すき、きらい、すき、 | ナノ





来ていたメールに散々悩んだあげく、了承の返事を返してスマホをポケットの中へ戻す。すぐに書類へと目を戻すも、頭に内容は入ってこようとはしてくれない。机に肘をつき、組んだ手の上に顎を乗せて小さくため息を吐いた。

―――気づいてしまった感情に、嘘はつけない。






らいだとは






俺は、桐生のことが好きらしい。
その事に気づいたのは、最低最悪なことに、セフレとヤっている最中だった。

目の前の相手に桐生を重ね。口を塞いで声を遮断し。そうして妄想の中の桐生の姿と声に、俺は呆気なく果てたのだ。
隣で気絶してしまった相手と、そして初めて気づいてしまった気持ち。それらを前にして、俺はどうしようもなく、罪悪感と後悔に打ちのめされた。



(どうして、今さら気づいたんだ―――…)



周りからは犬猿の仲と言われていたが、その実そんなに接点がなかった俺たち。お互いに関わり合いがなさすぎて、不自然なまでに会話がないのがまた、仲が悪いと噂される由縁だった。
そんな相手からの誘いは、唐突で。まさか桐生から誘われるなんて思ってもいなかったから驚きながらも、噂に伝え聞く淫乱会長のセックスがどんなものなのか一見の価値ありだなと判断した俺は、その誘いに軽い気持ちで乗ったのだ。期待外れだったらすぐに断ればいい。ネコもタチも絶品だという、大勢を虜にする桐生の姿を見てみたい。それは、ただの興味本意のはずだった。



(ある意味、大きな見込み違いだったけどな)



お手並み拝見だなんて侮っていた俺の予想を裏切って、桐生は俺なんかの想像を軽く超える妖艶さで。この黒髪の艶やかな男前は、どちらもやるが基本はタチだったという。ネコもするが、その時でさえ主導権を手放さないらしい桐生は―――翻弄されることに、酷く不馴れだった。
ただでさえあんなにもえろい体が、組み敷かれた途端に快楽の淵へと簡単に堕ちていく。ストイックに見える完璧すぎる容姿も手伝って、自分の手でそんな男が快楽に溺れていく姿は、どうしようもなくそそられた。

そうして体を重ねていくうちに、俺は見事にハマっていった。
日に一回は、桐生と会わなければ気が済まない。毎日セックスをしたいというわけではない。ただ、一回でもあいつと喋れれば、一緒に隣で眠れればいい。―――いや、少し違うか。セックスは毎日しなくてもいいが、あいつとの接触が一日に一度もないのは、どうしても我慢ならなかったのだ。



(それが、もう何日触れてない?)



その理由に気づいたのは、もうすべてが終わってしまったあとだった。ゲームは終わりだ、さよならだ。そう告げられて、呆気なく終わってしまった俺たちの関係。欲求不満に苛立ち、持て余す体をどうにかしようと、あいつ以外の人間と久々にセックスしようと呼んでみて―――気づいて、しまった。

苛立ち、体を持て余していたのは溜まっていたせいだと思っていたのに。
ヤったってなにも晴れない。これじゃない、これを求めてたんじゃないと本能が訴える。そうしてどうしても全ての思考が桐生へと帰着して、ようやく気づいた。
あいつが俺の特別なのだと―――どうしようもなく、好きなのだと。


それからというもの、どうにかあいつと接触できないか試みているのだが、俺のスケジュールを完璧に把握しているのかと思うぐらいにとことんすれ違い続けていた。会ってどうするのか、なにを言うのかはわからない。だけどただ、会いたいのだ。
あいつはゲームに飽きたと言った。この、専属契約というゲームに。だからもう、終わりだと。
では、俺には?あいつは俺にも飽きているのだろうか。素直に考えれば、俺に飽きたからゲームに飽きたのだという流れになるだろう。俺の初恋は、気づく前から叶わぬものとなっていた。初恋は叶わないものなんて、よく言ったものだ。

だけど、それでも。
結果は見えていたとしても、本人から直接答えを聞かない限り、希望を捨てない―――捨てられないほどに、あいつを求める自分がいた。



ただその前に、やらなきゃならないことが一つだけあった。これだけは、出来るだけ桐生に会う前に決着をつけておかなければならない。
結局は頭にちらとも入ってこない書類を放棄して、俺はまたスマホを取り出したのだった。






***






メールに書かれた教室の前に立つ。そこがあまりにも自分の城に近いことに、きっと俺がなんのために呼び出したのか薄々気づいてるんだろうと思いながらその扉へと手を伸ばした。



「久谷様、お待ちしておりました」
「ああ、呼び出して悪かったな」
「いえ、お声をかけてもらえて嬉しいです」



最後に会った時と同じ台詞で迎えられた部屋は、しかしあの時とは違って悪趣味な飾りつけはされていなかった。やはりバレているなと思いながら返事を返す。
しかし腕をとられ、誘われるように引っ張られた先は、再びベッドで。そのまま強引にベッドの淵へと座らされ、わかっているわけじゃないのかと覆い被さってこようとする腕を止めようとしたところで、そいつの過剰に挑戦的なその表情に俺はふっと体の力を抜いた。
こいつはわかっていないわけじゃない。それでも敢えて、俺を誘っているのだ。きっと今までなら、簡単に誘いに乗っただろう。



「―――この間は、悪かったな」



そう言って真正面から見つめれば、大きくて水気の多い瞳が頼りなげに揺れた。戸惑っているような、傷ついたような、切なげなそれ。今までの俺なら、その本気の気持ちを鬱陶しいと感じたことだろう。だけど今は、最後まで微かな希望にでも縋りたいその気持ちもわかってしまうから。
皮肉だな―――こうなって初めて、お前のその気持ちがわかり、動かされそうになってしまう。



「…やめて、ください」
「本当に、悪かったと思ってる」
「謝らないでください!」



聞きたくないとでも言うように、ぱっと俺の上から飛び退いて、いやいやと首を振る。その姿が痛々しくて、俺はぎゅっと眉を寄せた。
だけど、ここで引いていてはなにも変わらない。後ずさろうとするそいつの腕を、俺は咄嗟に捕まえた。



「離してください!触らないで!」
「聞いてくれ」
「や、嫌ですっ!」
「頼むから!!」



掴む手にぐっと力を込めれば、びくっとして抵抗するのをやめる体。その大きな瞳に映る自分は、酷く不様で。
ああもう、なにをやっているんだ俺は。




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