すき、きらい、すき、 | ナノ





尋問を始めてからかれこれ数時間。
頓珍漢な回答のせいで一向に進まない内容に、ついにイライラと机を叩いていた指を止める。根気よく質問を続けながらも俺の空気にビビっている部下の期待に応えるため、俺は目の前の机に足を掛けた。






らいであれば






苛立ちに任せ、ガシャアンと派手に音を響かせて机を蹴り上げた。その机についていた全員がビビってびくりと肩を跳ねさせたが、欠片も気にかけずに立ち上がる。
いい加減にしろ、俺はこいつらの宗教話を聞くためにこんな時間まで残ってるんじゃねぇ。さっきからなんとか様のためだなんだと本気で言ってやがるから始末に追えねぇ。なんで怒ってるのかわかりませんとでも言うようにびくびくとこちらを窺う小動物にさらに苛立ちが募り、大袈裟に舌打ちをして不快感を示した。そんな中、空気を読まずに口を開いたのは容疑者ではなく部下の一人。



「…委員長、みっともないですやめてください」
「あぁ?てめぇ今なんつった?」
「癇癪起こした子供みたいにイライライライラ…これは貴方の仕事ですよ」
「わあってら!だからまだここにいるんだろうが!これ以上イラつかせんな!」



生意気にも俺に意見するそいつを怒鳴りつける。面倒くさそうにはいはいすみませんねと両手を上げて降参のポーズをとるのを睨み付けるも、反省の色はまったく見られない。周りがまた、すげぇ勇者…!とでもいうような目でそいつを見るから余計にウザい。

あ"ーもう、こんな無駄な時間はとっととお開きだ。そんですぐにあいつのとこに行ってやる。こんな時間だと明日を考えてとかなんとか言われて断られるかもしれないが、そん時はそん時だ。一緒に寝るだけでも我慢してやろう。
そうと決まれば話は早い。つかつかとチワワみたいな二人の前まで移動すると、おののく二人の目の前の机にガンと両手をついて乗り出した。



「いいか、てめぇらの話を聞いてたってさっきから埒が明かねぇ。すぐ終わるだろうと高を括ってりゃこの様だ。今何時だ?ほら見やがれ、本来はこんな時間までてめぇらをここに引き止めてちゃこっちがマズイんだよ!!」
「ひっごめんなさ」
「うるせぇ今日はこれで逃がしてやるが、明日は絶対逃がさねぇからな。つうかてめぇらはもっと日本語を喋ろ。いいか、俺はてめぇらのルールを聞きたいんじゃねぇんだ、事件の経緯と動機、それだけが知りたい。てめぇらの宗教話はもう結構だ!…明日も手間取らせやがったら絶対に許さねぇからな。個人的に末代まで呪ってやる」
「ご、ごめ、ごめんな」
「それがわかったらとっとと帰れ!明日までに原稿でも用意しておくんだな!それまでは、とりあえず、俺の前に現れんな!!」



言いたいことを怒鳴りつけて有無を言わせず部屋の外へと閉め出してやる。奴らを蹴り出したあと扉も足で蹴り上げて閉めてやった。そのまま部下たちにも撤収を告げれば、触らぬ神に祟りなし、と蜘蛛の子を散らすように帰っていく。

さあ俺もとっとと帰るぞ。あいつには悪いが、今日は手加減してやれねぇなと思いながら乱暴に物をカバンへと投げ込む。きっと今誰かに見られたら相当酷い顔をしてそうだ。なにをこんなに焦ってるんだかと自分でもよくわからない焦燥感に内心笑いつつ顔を上げれば、まだ一人残っていた部下が俺を見て立っていた。それは他でもなく、さっき俺に文句を言った、そして前に俺がセフレ用スマホをプレゼントしてやったあいつで。



「はあ…委員長、本当に禁断症状みたいですよ」
「は?」
「なんですか、セックス中毒ですか?」
「はあ?」



なに言ってんだこいつ、アホなのか。いったい誰がセックス中毒だって?
怪訝そうに見返せば、なぜか真剣な顔をしてるそいつがおもむろにスマホを取り出した。見覚えるのあるそれは、きっと俺の元セフレ用。確かあの時、思いっきり壁に叩きつけてた気がするが、まだ生きてたのか、あれ。



「そんなに会長にヤらせてもらえなくて苛立つんならもう他のセフレでいいじゃないですか。イライラされるとこっちが迷惑なんですよ」
「あ?お前さっきからなに言ってやがる?」
「えっ、だから、そんなにヤりたいならヤればいいじゃないですかって。毎日のようにこれにも電話かかってきてますし需要なら山ほどありますよ。そうすれば委員長のイライラも抑えられるでしょ?」
「いや別に…つかセックス中毒なんかじゃねぇよアホ」



いまいち噛み合わない会話。セックス中毒とかそんなアホな。
確かに今は桐生のとこ行けなくてイライラしてるが、だからと言って他の奴とヤればこのイライラが解消されるというわけでもない。と言うか、未だにかかってくると聞いたところで欠片も嬉しくない。他の奴とヤりたいとは思えないしな。



「えっヤりたいんじゃないならなんでイライラしてるんです?どうすればイライラしないんですか」
「は?そりゃお前、それは―――…」



それは―――…それは、なんで、だ。
他の奴とヤりたいわけじゃない。あいつと、桐生と、ヤりたいのだ。
そう、ヤりたい。いや、そうなのか?ヤりたい…だけ、なのか?


自分で言っておきながら、思考がまとまらずに答えに窮する。
言葉がでない自分に戸惑う俺と同じくらい、目の前の部下も戸惑っているのがわかる。考えるときの癖で口元に手を持っていこうとした俺に、そいつが恐る恐る口を開いた。



「…あの、委員長。えっと、その、それって…」
「あ?なんだよ」
「え、わからないんですか?え、じゃあ、えっと…俺が言っていいのかわかんないんですけど、そこまで悩むんなら…委員長、あんたもしかして…」



言いにくそうに言葉を紡ぐ唇。もう少しで吐き出せる…そんな風に、思いきってなにかを口にしようとしたそいつの言葉を妨害するように、ちょうどそこでノックの音がした。
コンコン、と部屋に響く無機質な音。途切れる会話。
一瞬気まずそうにこちらを見たあと、そいつは諦めたようにはーっと脱力して扉を開けに向かった。なんだよ、今のは俺が悪いのか?



「はい、どうしました、緊急のご用ですか」
「あの、えっと、久谷様はいらっしゃいますか?」
「え、君は…」



聞こえる会話。なんだか一瞬だけピンと張った緊張の糸が見事に切れて、時間差で俺もため息を吐きながら自分の席へと戻る。そうか、あいつもこの脱力感を感じてため息を吐いたのか。
そんなことを考えながら、今度こそカバンを持つ。と、部屋のなかに戻ってきたそいつがさっきよりもさらに微妙な顔をして俺を見ていた。なんだよと眉を潜めると、悩みながらも元セフレ用のスマホを俺の手へ押し付けてきた。



「…これ、一応返しておきます。いらないでしょうけど」
「お前にやったつもりだったんだが」
「それこそいりませんよ。対処に困るんで、ご自分で処分してください。その方が株も上がるでしょうし」
「は?株?誰のだよ」



わけがわからずそう言うと、憐れむような目で見つめられた。おい、てめぇにそんな目で見られる覚えはないんだが。
ムッとして口を開こうとしたところで、そいつの後ろに一人ちっこいのが立ってるのに気づく。さっきのノックの奴か、と中まで招き入れたことに眉を潜めつつ、文句を言おうとしていた口をつぐんだ。



「おい、そいつは?」
「ああ、彼は委員長に急用だそうで。こんな時間なので中に入ってもらいました…なんでも、委員長にしか話せない内容らしいです」
「俺にしか?」
「く、久谷様…っ!」



途端に不機嫌そうにぶっきらぼうになってそう告げる部下の後ろから飛び出してきた生徒。ついこの間見たその顔に、俺は思わず顔をしかめていた。



「お前……また来たのか」



遠慮せずにうんざりした声を出すと、たちまち無駄に大きな瞳の水分量が増した。おいおいおい、そんなうるうるされても困るんだが。この間桐生に心配されるほどこっぴどくセフレ切り宣言してんだから、これくらい無下にされることくらい予想できてたろうに。そんなことも予想できずに歓迎されるとでも思ってたんなら、余程おめでたい頭してんだな。
ああ、それとも泣き落としが効くとでも思ったのか?残念だったな、そんな小動物みたいな顔でされても嬉しくもなんともねぇよ。正直あの綺麗な切れ長の目にうっすらと涙を溜めて、悔しそうに頼まれたらなんでもしてやりたくなるかもしれないが。いや、寧ろもっと虐めたくなるか。
一瞬その画を想像しそうになり、慌てて脳内からそれをかき消す。こんなとこで想像して勃つなんてさすがに恥ずかしすぎるだろ。



「今度はなんの用だ?セフレなら間に合ってるって言ったはずだが?」
「あ、その…あまり、この人がいる前では…」
「………」
「あ?なんでだよ」
「その方が、桐生様のためにもなるかと…」
「あいつの?」



邪魔者扱いされたそいつから漂ってくる不穏な空気。いつもなら俺のセフレ関係に口を出そうとしない、というよりも寧ろ、可能な限り避けて通ろうとするのに、今日はなぜか邪魔だと言われてもいなくなろうとしない。
だがこのままだと話が聞けないらしい。桐生も関わってるとなるとそれは困るのだ。仕方なくそいつに先に帰ってろと言うと、ムスッとした顔で数秒見つめられたあと、もう一度大きなため息を吐かれた。わかりましたよと不機嫌そうに言いつつ、しかしそれ以上は抵抗せずに、大人しくカバンを持って外へ出ていくことにしてくれたようだ。そうして最後に振り向いて、一言。



「…委員長、自分の気持ちに素直になってくださいね。有り得ないことなんて、ないんですから」
「え?」
「なんでもないです。それじゃ、お疲れさまでした」



バタン、大きな扉が閉まる。最後に残していった謎の忠告を頭のなかで考えながら、残った一人と向き合った。あいつが出ていった今、風紀委員室にはもう俺とこいつしかいない。さあ、これでようやく二人きりだ。




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