すき、きらい、すき、 | ナノ





「―――馬鹿にしないでくださいっ!」



情に訴えるような悲痛な声。
パシッと乾いた音が部屋に響く。
湿った唇とじんと熱くなる頬に、俺はなにをしてるんだと笑いたくなった。






らいだとも






呼び出した部屋を出て、薄っぺらい機械を取り出し確認する。これでようやく半分。いったいどこまで続くんだと気の遠くなる人数が連なる電話帳も、一人ずつ消していってやっと半分の長さになった。すべて終われば、このスマホに登録されているものはなにもなくなって、自ずとこれは使うことがなくなる予定だ。
しかし半分来たかと喜ぶと同時に、逆にまた同じ数と会わなければならないのだと思うと酷く憂鬱になるのも確かで。そろそろいい加減、桐生に会いたくてしかたない。あと何回、今みたいな厄介なやつと話さなきゃならないのか、考えるだけでうんざりする。
まだ開かれない扉を一瞥して歩き出す。まだ中で泣いているであろう男の感極まった高い声が耳に残っていて、それを振り払うように首を振った。




想定外だったのは、思っていたよりも“例外”が多かったことだった。てっきりそういうのは最初のあいつだけかと思っていたが、案外頭の沸いた奴らが多い集団だったことに初めて気づいた。寧ろ“例外”の中ではあいつは引き際が良い方で、自分の立ち位置を理解していたのだと実感させられるとは思っていなかった。
終わりを伝えれば、基本のスタンスはもちろん快諾。そりゃあそうだ。だって元々そういうルールだったんだから。
なにかあったとしても嫌味の一つや二つ言われて、あとは揶揄されて終わり。てっきりそういう奴らばっかりだと思っていたのに。いや、というよりも、そういう奴らとしかセフレになった覚えはなかったのにな。



「あ、おかえりなさい委員長」
「おう」
「机の上に生徒会からの書類置いてあります」



話をするために呼び出すのはいつも、最初にあいつを呼び出した部屋にしている。あそこならすぐに行けるしすぐにここに帰ってこれる。そして、万が一にもこの間のようなことがあったときも、遭遇する確率が高くなるだろうと思ったから。と言ってもこの作戦が功を奏したことはないけれど。
今日も今日とて知らない内に来ていたらしい生徒会からの書類を手に取りつつため息を吐く。まあ、こいつらがなにも言ってこないところを見ると、きっといつもの誰かだったんだろう。そうじゃなければ、会長が会長がと俺に報告してくるだろうから。



「ん?…ああ、これか」
「どうかしましたか」
「これやっとけ」
「え、俺ですか?いいですけどー…」



中身を確認したあとガサッとその封筒ごと側にいた奴へと流してやる。不満そうにしながらも、受け取らせたら俺の勝ちだ。なんで俺がという視線を、ふんと鼻で笑って流してから席に沈んだ。
それこそなんで俺が、俺じゃなくてもできる仕事をわざわざやらなきゃなんねぇんだ。なんのために長になったと思ってる。雑用を部下に任せるために決まってんだろ。



俺がセフレなんてものを作り始めたのは、高校に入ってからだった。これでも中学までは一応、恋人なる人間としかヤっていなかったのだ。
恋人と言ったって、告白されてフリーだからと付き合っただけの相手だったけれど。そして相手のことを好きでもなんでもなかった俺が安易に付き合ったり別れたりしすぎて、色々と面倒が発生したわけだ。その時の面倒が本当に本当に厄介で、名前だけは甘ったるい関係に懲りた俺は、高校に入ったらもう惚れた腫れたというものから限りなく遠ざかりたくてこういうことになったのだ。

俺に恋愛感情を持っている奴とはセフレにならない。どちらかが関係の解消を求めたらすぐにやめる。
高校に上がるとすぐに、この二つを条件にしてセフレを作った。体格と腕っぷしの強さを見初められて風紀委員に入ったのも、これと同時期だった気がする。親衛隊なんて文化ができ始めるのも、生徒の人数が膨大になる高校からで。正直そういうのが面倒くさいがためにヤる相手を恋人からセフレにシフトチェンジした俺にとって、親衛隊を作れない風紀委員は願ってもない役職だった。セフレがいる風紀委員なんて前代未聞だと批判されたが、そういう奴らは実力で黙らせた。
まあそれはともかく、俺はあの頃からずっと、条件付きの、割りきったセフレ関係を築いてきたつもりだったのだ。体だけの冷めた関係。それなのにここに来ていざ蓋を開けてみれば、知らない間に“例外”だらけで。



『嫌です久谷様っ!捨てないで…!』



終わりを告げた途端それまでしおらしかったのが別人のように泣き、喚き、縋りついてくる姿は酷く醜かった。確かに二年以上、短いやつでも半年は付き合いがあるのだから、情が湧くのは仕方ないとは思う。現に俺だって、この短期間で桐生のことが好きになったしな。だがルールも忘れて、捨てないでなどと元々拾った覚えも手にしていた覚えもないのに宣う奴らは愚かだとしか思えなかった。辛うじて同情こそするものの、そういう気持ちがわかった今でもほとんど嫌悪感しかなかった。
鬱陶しい。気持ち悪い。面倒くさい。これだから嫌だったんだ。
そんなことしか思わない頭。それなのに、どこかで必ずこれが桐生だったらとも考えている自分がいて。きっとこれがあいつならば、気持ち悪いなんて思わず喜んで応えただろうに。相変わらず自分勝手だなと思いながらも、桐生相手でなければ嬉しくもなんともない喚きは聞き流すだけ。
そのあとはまあ、殴るにせよはたくにせよキスするにせよ、相手の好きにさせた。たとえルールを破ったのは向こうだとしても、それを追及なんて面倒くさいことはしない。
なんでもいい。諦めてさえくれれば。もうこれから不必要に絡んでこなくなるならば。さすがにセックスまで許容するわけにはいかなかったが、必死に舌を絡めてくるのに拒絶も受け入れもせずにただ冷めた思考でされるがままになるのも、結局は自分のためだ。まあ、そういう気持ちがバレたのか、さっきはキスされたあとに叩かれたわけだが。まったく理不尽きわまりない。




出る前に仕事は終わらせてある。追加らしき仕事も部下に投げた。今、俺にやるべきことはなにもない。
ならばやることは一つ、と豪華な委員長席に沈み込みながらスマホを取り出す。次は誰にするかと少なくなった電話帳を流すが、大半は結局は誰だかいまいち覚えていないからもう選びようもない。選ぶ要素が名前しかないリストを眺めるのに飽きて適当に目星をつけると、その場で通話ボタンを押した。



「よお、久谷だが―――…」



数コールですぐに出た相手に苦笑しながら、さっそく約束を取り付けにかかる。こんなに早く電話をとるなんて、また面倒くさいやつを選んでしまったか。今日はもう外れクジ二回目だぞ。
しかしこれでまた少し桐生に会える時間が近づくと思うと、自然と顔が緩んでしまう。なにかを運んで外から帰ってきたやつにそれを見られて蔑んだ目で見られたが、鬱陶しいと手で払った。
こっち見てねぇでさっさと仕事しろ。




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