すき、きらい、すき、 | ナノ






「久谷(クタニ)、お前もういい加減やめろよそれ」
「いいじゃねぇか別に。溜まるもんは溜まんだよ」
「だからってなぁ、風紀委員長がセフレいっぱいってのはさすがにマズイだろ…生徒に示しがつかねぇし」
「あー?ならどうすりゃいいんだよ、男は好きになれねぇのに一人に決めろって?」



がしがしと頭をかきながらめんどくさそうに吐かれた言葉に、俺は口角つり上げた。





じゃないから





風紀委員長という役職に就きながら、自ら風紀を乱している筆頭と言われている男、久谷弘毅(クタニ コウキ)。そしてそんな久谷と話している俺、同じく淫乱だと噂の桐生侑紀(キリュウ ユウキ)は、久谷と対を成す生徒会長である。
俺たちの他には誰もいない生徒会室。書類を提出しにきた久谷は、用件が終わると同時に携帯を弄りだした。それを見て大袈裟に溜め息を吐いてみせた俺は今、予想以上に計画通りに事が運んでいることに頬の緩みを禁じ得ない。
あぁ駄目だな…こんなにやけて下世話な話をしてりゃ、そりゃ噂もたつってもんだ。もちろん普段はこんなことないんだが、今日に限ってはそれで好都合だから構わないだろ。



「ならよ、俺としてみねぇか?」
「は…?」
「処理はしたいがここで恋人はいらない、だけどセフレがこれ以上増えるのは体裁が悪い…。だったら俺としてみようぜ?さすがにこれ以上噂になるのはヤバイんじゃねぇの?」



会長席に座って頬杖をつき、うっそりと婀娜っぽく笑ってみせる。こちらを見る久谷の目が、呆れたものから値踏みをするようなものへと変わるのがわかった。性的対象に見られ過ぎて備わったスキルが、こんなところで役に立とうとはな。ぺろりと上唇を嘗めれば、久谷の瞳にちらりと灯る欲情の色。



「そろそろ不味いのは確かだが…俺は受ける気はないぜ?」
「いいんじゃねぇの、別に」
「…本気か?」
「俺にとっても都合がいいんだよ。お互い快楽主義で好きでもない。後腐れのない、いい条件だと思うがな……なぁ、どうする?」



そう言って目を細め、微かに首を傾げてやる。そうすれば、快楽主義者のこいつがのらないわけがないのだった。








***






俺は誰にも自分の体を触らせたことなどない。この学園で散々性的対象として見られていたし、あまつさえ淫乱だ淫売だとありもしない噂をたてられていたが、実際は処女で童貞。性行為の経験は皆無。でも恥じることなどなにもないと思ってる、なぜなら俺には、久谷弘毅という想い人がいるのだから。
だけど久谷は、同姓を性の対象には見られても恋愛対象としては見られない人間らしい。セフレは学園内に大量にいる。しかし少しでも自分に恋心があるとわかったやつとは寝ない、それが奴のポリシー。



そう、だから、そもそも叶わない恋なのだ。
それならば、情を交わすことができないならばせめて、熱だけでも交わしたい―――そう思い始めるのは自然の流れで。セフレだってなんだって構わない。そうすれば、この行き場をなくして燻っている恋心を、少しでも昇華できる気がしたから。
だけど俺たちの関係を考えると、それには少しばかりきっかけが必要だった。そして今日、久谷が絶好の台詞を吐いてくれた、それがきっかけ。







まんまと釣れてくれた久谷を自分の部屋へと招き入れるのは簡単だった。初めて俺の部屋へと入った久谷はこんなときだけ風紀委員長らしく興味深げに周りを観察していたが、俺が徐に制服を脱ぎ始めるとニヤリと笑ってベッドへと腰掛けた。お手並み拝見、とこちらを見ているだけの久谷を鼻で笑ってやってから、用意していたローションを手にぶちまける。


ぎこちなくないか?不馴れに見えないか?手は震えてないか?青褪めてないか?
ここまで来たからには止まれない。止められない。
―――大丈夫、この俺があれだけ準備して、にも関わらず出来ないことなんて、そんなこと有り得ないだろう?



「…ん、ふっ…」



四つん這いになり、自分の後孔にゆっくりと指を挿し入れる。慣れない異物感が苦手でいつも肌が粟立つが、そこさえ通過すればローションの力を借りてなんとかなることはわかってる。すぐにもう一本追加して中を解すように拡げるようにばらばらと動かすと、体内を無理矢理抉じ開けられる感覚に体を支えている腕ががくがくと笑った。



「はっ、ぅあ…ん…!」



思いきってぐちゅりと中を撹拌すれば、粘膜を擦り上げられる感覚に思わずびくりと背がしなる。苦しいほどに強烈な異物感。ひとりでに零れる生理的な涙。まだ快感など感じられない。けれど久谷がいるというだけで、苦痛とは裏腹に体温が上がるように感じるから不思議だ。お前がそうであると思っているなら―――これが快感なのだと、思える気がした。
支点の腕が耐えられなくなりがくりと折れる。体のコントロールが効かない情けない姿。だけどきっと、上半身が潰れてしきりに震える体や、シーツへと吸い込まれていく涙と声は、淫らなものとして映っている、はず。



「んんっ、ふ…っ」



下世話な噂はわざわざ否定しなかった。広まるようにと余裕な顔して笑ってやった。
やり方だって調べたんだ。淫乱なイメージを保つために、一人で慣らす練習だってした。使用済みのローションが何を想起させるかなんて予想済み。


だって久谷がセフレに選ぶタイプは有名で。俺はそうならなければならないのだから。
そう―――自分から腰を振って、善がるような男に。




「っは、ぁ……く、んっ」
「…さすが桐生会長…エロいねぇ」
「っに、見てやがる…!くた、に…もう…っ」



やれることならなんだってした。
本気が負担だというのなら、想いなど綺麗に隠しきってみせよう。
性欲処理のためだけの行為だというのなら、淫売を演じきってみせよう。
軽い男に見えるように。慣れてるように見えるように。お前が気持ちいいと思ってくれるように。ただそれだけを、考える。


だけどこれ以上の行為を俺はまだ知らない。わからないんだ。
好きにしてくれて構わないから、なぁ、だから、どうにかしてくれ―――そう、シーツへと擦り付けていた涙濡れの顔を上げた時だった。



「くそっ、煽りすぎだ…っ」
「っ!え?っちょ、や、おま…っ!」
「…ん?桐生…?」
「ぁ、ぁ…っやめろって、いって…!」



滲む視界にはいつの間にか迫っていた想い人の姿。頬を流れる涙を舐められると、途端に大袈裟なまでに体が震えた。乱暴に仰向けに引き倒されて、耳から項から臍から落とされる口づけに、切ない痺れが脳髄を溶かしにかかる。わけがわからなくなりそうで、本当に溶けてしまいそうで、シーツに縫い止められた拳を白くなるまで握りしめた。


嫌だ、やめてくれ―――いらない。いらないんだ。
お前が気持ちよくなれば本当にそれでいいんだ。俺は淫乱なんだから、そんなことしなくても感じるんだろう?誰かがそう言っていたのを俺は聞いたことがあるから。だから前戯だとか、そういうのはいらないんだ。ただお前は突っ込めばいい、それなのに―――…



「もういいって、んっ、!」
「…なんだ、さわられ慣れてねぇのか?」
「―――っくそ!っふ、や、変だ…ぁ…!」
「あんな一人でエロくなんのに…さわられるの苦手ってなんだそれ…」



体を撫でる大きな手に、囁かれる言葉に、かかる吐息に、落とされる口づけに。久谷から与えられるすべてに体が反応してしまう。
なんだこれ、ダメだ、こんなの知らない。久谷がと思うとおかしくなるんだ、自分でやったときはこんなんじゃなかったのに。どうして、俺ばっかり気持ちよくなってどうするんだよ。


こんなんで久谷が満足するわけがない、そう思うと生理的な涙は感情的なそれに代わりそうで。計画は完璧だったはずなのに。準備だって抜かりないはずだったのに。



(どうしてお前は、いつも俺の仮面を剥がそうとするんだ―――…)



お前が触れる度に、お前が好きなのだと、どうしようもなく思い知らされる。こんな思いの深さを実感させられるなんて苦しすぎる。気持ちを昇華させるつもりだったのにさらに深めてどうするんだよ?
…あぁ、だけどきっと、久谷は俺をセフレには選ばない、無駄な心配だったか―――そう、思ったとき。



「…あーヤバイ、嵌まりそうだわ」
「っ、く、たに…?」
「なんだそのギャップ、煽るの上手すぎんだろ…」



ぎゅっと抱き締められた体。見上げたそこには、ギラギラと雄の顔をした久谷がいた。



「いいぜ、専属契約、しようじゃねぇの…」
「…っ、くたに、」
「だがその代わり、契約中はそのエロい顔誰にも見せんじゃねぇぞ…!」



ニヤリと笑い、俺の面子を潰してくれるなよ、としかけられた噛みつくようなキス。




――――ファーストキスは、甘くて苦い味がした。







*end*
偽装ビッチ会長:桐生侑紀(キリュウ ユウキ)
ヤリチン風紀委員長:久谷弘毅(クタニ コウキ)




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