「きゃあああっ！会長様！！？」
「食堂にいらっしゃるなんて珍しい…！」
「はあん…今日もなんてかっこいいの…」
俺が一歩踏み出した途端、男子校とは思えぬ黄色い声に包まれる食堂。
すべての視線を一身に集めながら、俺は堂々と真ん中を闊歩する。向かう先はもちろん俺のために用意された専用スペースで、そこへと続く階段を颯爽と上がる俺への歓声は止まらない。
「ああ、騒がしいと思ったら…珍しいですね、あなたがここ来るなんて」
「かいちょーご飯食べにきたのお？」
「……会長」
階段を上りきったテラスで俺を待っていたのは、生徒会の面々。
全員いることを確認してニヤリと口角をつり上げる。
そうしてゆっくり階下へと振り向くと、俺はおもむろに口を開いた。
「―――イイ子だから、静かにしてな」
張り上げていないにも関わらず、自然と響き渡る声。
しんと静まり返る食堂。
「「「「「「ッキャアアアアアアアアアアアア！！！！！」」」」」」
この間、0.1秒。
食堂全体を揺るがすように轟く悲鳴、失神者や多量出血者が大量発生する阿鼻叫喚状態の階下の様子に満足した俺は、くるりとそれに背を向けて自分の席へとついた。
―――ああ、これでこそ、俺。
「…呆れた。こんなことしに来たんですか？」
「いいや？ただ、気が向いたから奴らにも聞かせてやろうと思っただけだ」
自然と満足気に笑みを浮かべていたであろう俺に、副会長が半目で聞いてくる。うっそりと笑って答えてやれば、副会長はもったいない…とその綺麗な顔をきゅんっと切なげに歪めた。
別になにか減るわけじゃねぇのに。まったく、こいつもかわいい奴だな。
「はああ…でもやっぱりかいちょーの声ヤバイぃ…」
「なんだよ、お前らはいつも聞いてるだろ？」
「そうだけどお…でもやっぱ聞かせようとしてる時の方が色っぽすぎるんだもん…わかってるのに耳ヤられちゃって悔しいぃ」
熱っぽいため息を吐きながらしなだれかかってくる会計のふわふわの頭を、仕方なくよしよしと撫でてやる。すると調子にのってもっともっとと抱き締めてくるから、もう終わりだと引き剥がした。
えーっと名残惜しそうに眉を下げるそいつに、また生徒会室でなと妥協すれば、ぱああっとわかりやすくご機嫌になるもんだから思わず笑った。
眉目秀麗、頭脳明晰、運動神経抜群、大財閥の御曹司。
そんな、ありとあらゆるスペックがすべてにおいて最高値であり、満場一致でこの学園の生徒会長に選ばれた俺の、最高にして最大の武器――――それは、声だ。
幼い頃はなんでもない、平凡でしかなかったそれ。もちろんこの容姿と頭脳で周りの人間を虜にしていた俺は、しかし声に関しては他の奴らとなんの変わりもなかったのだ。
しかし、転機は突然現れる。中等部に入り、唐突に声がでなくなった。俺はもちろん変声期がきたのだとわかっていたし、声が低くなるであろう未来のに抵抗もなかったのだ。ただ、あまりに低すぎるのは嫌だなと、そのくらいしか考えてなかった俺に、変声期が終わって待っていたのは信じられない結果だった。
俺が手に入れたのは、とろりと低くあまやかで、体の奥へと響き、骨の髄を溶かしにかかるような―――そんな、甘美な毒のような美声。
あの日から、俺の魅力に抗う人間は消え失せた。
誰もがこの美貌と頭脳、そしてなにより美声の虜となり、みな俺の声の前に一も二もなく平伏す。
だと、言うのに―――…
「ああそうだ、お前も会計と一緒に生徒会室でかわいがってやろうか？」
「………いや、遠慮しておく」
この男、は。
この学園でたった一人だけ、唯一俺のものにならない男がいた。それがこの、寡黙で精悍な顔立ちをした、武士のような男―――我が生徒会の一員で書記を務めているこいつだ。
「つれねぇなぁ…なんだ、本命でもいるのかよ？」
「………」
この、疚しいことはなにも考えていませんというような凛々しい顔の下で、いったいどんなことを考えてるやら。どうせこういう奴ほどむっつりスケベなんだと思いながら立ち上がり、ソファに座る書記の方へと向かう。いくら口説こうと艶っぽい声で誘おうと、微塵も揺れることのない無表情にはもう飽きた。そろそろ、本気を出してやろうじゃねぇか。
そいつの目の前に立つと、ふっと婀娜っぽい笑みを浮かべてその足を跨ぐようにソファへと膝をかけた。
「…いい加減、俺に抱かれる準備はできたかよ？」
「………」
「―――そろそろ、俺のものになれ」
ぐっとネクタイを引っ張って、耳元で囁いた言葉。自分でも惚れ惚れするほど色気を乗せて運ばれた声に、書記の肩がぞわりと震えたのを見てニヤリと笑う。
ほら見ろ、俺の声に抗える奴なんていない。誰もが一瞬で虜になるのだ。
捕獲完了―――そう、唇を舐めた時だった。
「あんた、は…っ！」
「は？ちょっ、んぅ…っ！？」
ぐいっと乱暴に引き寄せられた顔。ぶつかるように重なった唇からあっという間に舌が侵入してきて、俺の舌を絡めとった。
「んうう、んっ…んんっ！」
好き勝手に口内を蹂躙される。がっついてるくせに慣れているのか的確にポイントをついてくる動きに翻弄される。
なんなんだこいつ、なんのつもりだ！誘いはしたが、お前が俺に触れることは許してないだろうが、おとなしく受け身になってればいいんだよ…！
そう心のなかで罵倒し強がりながらも、信じたくないけれど、油断していたところへのそれに、体験したことのない攻められるそれに、この俺がどうしようもなく感じてしまって。崩れ落ちそうになる体をどうにかしたくて、書記の肩に縋りついた。
「は、あ…んんっ」
「ん……ふっ…」
「ふっ、ん、ンアッ……！！」
キスから解放された途端俺の口から零れ落ちたのは、今まで聞いたこともなく濡れた声で。
やばい、やばい、これはやばい…！！こんな声聞いたことがない。ダメだ、無理だ、自分の声にヤられそうだ…！
あまりの恥ずかしさにばっと口を手で塞ぐ。それを見て、いつもきっちり結ばれていた書記の口がゆるりと弧を描いた。
「あんたのものに、なってやってもいい」
「……っ」
「―――ただし、抱かれるのはあんたの方だ」
そう言って獰猛に笑う書記の、ぎらぎらと欲情しきった瞳にぞくりと体が震えたのは、嘘だと思いたい。
*end*
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