ディーノさんの部下の一人が死んだ。
私とも仲が良くて、気さくで明るくて、優しい人だった。
家族がいると言っていたのに。
かわいい娘や素敵な奥さんがいるのだと。
それなのに私は、ディーノさんが無事であることにほっとした。
ディーノさんが無事てよかった。
亡くなったその人が守ってくれてよかった。
……代わりに死んでくれてよかった。
そう思って、自分が誰よりも観にくくて浅ましくて愚かだとやっと気づいた。
ねぇ、かみさま。
それでも、あのひとがぶじだったことをあなたにかんしゃしたいのです。
大切な人をなくすというのは、自分の身が大きく切られ、
そして引き裂かれるようにつらいことだと聞いたことがある。
それなのに、よろこんでしまった。
それを失う恐ろしさを何よりも知っているはずの私が。
最低な私でごめんなさい。
残酷な私でごめんなさい。
彼を亡くした痛みではなく、自分に対する罪悪感と自己嫌悪で、泣いた。
そんなわたしが、なによりもぎぜんしゃだとしても。それでも。
私がこんな酷い人間になってしまったのはディーノさんのせいだ。
それが八つ当たりだとも言いがかりだとも分かっているのに止まらなかった。
だってそれは、私が誰よりもなによりもディーノさんを愛してしまった証拠だから。
それこそ、かみさまよりもおやよりかぞくよりしんゆうよりちきゅうよりこのせかいよりも。
暗い空から、墓地に雨が降り出した。
空も泣いていると誰かが言ったけど、
冷たく体温を奪い身体を叩くそれはまるで、
私を責めているみたいで。
どうか、わたしをゆるさないでください。
「なまえ」
ボロボロと泣いていたら、ディーノさんが駆け寄ってきた。
自分が一番辛いだろうに、心配そうな表情をその端正な顔に乗せて。
私の頭を抱えるように抱きしめられて、ついに堪えていた嗚咽が漏れた。
「ディーノ、さん」
「ん?」
「
あなたをあいして、ごめんなさい」
その声は小さすぎて、雨に消されてディーノさんには届かなかったけれど。
再度尋ねる彼に、ただ首を横に振って答えた。
よわくて、ずるいわたしで、ごめんなさい。
なんて、本当は誰に言いたかったのだろう?
死んでしまった人?
残された家族?
それとも、わたしを抱きしめるこの人に?
結局、誰にも言えやしないくせに。
どうか、いたみをせおうのになれている、かれのきずをいやしてください。
この人をかなしませたくない。
くるしめたくない。
なのにこの世から、消えてほしくない。
自分勝手なエゴで彼を縛りつけて、私はなぜ満足しているのだろう。
きっとこの人は誰よりも自分を責めているはずなのに、
どうしてひた隠しにして他人を心配できるのだろう。
でも決して、自分が死ねばよかったなんて考えているわけじゃない。
だって彼が死んでしまっては、このファミリーはどうなるというの。
誰も死んではいけないし、死ななければいけない人なんて、ここにはいない。
けれど特にこの世界は多少なりとも人の死で全て成り立っていて、
せかいを心の底から恨みたかった。
かれほどこのせかいにふさわしくない、やさしいひとはいないのに、
かれほどファミリーのボスにふさわしいひともいやしないのだから。
「なまえ」
ディーノさんに促されて彼の視線の先に目をやると、
子供連れの女性がお墓の前に現れた。
ディーノさんが彼の遺族の人だと教えてくれた。
とても綺麗な人だった。
その人がハンカチを取り出して目元を押さえるので、
誰しもが目をそらし苦い表情で俯く。
あるいは一緒に泣き出した。
私はもう一度、その人に小さく謝って、
誰にも何もできない、何もしてあげられない、
どうしようもない自己嫌悪を味わってからやっと、
やっと哀しみがあふれた。
泣きながら「夫も本望です」と笑う優しく強いその人に感化されたのかもしれない。
いつかもしかしたら私が味わうかもしれない、味わなければいけないその絶望を。
もしも私がそれを目の前に突きつけられた時に、同じように笑ってあげられるだろうか。
お疲れ様、と声をかけてあげられるだろうか。
今はただ、ディーノさんの手を強く握ることしかできなかったけれど。
なんて、無様で、醜くて、弱くて、脆い。
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