不浄の舞姫は月に哭く | ナノ

00;嫌だと何度言ったらその空っぽの頭にも理解してくれるの?



 生まれた時に母のお腹に置いてきたんじゃないかと思うくらい私には幸せだと思う実感がなかった。きっと神様は私を作る際に幸せという運命を私の身体に入れ忘れたんだろう。そしてその幸せは双子の弟に全て注がれてしまったに違いない。私達はそんな対照的な人生だった。
 両親が死んで身寄りもなく施設に入り、やがて運良く弟は子供ができない政治家の養子に、私は運悪くマフィアの娘の遊び相手として引き取られた。そしてその娘の嫁入りと同時に私は用無しとなってほんの少しの手切れ金を手に捨てられた。
 マフィアのボスは大層情け深く親切な人間だったらしい。こんな誰も殺そうが困らない女を生かして放り出してくれるくらいには。とんだ迷惑な親切心だ。殺してくれた方がマシだった。
 どうやって生きればいいのだろう。知識も器量も何もない私に何ができるのだろう。途方に暮れていたその時、酔っ払いのおっさんに声をかけられた。そうだ、この手があったと思ったのは私がすでにマフィアの男達の手垢に塗れていたからだ。改めて自分が一人の非力なただの女なんだと思い知らせてくれた彼らには感謝はしてる。そしてそんな感情なんて塗りつぶしてしまえるほどにマフィアを憎んでいた。お前も汚れた人間なんだと私に知らしめるマフィアだなんて大っ嫌いだ。

……だから大っ嫌いなんだってばっ!!






















「頼むよナナちゃん」
「嫌。」
「ナナちゃ〜ん」
「絶ッッ対に嫌」


 マネージャーの媚びた声に私は事務室というのは名ばかりの拷問部屋でそっぽを向いた。
 そもそも私を騙すような人間のゆうことなんかきいてやんない。数分前、長引いたお客さんの相手をし終えてやれやれ疲れたさあ今日はもう帰って寝るぞと意気込んでスタッフルームへ足を運んだ瞬間、「ちょっと良い話があるんだけどいいかな」と言ういかにも怪しいマネージャーの笑顔に抵抗したら店の男達に捕まり、事務室へと連行された。
 スタッフルームで化粧直ししていたべディが何をしたのと真ん丸い目で私を見たけど私は今日は何にもやってない。(昨日あまりにもアレが早いお客さんについ「もう?」て言っちゃって自信喪失させちゃったくらいだ)(だって3こすり半モタナイってアナタ今時思春期の少年でももうちょっと…ねぇ?)
 面白がって事務室へついてきたべディはさっきから私の隣でにたにた笑いを浮かべている。人事だと思って!


「たかが職業がマフィアってだけで何処が駄目なんだい?」
「マフィアって所が駄目。」


 マネージャーが持ち出してきたのは簡単に言えばお前ちょっとマフィアの屋敷に行ってそこのボスに奉仕して来いだとか満足させて来いとかそんなような内容だ。マフィアって単語が出た瞬間に全力で耳を塞いだので詳しくは知らない。もう一回言っとく。私はマフィアが大っ嫌いだ。しかもボスだなんて言ったらひょろひょろの髪の真っ白なおじいちゃんか反対のでっぷり脂肪を身体に纏った変態野郎のどっちかじゃないか。(そこ偏見だとか言わない)


「日当倍出すって言っても?」
「やだ。」
「…3倍でも?」
「無理。」


 むしろそんなに引き下がるマネージャーは思いっきり怪しい。きっと変な性癖だとかそんなんだきっと。こんなところで女の子買おうとしてるんだからきっと金持ってるくせにモテない冴えないマフィアに違いない。私の外見好みは金髪白人女顔だ!覚えとけバカマネ!


「折角ナナちゃんが好きそうな客なのになぁ…」
「いいじゃないナナ。苦手克服頑張ってみたら?マフィアに気に入られたら一気に億万長者よ?」


 どいつもこいつも人事だと思って…!
 とか言いつつマネージャーとベディの言葉にぴくりと反応してしまったのは言うまでもない。(イケメンが好きで何が悪い。お金がほしくて何が悪い)そしてこんなに文句の多い私にわざわざそういう事を言うんだからきっと美しい分類に入る男の人に違いない。でもマフィア。


「…言っとくけどオーナーぐらいのイケメンじゃないとマフィアの相手は受けないからね」
「やっぱり行くんだ」
「べディさっきから煩いよ」


 このままじゃ堂々巡りでいつまで経っても家に帰してもらえなさそうなのでちょっと譲歩してあげることにした。ウチのマネージャーは童顔でひ弱そうな優男だがオーナーは正反対のクールで寡黙な超のつくイケメンだ。ナンバーワンになる女の子たちはみんなオーナーに開発されたって話だからソッチもものすごくイイって噂で持ちきりだ。ちなみに私はナンバーワンとはほど遠いので別にお目にかかってちょこっとしゃべったことしかない。確かに声はものすごくよかった。腰にクる重低音だった。
 つまり私にマフィアの相手をしろというならオーナーに張り合えるぐらいのイケメンを連れて来いと言ってみたんだけれど。じろりと睨み付けてマネージャーを威嚇していたら相手は相反してにっこりと微笑み、懐からなにやら写真らしきものを取り出した。それを受け取ろうとした矢先に隣のべディが私の手からさっともぎとる。先程ビューラーで丹念に上げていた長い睫毛をパチパチさせながら「あらいいじゃない」と一言。「いいでしょ?」とマネージャーも便乗する。


「ナナが嫌なら私喜んで行くけど」


 人間、人が欲しがっているとなんだかそれを手放すのも惜しくなる。私と良い勝負の面食いのべディのお眼鏡に叶うんだからそんな美味しい客私が逃すと思うのか。べディから奪い返した写真を一目見て、私は座り込んでいた革張りのソファーから思い切り立ち上がった。


「……行く…!」


 その後ベディの爆笑する声が部屋中に響いたのは言うまでもない。




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