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【本文サンプル】

!初っ端から当然のようにR18です注意!




   T




『おれ、ユキの王子さまになる!』

 そう言いだしたのはどちらが先だったか。俺の記憶が正しければ、あいつの方だったと思う。

『だったらおれがなるよ! おれの方がユキにふさわしいし!』

 あいつの言葉に反応して対抗したのが恐らく俺の方。あの頃の俺たちは、いつだってお互いを意識して、どんなことに対しても張り合っていた。それは今もかもしれないけれど。
 だけどたった一つだけ、俺たちが張り合ってでもなんでもなく、お互いが自分の意志で守りたいと思うものがあった。これだけは心の底から守りたいと、それが使命だとすら感じる、大切な宝物。

『二人ともなにいってるの、ぼく男の子だよ』

 そう言いながらも俺たちのお姫様は、くすくすと嬉しそうに笑う。
 可愛くて優しくて純粋で、そしてどこか儚げで。女の子と見紛う容姿もさることながら、守らなければならないと思わせる、その存在自体がお姫様のような幼馴染。
 穢れを知らない俺たちの宝物は、どうしようもなく仲の悪い俺たちがお互い協力してでも守りたいものだった。だからそのために、俺とあいつは一緒にいたのだ。まだ幼く大した力もない自分たちが、それでも大切なお姫様を守るために。今にも消えてしまいそうな幼馴染を、決して手離さないために。

『わかってるよ、でもおれはユキが大好きだから』
『そうだよ、せいべつなんてカンケーないんだ』
『あははっ! シンもアキも、本当にやさしいね。ぼくも大好き…!』

 だからきっと、きっといつまでも三人でいようね。
 なによりユキが、そう口癖のように言ったから。三人で一緒にいることを、他でもないお姫様が望むから。だからいつも、なにがあったって俺たちは一緒にいた。隣にいるのが当たり前だった。
 張り合って、可愛がって、助け合って、笑いあって。三人でいれば、一日が一瞬で過ぎ去るようだった。ただただ、一緒にいられるだけで、嘘のように楽しい毎日だった。

 そうして、美しく輝かしい幼少期を共に過ごしてきた俺たちはといえば、今―――…




「うあっ! くうっ、ん…っ」
「はあっ、ちっ、声出すな…」
「ん! っ、わかって…っんんん!」

 誰もいなくなった薄暗い生徒会室に、二人。愛だとか恋だとか、そんな美しいものは介在しない、ただただ欲を満たすためだけの行為に耽る。
 ―――不毛、だ。
 恐ろしいほどに不毛な行為。お互い、不毛だとはわかっていながら、しかしどちらもやめようとはしない。それでよかった。俺たちにはこれくらいで調度いい。そんなことをいちいち気にした方が、むしろ気持ち悪く思えた。

「アホ、抑えられてねえっての」
「うるっせ…! んんっ!」
「ったく……あ、ユキだ」
「っ!」

 ふいに呟かれた言葉に、ビクリと大きく体が跳ねた。俺をバックで好き勝手に突き上げていた律動もぴたりと止まる。声が聞こえてしまわないかと慌てて口を押さえるも、ここは三階だ。窓の外、階下にいるであろうユキにここで発した声なんか聞こえるわけがない。そうわかってはいるけれど、しかしだからといってユキがいるのにあられもない声を出すのは憚られた。

「んぅ…っ」

 しかしそんな健気な俺の努力を嘲笑うかのように、ナカに入っているモノの脈動だけで感じるようになってしまっている体は勝手に快感を拾っていって。焦る俺を置いてきぼりにして、感じた体はキュンキュンと後ろを締め付ける。堪らず吐き出した声は自らの手によってくぐもり、しかしその掌に当たる、燃えるように熱い吐息にさえゾクリと背中を走る悪い痺れ。

(あ、やばぁ…っ)

 あっという間に自力で立ってなんていられなくなり、目の前のカーテンに縋りつく。無様に倒れ込んで姿が見られるよりも声の方がまだマシか。咄嗟にそう判断した俺のノーガードになった口から派手な嬌声が零れる寸前に、後ろから大きな手が俺の口を覆った。

「んう!」
「はあっ、しっかりしやがれ…っ」
「んんっ、ふう…っ!」
「はあっ、ん…くそっ」

 慌てたように俺の口を塞ぎ、低く唸るように囁かれる言葉。悪態を吐くくせに自分も我慢できないのか、汗でしっとりと濡れている首筋に舌が這わされる。その刺激だけでも途端に力が抜けてガクガクと膝が笑い、勝手にナカが絡みつくのが自分でもわかった。そうでなくとも我慢の利いてなかった後ろの腰が、案の定、再びガツガツと律動を開始して視界が霞んだ。
 思わず窓の外はいいのかと振り向けば、鬱陶しいというように口を塞いでいる手で無理やり前を向かされて。息苦しさに朦朧としてきたせいで、頭がよく働かない。なぜ大丈夫なのかわからないけれど、こいつが大丈夫だと判断したのなら、きっと大丈夫なんだろう。そうさっさと思考を放棄する。
 昔から変わらずに、俺たちの最優先はユキなのだ。それはいくつ年を重ねたって変わることはない。だからこそ、王子様になると言ったはずの俺たち二人がこんなことをしているだなんて、ユキ―――お姫様だけには、絶対に知られてはならないことだった。それを絶対に隠し通すということだけが、なんの縛りもない俺たちの間に存在する、唯一のルール。

「んっ、んーっ!」
「くっ、はっ、出すぞ…っ」
「う、んんう…!」



(中略)



 確認するように何度もにぎにぎとシンの手を握るユキ。それを好きにさせて、今にもキスしそうな距離で見下ろしているシン。そんな二人に突然ザワリと黒い気持ちが溢れだしそうになるのを慌てて抑えた。机の下、誰にも見えないところでぎゅうっと握る拳。
 嫉妬なんて、なんで今更そんな感情。この二人にそんなもの感じていたらキリがないというのに。そう言い聞かせるも、一度ブレ始めた心はザワザワと落ち着かない。するとふとシンの瞳がこちらを見て、ざわついていた心がすっと和らいだ。あまりにも正直すぎる自分の心。苦笑いしか浮かばない。

「なあ、どうしたんだこいつ。お前なんかしたのか」
「え? や…いや、知らねえよ」
「ちっ」

 あからさまな舌打ちにさすがにカチンときたが、言い返して再び喧嘩を勃発する寸でで止めた。今はそんなことより、ユキの奇行が優先だ。

「ユキ? なにしてんのそれ」
「…なんでもない。ただちょっと、考え事」
「おい…?」
「なんでもないって。そうだ、俺の朝の分の仕事、終わったから」

 だからもう教室行くよ。突然そう言ったかと思うと、すぐにシンの腕を引いて歩き出すユキ。その表情は一瞬前まで確かになにかを考え込んでいるよう真剣なものだったのに、今はもうそれが嘘だったかのようにケロリとしていて。なんなんだったんだ、いったい。さっきまであんなにあからさまに様子が可笑しかったのに、今更なんでもないなんて白々しいにもほどがある。
 思わず呆けた気持ちはシンも同じだったようで、その端正な顔は僅かに眉を顰めていて。しかし結局シンはそれ以上追及せずに、大人しくユキに従うことにしたらしかった。なにも言わずについていく後ろ姿に、俺たち三人の中で一番力があるのはユキなのだということを思い知らされる。もちろん普段からそうなのだけれど、こんな時は特に。

「お疲れさまです、雪弥先輩」
「うん、またお昼にな、遠藤。四津谷もそれ終わったら教室おいで」
「えー…今日なんか出なきゃな授業あったっけ?」
「全部だろ、全部」

 嫌な顔をして言外に拒否する四津谷に苦笑し、しかしそれ以上追い打ちは掛けずにユキはひらりと手を振った。四津谷はそもそも生徒会役員に選ばれるくらいに家柄も顔も成績も良い生徒なのだ。ここで強制されて動くような人間じゃないのもユキはわかっている。

「じゃあアキ、またあとで」
「ああ」
「仕事のしすぎは禁止だから。四津谷と逆で、むしろアキはここで寝てたっていいんだからな」
「冗談言うな」

 思わず眉を下げて笑うも、冗談なんかじゃないと真剣な顔をされてしまう。そのまますぐにくるりと踵を返して行ってしまって、反論は一切受け付けてもらえないことを悟って小さく息を吐く。
 ユキが向かう先には、扉を開けて待つシンが立っている。そこまで辿り着けば、シンは俺には向けたことのない穏やかな笑みを浮かべて。シンの大きな手が慈しむようにくしゃりとそのサラサラな髪を撫でると、二人並んで生徒会室を後にした。
 ユキには申し訳ないけれど、反論を受け入れてもらえようとなかろうと、俺には仕事をしないという選択肢はない。それがわかっているから、あれ以上ユキ自身もなにも言ってこなかったし、無理やり連れ出そうともされなかったのだろうけれど。
 静かに二人を扉が閉まるまで見守っていた俺は、ようやく自分の仕事へと戻る。知らないうちにまた握り締めていた手は、しばらく痺れて使えなかった。




 ずっとずっと続くかと思っていたあの日々。それがガラリと崩れたのは、俺たちが中等部も三年生になった頃だった。

『俺、恋人ができたんだ』

 確かに、恋というものに興味が湧く年頃だった。男子校だから一般的な流れより少し遅めだったのかもしれないけれど、例に漏れず俺たちの周りも一気に色めきだしたし、そういう目で見られているらしいというのも自覚し始めた、そんな頃。その浮ついた流れに乗るかのように、突然俺たち二人に対して我らが姫は眩い笑顔でそう宣ったのだ。ユキが、あの可憐で清純だったユキが、彼氏を作った、と。
 当時、ユキにはなにも役職に就かせないのを条件に、生徒会長を俺、副会長をシンが務めていた。ユキにも生徒会のオファーは当然あったものの、あまり目立ってほしくないからという私情でしかない勝手な理由でそんな愚かなことをしていたわけだが、それが悪かった。そもそもオファーがきている時点で目立たたないようになど手遅れだし、おまけにそうして少しだけ一人の時間ができてしまったユキは、俺たち以外の人々と触れる時間が一気に増えていった。
 揚句、恋人ができた、だ。
 なんとそのお相手は、当時の高等部の生徒会長。だからシンは高等部に進学すると、中等部と同様に生徒会へとの声が多かった中、そのオファーを蹴ってまで対立組織である風紀委員に所属したのだ。そして会長が俺なのも手伝って、例年以上に生徒会長を嫌う今期の風紀委員長が誕生したわけだが、それはまた別の話。
 問題は、それがユキが今でも付き合っているたった一人のお相手、というわけにはいかなかったことだった。驚くほど大物だった初めての彼氏は、半年。最初は勘弁してくれと思ったものだったが、むしろ俺の直接の先輩である彼は善戦した方で、あとは三か月でましな部類。セフレというわけではなく、恋人である期間は相手に一途なようだったけれど、だからなんだと笑ってしまいたくなるほどの放浪癖。派手すぎる彼氏遍歴。
 ―――見ていられなかった。
 ユキもそうだけれど、誰よりも、シンが。
 彼氏と共に楽しそうに歩くユキを遠くから見つめる顔。喧嘩したと悲しそうにするユキの話に握り締められた拳。別れたんだと切なく笑うユキに噛み締められた唇。シンとアキみたいな優しい人ってなかなかいないんだねと、泣きそうになりながら笑うユキを見て、俺が、シンが、どう思っていたか。
 すべてが、堪らなかった。見ていられなかった。だから俺は、つい声を掛けてしまったんだ。

『なあ、傷の舐め合いでもしようか、シン』

 それから始まった、傷の舐め合いという名のセフレ関係。どれだけ傷ついても本当の恋人を、愛を探し求めるユキとはまるで対称的な行為。
 だけどそれがいくら不毛であったとしても、不道徳であったとしても、俺たちには必要なことだったのだ。
 真実の愛を求めて彷徨う姫。最愛の姫が愛を求めて他の男に恋をしているのを見守らなければならない王子。そして、自分を決して愛してはくれない王子が姫への愛に焦がれ苦しんでいるのを見ているしかない部外者。それでもその三人が一緒にいるためには、関係が崩れ落ちるのを止めるためには、必要なことだった。なによりも、ユキしか見えていなかったシンがこんな誘いに乗ったということこそが、限界である証拠だった。

(俺は、それにつけこんだだけだけど)

 俺たちの関係を崩さないためには必要なことだと決めつけて。他に方法がないのだと言い訳をして。
 生まれてからずっと一緒にいた二人が、なにより大切な二人が、お互いを見つけられずに困っている。そしてその答えを、誰よりも二人に近い俺だけが知っていた。シンがいるよ、と。シンがお前の王子様だよと、愛を求めて泣いているユキに言ってやればよかったのはわかっている。きっと、それを言うのは俺の役目だった。

(わかってる。わかってるんだ、でも―――…)

 ユキとシンは、いつか必ず想い合うようになる。これも、わかっていたことだった。俺なんかが、いや他の誰であっても本物のお姫様に勝てるわけがないのだから。だったら今くらい、ほんの少しくらい、シンを俺のものにしたっていいだろう。ほんの少しくらい、シンの目をこちらに向けさせたっていいだろう。
 そのほんの少しの欲望に、俺は負けた。

(…反吐が出る、けど)

 それでも、やめようとは思えない自分がいて。
 お互いべっとりと依存し合い、愛し合ってはいても、誰一人お互いに恋をし合ってはいない俺たち。もしもそこから弾き出されるとしたら、それは紛れもなく俺なのだ。だからこそ、少しでも長くこのままでいたいと思ってしまう。愚かなことだとわかりながら願ってしまう。
 こんな、少し突けばすぐにでも壊れそうな歪な関係でありながら、今なお三人で一緒にいられる。それが時たま奇跡のように思えるのは、仕方のないことだった。






(横書きで見やすいように改行してあります)



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