すき、きらい、すき、 | ナノ





久しぶりに近くで見た久谷は、話し方も、雰囲気も、あの時と同じままで。なにもかも、二週間前と変わらないままで。
唯一違ったのは、その隣に立っていた存在。俺とは正反対な男。



―――あの日初めて、俺は自らあいつを誘った。






だというのが






久谷から逃げるように立ち去ったその足で、俺は無意識にある部屋へと向かっていた。生徒会室に戻りはせずに向かったそこは、いつもあいつに呼び出される部屋で。
早足だったせいか見てしまったもののせいかドクドクとうるさい心臓のまま扉を蹴り開けるも、照明のついていない無人の部屋に俺は酷く落胆したのだ。いつだって俺の後から部屋を出るあいつが掃除をしているのか、まさかここで数日に一回セックスが行われているとは思えない、整然として綺麗な澄んだ空間。そこには今の自分が酷く不釣り合いのような気がして。そのまま中に入り、わざと乱すようにバサッと広いベッドへと身を投げ出した俺は、気づけばスマホの電話帳から自分の親衛隊長の名前を呼び出していた。



『―――仁科(ニシナ)、俺を抱け』



あの時俺からの呼び出しにすぐにやってきたあいつは、なにも言わずに俺の願いを聞き届けた。
与えられる熱に溺れた。望むだけ流し込まれる快楽を享受し、流され、翻弄され、咽び啼いた。吐き出せるものを限界まで吐き出し、吐き出すものがなくなっても求め続けた。

結局あいつは、最後までなにも聞かなかった。
そして最後まで、久谷の名を口にはしなかった。






あの日から、仁科から脅されることはなくなった。それはつまり、呼び出されることもなくなったということで。
そう、だから、すべて俺からになったのだ。
あの日からのセックスは―――そしてもちろん、今この時も。




「はっ、あ…んんんっ」
「はあっ、桐生様…っ」
「あっ、そこ、や、ああっ!」



がちゅがちゅと濡れた音を伴ってイイ所を突き上げられて高い声が出る。聞くに耐えない声が部屋に響くのが嫌で唇を噛むと、ダメですよとたしなめられてそこに仁科の唇が重なった。その柔らかい感触に誘われるように薄く口を開けば、中へ入り込んでくる熱い舌。



「っ…は、んうっ」
「んっ」
「ん、あ、んんんっ…!」



絡めとられた舌を柔く食まれ、ひくんと体が震えた。突き上げられながら口内をくまなくねぶられ、上がる悲鳴さえ飲み込まれて快楽を逃がせもせずに、ただただ体を仰け反らせる。自分より華奢な背中にしがみつくしかできない手。快感から逃げ出すようにもがく足は、虚しくシーツを滑るだけで。

なにも考えられなくなるほど与えられる快楽に、狂おしく貪り合う熱。
俺がそれに逃げているのは、わかっているだろうに。



「っふは、あ、はーっ」
「はあっ、すみません、つい」
「はっ、くそ、死ぬかと思った…っ」



ようやく解放された唇から熱く荒い息を吐き出す。酸素が薄くなったような気がする体内に、酸素を取り込もうと喘ぐ胸。必死に空気を吸いながらそう言えば、仁科はもう一度すみません、と言って笑った。
ちゅ、と首筋に口付けられて、くすぐったさに僅かに跳ねる。こういうのが、酷く甘やかされているようで落ち着かない。さっさとしろよと促せば、ゆるりと目を細めた仁科が再び律動を開始した。




こんな関係になってから、前から感じていた違和感は確信に変わった。
きっかけは確かに久谷のセフレの告げ口だったかもしれない。だけど、本気の脅しだったのも、きっと初めの一回だけだ。
久谷との関係に限界を感じていた俺の逃げ道となったのは、仁科たちからの脅し。それは、これは仕方のないことなのだと、俺は無理矢理やらされているのだと思わせるもので。さらに逃げ道と同時に贖罪を願った俺へ与えられたのは、想い人以外とのセックスだった。
そして今、再び久谷との関係から―――いや、久谷のことが好きだという気持ちから逃げ出した俺を、仁科はある時はどうしようもなく甘く、ある時は狂うほどに激しく抱く。なにも、考えられなくなるほどに。

ずっと俺のことを見守り支え続けてきたこいつは、驚くほどに俺が求めることを理解していた。自分でさえ気づいていないような気持ちに気づかされて戸惑うことさえある。
こいつの隣は、酷く楽だった。
どうしようもなく居心地がよくて、ぬるま湯に浸かっているようで、ずっとこのままでいたいと思ってしまう。仁科の隣にいたいと思ってしまう。



(―――確かにそう、思うのに)



どうして、目を閉じると浮かんでくるのは、あいつの顔なのか。
絶対に叶わない相手なのに。向こうは俺のことを気にも止めてないのに。
どうして未だに俺は―――久谷のことが、好きなのだろう。




「は、あっ…ふううっ…!」
「桐生様っ…気持ち、いいですか…?」
「あ、ふっ…いいっ…ん、いいからっ」
「っふ、ここですもんね…っ」
「―――ッ!」



生理的な涙で滲む視界。毎回聞かれる問いに繋がれた手を握り返して答えれば、ごりりっとそこを抉られて声もなく身悶える。ふっと綺麗な顔が近づいてきて、ぼろぼろと目尻から零れる涙を舐めとった。


懲りない自分がもどかしくて仕方ない。
仁科を好きになれればみんな丸く収まるのに。こんなにも大切にしてくれる。こんなにも俺だけを想ってくれる。
しかしどんなに仁科を知ろうが、それでも俺は久谷のことが好きなのだと思い知らされるだけで。こんな自分を愚かだとは思うけれど、それでも久谷のことが好きにならば、こんな関係は早くやめなくてはならない。きっと仁科は構わないと言うけれど、これ以上仁科を利用して、振り回していてはダメだと思うから。

それなのに、そうわかっているくせに、仁科の手に甘えてしまう自分が、振りきれない自分が―――どうしようもなく、醜いと思った。




「はあっ、は、ふぅっ…」
「桐生様…」
「ん……に、しな?んっ…」



律動が緩やかになっていく。ゆるく掻き回すだけの腰の動きにそれでも体を震わせながら見上げれば、汗ばむ額に貼りつく前髪を撫でられて無意識にその手に擦り寄ってしまう。それに目尻を弛めた顔がおりてきて、啄むようなキスをくれた。繰り返されるそれを享受していると、最後に甘く唇を食んで顔が離れていく。



「仁科…?」



どうかしたのか。そう問うように名前を呼べば、美しい顔がさらに綺麗に微笑んだ。そうして再びちゅっと音を立ててキスをすると、その唇がおもむろに開かれた。



「―――久谷様が、セフレを完全に切っているそうですよ」



すっかり甘くなっていた思考に、冷水をぶっかけられた気分だった。言われた言葉をすぐには理解できなくて呆然と数回瞬くと、ふっと眉を下げた仁科がまたキスを落とした。
なんだって?久谷が、あいつがセフレを?



「いや、それは俺との時も…」
「今回は全員に直接会って断ってるそうです…今まで、そんなことは一度もなかったのに」
「…そうかよ。でもそれは俺とは、ん…っ!」



それは、俺とは関係ない。
そう言おうと動きかけた口を口で塞がれる。律動が再開すれば、ついさっきまで快楽に蕩けていた体はすぐに溺れて。口を解放されたところで、もうまともな言葉を紡ぐことなど出来なくなってしまった。



「は、ああっ、や、もうっ」
「桐生様…っ」
「あっ、うあっ!にしっ、あ、ああっ…!」



奥を突かれ仰け反る背中。シーツを握り締める手。ぴんと突っ張る足。あられもなく響く声。
霞む視界に映る綺麗に笑う仁科。
その唇が呟いた言葉を聞き取ることができなくて、酷くもどかしくて。



与えられ続ける熱に翻弄され、煽られ、高められ、一気に最後まで上り詰める。
そうして意識を手放した俺は―――久谷がセフレを切っているわけ、そして仁科がそれを俺に伝えたわけを、結局聞くことはできなかった。






*end*




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