」
『…どこだっていい、好きにしろ』
「え、なに、生徒会室がいいっつったら会長様は了承してくれるわけ?」
『体裁気にしてんだろ、馬鹿かてめぇは』
「はいはいすみませんねぇ」



軽口を叩いていると、がたりと勢いよく立ち上がる音。ちらりとそちらに視線をやると、驚いたようにこちらを見ているアホ面が一人。
なんだようるせぇな、静かにしてろ。

いやしかし、いつか本当に生徒会室でヤってみてぇ。こっちでヤるのもありだな、悪くなさそうだ。



「よしじゃあ俺の部屋な、ちょうどお前に届けなきゃなんねぇもんあるし」
『届けなきゃなんねぇもん?』
「あーなんか書類だ、届けにそっち行くからよ」
『わかった、待ってる』
「ん、じゃあな」



プツリと通話を切って立ち上がる。
持ってく書類をトントンと束ねていると、風紀委員長が署名する欄があることに気づいた。まあいいか、後であいつと一緒に署名しちまえばいいだろう。
すでに下校時刻は過ぎている。だからこそ俺とこいつしか残ってないわけだけど、もうお役御免でいいだろう。



「じゃあ行ってくる、今日はもうここには帰んねぇから。お前も早く帰れよ」
「ちょ、い、委員長…!今の!今の本当ですか!!」
「あ?今のって?」
「今の電話!だって、だってあの会話のタイミングで…!相手を一人に絞るって!あの会長様なんですか!?」



何を騒ぎ立ててるんだこいつ。面倒くさぇ野郎だな。
答えてやるのも面倒くさくて、無視して新規メールを作成する。セフレ解消の内容のメールを作って一斉送信。なんだこれ、多すぎだろ面倒くせぇな。
ほいっとセフレ用の携帯を投げてやる。条件反射でキャッチした男にニヤリと笑った。



「それ、メール全員に送れたら処分しといて」
「は?え、なんでですか」
「だってもう必要ねぇし」



持ち歩くの面倒くさいのよ。きっとこれから鳴り止まなくてうるさいだろうしな。なんでもいい、煮るなり焼くなり好きにしてくれ。



「ちょっと!困りますよこんなの!」
「いーから。好きにしろよ、適当に…な?その電話帳使ってもいいぜ?」
「ばっ…!!」



突然カッと目を見開いてぶんと投げてきたものをひょいと避ける。後ろでガシャンと音がして振り返ると、壁に当たって落ちた携帯の無惨な姿。



「うっわ…」
「あっ!つい…!」
「…お前もなかなかやるな…。うん、確かに好きにしろっつったが、一応メール送れたのか確認してほしかった…」
「うわ、うわ、すみません…!」



ついじゃねぇよ、ついじゃ。ついで携帯投げられちゃ堪んねぇよ、それ要らないっての冗談だったらどうすんだ。我ながらバイオレンスな部下を持ったものだな。
壊れててもいいけどメールは送れてますように。送れてなかったらアホな部下のせいってことにしてこいつを献上すればいいか、うん。


なんて下らないことを考えながら退出する。
これからあの会長様がどんな痴態を演じてくれるのか、楽しみで仕方ない。せっかくの契約だ、楽しませてもらわねぇとな…?





そう、そんなことを本気で考えていた俺は知らない。
もっと慎重に行動すればよかったと、そう後悔する日が来ることを――――…





*end*




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