不浄の舞姫は月に哭く | ナノ

01;綺麗な綺麗な、私が出会うべき運命ではなかった人



 神様っていうのは気に入った人には二物も三物も与えるらしい。




































「……聞いてない。」


 約束の場所はマフィアの屋敷じゃなくてラグジュアリーなホテルだった。確かにはじめて呼ぶ女の子をいきなり屋敷に招き入れるのは危険極まりない。そこの店が他のマフィアに買収なんてされてたらベッドの上だなんてあまりに無防備すぎる状況、何があるか分からない。まず命はないだろう。
 まぁうちのお店の方針的にそんなことはありえないけれど。店としては別にお金さえちゃんともらえるなら別にいい。私としてはいい男を拝めるなら別にいい。それで全て丸く収まる。

 そんなこんなで指定された時刻に指定されたホテルの指定された部屋にいったら待ち構えてたスーツ姿のマフィア達に身体チェックと称して身ぐるみ剥がされた。全部は客本人の前でしか脱がない主義だと言ったら「これはこれでいいな」と下着とガーターベルトのストッキングだけ残して去っていった。
 何か隠し持ってないか下着の中にも手を突っ込まれたのでそれは後で請求書かさ増ししてやる。変態オヤジ共め。こんなことされるなんて聞いてない。「朝になったらかえしてやる」と男達はどこからともなく去っていった。朝までなんて聞いてない!マネージャーの奴ちゃんと仕事しやがれ!

 しかしマフィア達がいなくなってもいつまでたっても肝心のボス様は現れない。待てど暮らせどやってくる気配がない。
 しばらくうろうろとしていたが裸でもいいように空調を上げたせいで暖かい空気にだんだん眠くなってきた。クイーンサイズのベッドに寝転んでみる。流石マフィアだけあってもちろん部屋もロイヤルスイート。ただでさえお高いホテルの一番お高い部屋だ。一晩ここに泊まるのに一体いくらするんだろうか。多分私の1ヶ月分の給料ぐらいはするだろう。うとうとしだした頃、扉の開いた音がして慌てて起き上がった。


「悪い!間違えたっ!」


 扉の向こうにいた彼は写真で見るよりもずっと綺麗な顔立ちだった。きらきらひかる金色の髪と、驚きに見開かれた甘い蜂蜜色の瞳がなんとも美しい。私と目が合ったボス様は慌てて踵を返したが、扉についてるルームナンバーとカードキーを見比べて立ち止まった。そもそもその手に持っているカードキーで別の部屋の扉が開くものか。ちょっと抜けているんだろうか。


「……間違ってないと思うよ?」


 頭を抱えた彼にどうやら私をここへ呼んだのは彼ではないらしいことを理解した。多分身体検査していった部下が呼んだのだろう。どう声をかければいいかも分からずおずおずと口を開いたら状況を理解したらしい彼はがっくりと肩を落とした。


「……あいつらだな……」


 人の顔見て落ち込むのはちょっとやめてほしい。
 確かに自分の部屋に突然服脱いだ女がいたらビックリするだろうけど普通喜ぶのが男っていう生き物じゃないんだろうか。布団をはいで床に下り立つと彼は慌てて視線をそらした。見るにたえないってことだろうか。そう思ってちょっと落ち込む。黒レースの下着はお気に召さなかったのだろうか。仕事用だから確かにとってもきわどくて派手だし。私自身はそこまで見えない身体でもないとは思うんだけどなぁ。日々エステで身体磨きしてるだけあって伊達に身体は売ってない。


「はじめまして、私こういうものです」


 男達から死守した商売道具がぎっしりのカバンから、まずは商売道具その一、自分の名刺を取り出した。因みに挨拶のときから裸っていうのはいくら私であってもはじめてた。いかにもそういう目的ですって等身大で表しているようなもので、きっちりとした身なりの彼と相まって自分が下品なことをしているような気分になる。女として屈辱極まりない。


「えーっと、ナナ…さん?」
「はい」
「……悪いんだけどさ、」
「はい……?」
「その……なんだ、……」
「なんでしょう?」
「俺今日すんげー死ぬほど疲れててさ……」
「はぁ……」
「こう……動くのも歩くのも指一本動かすのもしんどくてだな」
「……?」
「つまり……、……」
「………」
「…………」
「……?」
「…………君を、満足させられないと思う」
「………ぷっ」


 困った顔で私への断り文句を探してる姿があんまり可愛かったので、黙ってなんて言うんだろうと待ってあげた。なのに大真面目に外れたことを言うので、思わず吹き出してしまった。
 恋人やフィアンセじゃあるまいし。そんなに難しく考えなくていいのに。っていうか私達夜の女の子にこんなこと言う人はじめて見た。ていうか何満足って、満足って。貴方を満足させるために来たのに私を満足させてどうするんだ。じわじわくる。


「あっはっはっ!!待って、ま、ま、満足って……はっはっは!くくっ……」
「ひでぇな笑いすぎだって」
「……はぁ、ごめんごめん。いやあのね、別にしたくなかったらそれでいいよ。私がダメなら他の子に代えてもいいし。もっと可愛い子呼ぼうか?」
「いやいいっ」


 多分ベティなら喜んですぐにでもすっ飛んでくるに違いない。呼んでみようかと携帯を取り出してパチリと開いたら、彼の手ががばりと携帯の画面を掴んだ。画面が指紋で白くなった。


「あ、"女の子"がいらない?」
「……ごめん」


 しょんぼり申し訳なさそうに言う彼は人を人として見る誠意を持った人なんだなと感心する。そして私のプライドを傷付けまいとして言葉を選ぼうとして悩んでくれているんだろうか。そうだったらすごく嬉しい。
 正直行って金で私達を買うような権力者は、私達みたいなのか愛人を性欲処理、正妻を子供を産む道具にしか思ってない。特にマフィアだなんていう人種の中には女に人権というものがある事を認めない。プライドが高くて、己の欲のために人の血を流すのも厭わない。彼はそんな奴らと彼は両極端に居るんじゃないかってくらいだ。しかもその頂点に立つボスだなんて到底思えない。ボスというのは変だな違和感。ボスさん?うーん違う。お兄さん?うんいいやお兄さんで行こう。


「うーん…そうですかって帰ってあげたいんだけど…このまま帰っても多分店の人とかに怒られるんだよね…」
「そっか…」


 いつもだったらはいそうですか分かりましたではまたってホテルを出て、どこかで時間を潰して、さも仕事してきましたって顔をして帰ってる。んだけど、こんなに上玉なお客さんが私のところにくるなんて珍しい。そのままお客さんになってもらわずに帰るのは勿体無い。
 多分マネージャーは選ぶ女の子を間違えたに違いない。そもそも私がマフィアのボスだなんてエベレスト級にハイレベルなお客さんの相手をするなんて間違ってる。きっとお店のナンバーワンの女の子が相手をする筈だった人が何かの手違いで私のところに回ってきたんだろう。こんな滅多にないチャンス逃してなるものか。


「あ、そもそも私夜が明けるまで多分帰れないんだよね…」
「そうなのか?」
「あなたの部下?って人達に身包み剥がされまして…朝になるまで返してくれないそうです…」
「…あいつら…何考えてんだ?」


 お兄さんは携帯を取り出して部下に片っ端から電話をかけてるみたいだけどどうやら繋がらなかったらしい。何十回も繰り返したのちお兄さんが痺れを切らして、近くにいるであろう部下に直接会いにいこうとしたら何故か扉が開かない。疲れてたのに更に疲れた彼はぐったりどでかいソファに凭れ掛かった。


「いっそのこと俺のコート着てくか?」
「いやいやそれじゃ私ただの変態痴女だから」


 ぶかぶかのコート一枚だけで外を歩く女を想像してどんな羞恥プレイだと思わず笑ってしまう。靴がないし。そして出れないんだからそれも意味がない。財布はカバンの中にあるけど、店の鍵も家の鍵も来るとき着ていたコートのポケットだ。どっちみち動けない。


「よし分かったおにーさん、潔く諦めて寝よう。」


 ぼふりとベッドにダイブするとふかふかの布団が私を受け止めてくれる。ボスさんがぎくりと身体を強張らせたのが分かったので「違う違う」と振り返った。


「ベッドインじゃなくてスリープね、スリープ」
「そういう意味じゃなくてだな…」
「あ、一人じゃないと寝れない派?じゃあ私バスルームにでもいる、よ……」


 広すぎる部屋は全て吹き抜けになってるので完全に隔たれてるのはバスルームぐらいしかない。眠れそうなソファやクッションはだだっ広いスペースのあちこちに置いてるので寝るには困らないだろう。そう言って扉を開けた先にあるバスルームも豪華だった。独立したガラス張りのシャワールーム。そのまま床に楕円形のバスタブを埋め込んだ形になっているお風呂。そしてワイドビューの窓から見える夜景。まるでお姫様にでもなった気分だ。


「ねぇ!お風呂入らない?」
「ああ自由に使っていいぜ…って、」
「おにーさんもお風呂入ってすっきりしてから寝たほうがいいよね?」


 私の職業は綺麗に言うならば"癒す"お仕事だ。リラックスさせるぐらいの自信ならある。例え"本番"と呼ぶような行為がなくても、だ。戸惑う彼の腕を掴んでぐいぐいとバスルームの方へ引っ張る。折角ロイヤルスイートルームだなんて滅多に泊まらないのだから、存分に楽しんでしまえ。


「ちょ、…ちょっと待っ……!」
「疲れてるんでしょう?身体洗ったげる」


 見た目は細いけれど、思ったよりしっかりした腕だった。近くで見ると肩幅も結構ある。そんな"男"の彼にどきどきしながら、自分でも私なにしてるんだろうって思いながら、バスルームの扉をぱたりと閉めた。















(11,07,03)




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