Gatto nero | ナノ

020


いつか失う事を知っていた
だけど私は求めて
だから私は泣くことになる

別れを懼れるあまりに
出会いすらも拒もうとしていたのだと。

























「ごめんなさい」


朝、食堂で新聞を読みながらコーヒーを飲んでいるリボーンの所へ赴いた。自主的に彼の脇に座って正座をして、三つ指付いて頭を下げた。そんな私をちらりと見やると、リボーンは再び新聞の記事を目で追う作業を続ける。キャバッローネの部下達が何事かとこちらを伺っていたが気にしない。


「そんなに家に戻りたくねぇのか」
「ここに居たいだけだよ」
「そんなにディーノが好きか」
「そうだよ」
「ブッ!!」


本人が居ないのをいいことに肯いたら傍で朝食を取っていたロマーリオさんが牛乳を噴き出した。リボーンがすかさず畳んだ新聞紙で自分に当たる飛沫だけをガードしてそれは斑な鈍色に染まる。のを見ていただけの私は床に座っていたこともあって思いっきり頭から被ってしまった。


「ロマさん汚いよ…」
「いやわりぃ。でもな、そんなあっさり…」
「今更でしょう?」


ごほごほ咽る彼をにらみつつさらりと返したら。まぁそうだわなと納得されてしまった。リボーンもリボーンで、私が本音を喋ることは珍しい事だから、思わぬ素直な返答に拍子抜けはしたようだった。その証拠に、いつもだったら彼の言葉よりも早く飛んでくる凶器の類が見当たらない。多分テーブルに並べられてるナイフやらフォークやらあるいは彼の懐の銃弾が飛んでくると思って身構えたが、何事もなかった。…かわりにロマーリオ牛乳散弾に当たってしまったけれど。部下達と一緒に様子を見ていたコックが笑いを堪えながらタオルを持ってきてくれたのでそれで顔を拭った。そういえばこんなこと前にもあったなぁと思い出す。酔っ払ったキャバッローネ九代目の手からうっかり零れたそれはシャンパンだったけれど。アルコールには決して弱くなかった彼が酔うというのは相当珍しく、そして性質が悪かった。出るわ出るわ親馬鹿な彼の息子自慢、不安と希望。亡くなった奥さんへの恋慕とそんな自分を置いていった恨み言。…そして己の内に見つかった決して小さくなどない病。彼が息子の話ばかりしていたのはきっと己への不安と、ファミリーの行く末を案じての事だったのだろう。私がディーノへの興味を持ち始めたのもこの頃だった。

私の片想いは今に始まったことじゃない。ずっと昔、彼と出会う前からずっとだ。まだキャバッローネ九代目が現役の頃からだから相当年季が入ってると言っていい。出会う前から、それこそ姿も見ないうちから恋してたっていうのはよくよく考えるとおかしな話だけれど、本当にそうなんだから仕方がない。ずっと憧れの存在だった。九代目の息子というなら、一体どんな素敵な人だろうか。九代目の話と、周りから入ってくる賞賛の声から、勝手に理想を作り上げていた。そしてその憧れがいつしか恋情になっていた。
もっとずっと、それこそ出会う前から分かってた筈だった。だから私はこの街に来ても、ディーノに自分から会いに行かなかった。理想を壊したくないとかそんなのじゃなくて、出会いがあれば別れがあるように。いつか終わるなら始めなければいいと思ってた。でも、もう出逢ってしまった。いい加減自分の気持ちから逃げるのもやめなければ行けない頃だと思う。


「まぁでもだからといって想いを伝えるつもりはないんだけどね。」


気持ちを伝えたいとか、気付いて欲しいとは思わない。この想いを成就させる気なんて更々ない。何より今の関係を壊したくないし、私はただこのキャバッローネを見守っていられたらそれで満足だ。間近で見れるなら、ファミリーに入ってもいいかな、とも軽い気持ちで思ったりしたけれど(そして不純な動機なんて全てリボーンに見抜かれているだろうけど)、それ以上を求めるのはそれ以外を壊すことにならないだろうか。例えるならばリベラメンテという居場所を。
そして私はそれぐらいに、自分の感情を言葉にするということが苦手だ。


「やっと自分が自分のために自分が居たい場所を見つけたの。」
「お前は俺に何度同じことを言わせれば気が済むんだ」


お前が置き去りにしてきたものをどうするつもりなんだ。そこまでデカくしてもらった恩を仇で返すのか。リボーンの言いたいことはよくわかっている。再三言われ続けていればいくら馬鹿な私でも分かっている。私を今まで育ててきたのは私をあのファミリーの次代のボス候補にするためだ。だから私は豪華な服を、食事を、部屋をもらえたのだから。だから多くのファミリーや下働きの者達が私に傅き、私は彼らの上に立つことを許された。
   けれど、ならば逆に問いたい。
多くの期待を受ければ、きちんとしたボスになれるのか?皆が望むとおりの事ができるのか?答えは分かっている。だから私はその権利と共に義務をも放棄した。


「私が本当にあのファミリーのためになるボスになると思うの?」
「お前次第だ」
「じゃあその私が言う。私は彼らの望むボスにはなれない。」
「…月華」
「あーもー言いたいことは分かったって。だからはっきり言わせて貰う。
あの家に帰ったら、ボスになったら、…私はあのファミリーを滅ぼすよ。」


そしてそれを止めるために、私は誰かに殺されるだろう。あの人自身にかもしれない。もしかしたらこの赤ん坊にかもしれない。同盟を組んでいるこのファミリーにかもしれない。私がボンゴレのボスになれないのは、私自身がボンゴレが嫌いだから。私が守るべき人間を憎んでいる。その名を富を権力を恨んでいる。だから私はそういったもの全てをこの手にしたとき、きっとその全てを壊したくなる。滅ぼしたくなる。優しくされればされるほど、怖くなる。近付かれれば身辺を探られているとか、気に入られて階級や金が欲しいとか、殺すために隙をうかがっているとか、そういう風にしか見られなかった。純粋な好意なんてものはないと思っていたし、そういう人間の方がファミリーには圧倒的に多かった。そう思う自分自身が何より嫌いだった。そう育てたのは他でもないボンゴレという組織だ。いっそのこと殺してくれと泣き叫んだのは、何も一度や二度じゃない。だからこそ私は単純で仁義に厚くて熱苦しくて何企んでるのかと思ったら実は何にも考えてない馬鹿な男達ばっかりのキャバッローネが好きなんだ。


「私は帰らない」
「…分かった、勝手にしやがれ」
「ありがとうリボーンごめんなさい大好きっ」


流石のリボーンでも"そんなに言うなら帰るけどファミリーをぶっ潰すよ"なんて言われておうとっとと帰りやがれとは言えないだろう。
言い方は冷たいけれど彼なりの譲歩に嬉しくなってがばりと抱きついてみたが彼は相変わらず涼しい顔でコーヒーを啜るだけだった。見た目は赤ん坊なのに、その余裕は流石一流ヒットマンだけある。けじめはつけろよ、と釘を刺す言葉にそれは勿論、と肯いてみせた。そうしなければリボーンは許してくれないだろうし。この先ずっとチクチク嫌味を言われるのでは堪らない。だって何一つ現状は変わってはいない。私が逃げ出したという事実は変えようのない私の罪なのだから。


「月華ちゅわーん!」


バンッと突然大きな音を立てて扉が開いて、入ってきた人物を見て、いつもならば心底嫌な気分になるのだけれど今日の私は違う。朝から既にもう酔っ払ってるその赤ら顔さえ受け入れてあげる聖母マリアのような広い心の笑顔で振り返ってあげた。


「シャマル丁度いいところに!」
「ん?何々もしかしておじさんのこと待ってた?」
「うん、会いたかった」


アルコールの匂いが染み付いた白衣の裾を掴んで上目遣いで見上げたら、その酔っ払いはデレデレとしまりのない笑顔になる。チョロイなと内心相手を馬鹿にしながら、かわいらしく首を傾げてみせた。


「お願いがあるんだけど、聞いてくれる…?」
「ちゅーしてくれたらおじさん何でもしちゃうよ?」


調子に乗るなとぶん殴りたいのを必死に堪えて、首に腕を回してその頬に一瞬だけ唇を押し当ててやった。無精ひげがちくちく当たって気持ち悪いし鬱陶しい。ダンディとか言っちゃってお前の不精ひげはただ放置して伸びて来てるでしょうが…!


「…これを届けてほしいんだ」


用が済んだのでさっと距離をとって、懐から手紙を出して人のお尻なんぞ触ろうとしてるその手を抓り上げてそこに乗せた。今朝寝れない夜を明かしたときにしたためたものだった。表には「Caro padre.」裏には私のナイフの柄のマークを印璽として当てた封蝋。これでシャマルにも分かったのだろう。しげしげとそれを眺めて「はいはい了解しましたプリンチペッサ」と手を取られてそこにキスしてきたので、全力でその手を背後に回して服の裾で拭いてやった。私はこんな汚い女ったらしのオヤジを私のカヴァリエーレにした覚えはない。


「何が書いてあるんだ?」
「“万が一私が玉座に着くと言って家に帰るときは、私を殺してください”」
「相変わらず物騒な親子だなお前ら…」
「というわけで、よろしくね!」


勘のいいあの人の事だから今更私がこんな手紙を出すということは(そして郵便や運び屋ではなくシャマルを使うということは)何か警告を含んでいることに気付いてくれるだろう。警戒さえしておいてくれればそれでいい。しかしそこには文面通りの言葉も含まれているのにも間違いはないのだけれど。


「ところで言い忘れてたんだが…」
「何?」
「月華、…お前なんか乳臭くねぇか?」
「煩いな!!今からシャワー浴びに行くところだ!!」


そりゃ牛乳吹っかけられて臭くならない人がいたら拝みたいけどね!けどシャマルの場合は違う意味を含んだ嫌味も混じってる。俺は子供の色仕掛け程度では動じないって意味だろう。どうせオジサンのあなたに比べれば私はまだまだ若いですよ!
他の人達と混じって笑い転げてるロマーリオをきっと睨み付けて(あんたが笑うな!)とっとと部屋に戻ってやると扉に手をかけて、ふと思い出したことがあって振り返った。


「そうそう、言い忘れてたんだけど…」
「「「「…………?」」」」


今まで人の話を盗み聞きして好き勝手笑ったりしていたディーノの部下達へとにっこり微笑んであげた。今日の私はすごく気分がいい。なのできちんと教えておいて上げるのも親切っていうものだ。私ってなんていい奴。


「さっきの話ディーノに漏れたりなんかしたら、そのお喋りな舌…」


「ちょっきん」と鋏に見立てた指を重ねて空を切って見せた。いざという時私が何をしでかすか分からない事はキャバッローネの古株たちは知っている筈だ。今までファミリーに降りかかる火の粉の始末をしていたのは他でもない、黒猫であるこの私なのだから。
大の男達がこんな小娘1人にたじろいたりするのは中々見物だ。静まり返った食堂に更に気分を良くした私は、鼻唄なんて口ずさみながらばたりと扉を閉めた。










親愛なるお父様へ。
今更ながら文を出す親不孝を笑ってください。あまりに久方ぶりなので、何を書いていいのかも定まりません。貴方がまだ生きていることを切に願います。
 文を出そうと思ったのは、貴方の親友である赤ん坊に叱られてしまったからです。彼はご存知のように曲がったことが大嫌いなので、私がやりたい放題に生きているのが許せないようです。そしてもう既に他の人の家庭教師をしていながら昔の生徒まで気にかけるのはお人よしとも言えますね。私は良い家庭教師に恵まれたようです。
 私はいまキャバッローネの領地にいます。かつての夢であった港町で、のんびりと生活を送っています。昔まだ私がほんの小さかった頃貴方にもお話しましたね。キャバッローネ“九代目”のお嫁さんになると言った私を爆笑した貴方が忘れられません。残念ながら、素敵なお嫁さんになるという夢は叶いませんでした。九代目は亡くなった奥さん一筋でした。どこまでもまっすぐで人の情というものに篤い人でした。“十代目”にも、とても良くしてもらっています。彼は貴方の言うとおりの人物でした。おかしな話ですよね、ボンゴレはキャバッローネの息子を可愛がって、キャバッローネはボンゴレの娘を可愛がっていたのですから。それとも、貴方は息子が欲しかったのでしょうか。彼みたいな素直で優しくてまるでホームドラマに出てくる理想の息子が。そしてきっと、キャバッローネも娘が欲しかったのでしょうね。愛した奥さんに生き写しの娘"も"、というべきでしょうか。ディーノは彼自身にそっくりです。悲しいくらいに。最近になってやっと、いろんなことが見えてきた気がします。完璧だと思っていたものがつぎはぎだらけの嘘と繕いばかりの建前だということが。そう思うのは、私が捻くれているからなのでしょうけれど。
 今、成人と呼べる歳になっても尚キャバッローネファミリーに入る夢は変わらないのだと言ったら貴方はまた笑うでしょうか。できるならば、私はキャバッローネファミリーとして人生を送り、彼らと共に生きて行きたいと思います。ほんの少しでも、さみしいと思っていただけますでしょうか。おこがましいとは私も思います。けれどあのリボーンが"キャバッローネに入らないか"と言って来たのです。彼のことなので早くボンゴレのことをちゃんとして身を固めろ、という意味だったのかもしれません。わがままばかり言ってきた出来の悪い娘で申し訳ありません。けれどこのわがままばかりは最後まで突き通したいと思います。そのためには、ボンゴレのどんな処遇も受けるつもりです。貴方にひと言「来い」とさえ言われればいつでも戻る心積もりはできています。
 私の本心をお話しましたのは、私の決意を貴方様に知っておいて頂きたいからです。残念ながら、家を出て長い歳月が経つ今だからこそ、ボンゴレのあの家に帰りたいとは思えませんでした。守るべきものがないそこは、きっと私には抜け殻みたいなものなのでしょう。だからこそ、お願いがあります。   私がボンゴレの家に“本当の意味で帰る”ときは、どうぞ貴方のその手で私を殺してください。
それが私の貴方への唯一の願いです。皮肉ばかりを書きましたが、どうかこれだけは覚えていてください。私が貴方を愛していたことは忘れないでください。私が父と呼んでいいのは、まぎれもなく貴方ひとりです。貴方にとっても私がそうであったことを願うばかりです。


(「…ドクターシャマル、月華はどんな様子だったんだい?」)
(「相変わらずの跳ねッ返りだが、いい女になってるぜ。あと数年したら…って…、」)
(「(ずびー)いやいやすまないね年を取るとどうも涙もろくなっていかん」)
(「いいけどじいさん、今鼻かんだそれ月華への返信用のじゃ…」)
(「………あ。」)




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