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月虹

絶望癖ともよべる

 中庭で月を眺めていた。三日月でも、半月でもない中途半端な形のそれは、なんだかひどく不格好にみえた。それでもこうして見上げているのは、この月が私の最後の灯りになるかもしれないから。
 今夜、全てのサーヴァントが出揃う前に、学校でアーチャーとランサーがぶつかった。アーチャーの主人は凛だ。けれど、それはただの腕試し。その後衛宮邸まで足を向けたランサーは、突如召喚されたセイバーとの戦闘、やむなく撤退した。今しがた教会に戻ってきたかと思えば、私の隣に立って同じように月を見上げている。希代の英霊と並んで月を眺めることになるなんて。魔術とはやはり、不思議なものである。一夜の幻とはいえ、あのクー・フーリンがすぐ隣にいるのだ。
「ひとつ聞いてもいいか」
 ポツリと、ランサーが呟いた。私に向けての言葉だろうと思い、「いいよ」とだけ答えた。
「お前さん、何故あいつに従う?」
 彼はやはり、半端な月をぼうっと見つめたまま言う。あいつとは、ランサーの主人のことを指す。つまり、この教会の神父・言峰綺礼のことだ。
「どうしてそんなことを聞くの」
 今晩の私は少し意地が悪かった。彼の質問に、質問で返すようなことをする程度には。
 己の問い掛けにまた問い掛けで投げ返されたランサーは、今度はふむと顎に手を当てるそぶりをした。突発的な問いだったらしい。どうして、と聞かれたので体のいい理由でも思案しているのかもしれない。
「いやなに。気分を悪くしたらすまねぇが、ただの興味だ。なんであんなヤツについてるのかと思ってな」
「あら、本当のことを言えばいいのに」
 ただの興味、という言葉で理由を濁すランサー。本心はもっと他にあるだろうに、誤魔化しているのは彼の気遣いゆえだった。どんなに己の主人を嫌っていても、その当人以外には不躾に当たることはない。昔の凛なんて、ズケズケと言いにくいことまで尋ねてきたものだ。もっとも今は、一線を引いたような他人行儀になってしまったが。
「なんで、と今更聞かれてもなぁ。私がそうしたいと思うから彼と一緒にいるわけだし……」
「そうしたい、ねぇ」
「あなたたちにとっての綺礼はただの"悪"かもしれない。でも、私にとっての彼はそうじゃない」
 ふぅん、と興味なさげに言う。そんなそぶりを見せながらも無言の圧力で続きを促してくるのだから、この話が聞きたいのか聞きたくないのか、よく分からなかった。
「綺礼の願いの末を見届けたい。どんな犠牲を払っても、私自身がどうなってもいい。ま、あの人の本当の願いが何なのかは知らないけどね」
 これは本心だった。十年前のあの惨状を経て、彼が今回の聖杯戦争に望むものは何か。それは私が知る由もない。けれど、たとえどんなことを望んでいようとも、彼の願いが叶うのならなんだっていい。そう、なんだって。
 ふと、教会の中からピアノの音色が聞こえた。アヴェ・マリアだ。綺礼が気まぐれに弾いているのだろう。彼は本当になんでもできる。私は楽器に詳しくないが、彼のピアノの旋律はなんというかいつも感情が無く、どこか物悲しい音が響く。冬の寒空の下では、よく似合う音だった。
「お前さんはまだ若い。死に急ぐ事もないだろうに」
 ランサーは、ぽんと私の頭を軽く小突いた。多分、彼なりの慰めとか励ましとか、そういうものなのだと思う。
「あなたに言われたくないな」
 その命の火が燃え尽きるまで戦いの中で生きた男に、死に急ぐなと言われても困る。それに私は死に急いでいるつもりもない。単に命の残り火が長くないだけである。
 そう、私たちはきっとまた、この冬を越えることはできない。それでもいい。たとえこの身が灰になろうとも、遥か遠くの廃忘に消え去ろうとも、言峰綺礼という男の最期を知ることができるなら、きっと私に悔いはないのだ。
 
 カタンと、教会内に貼った結界が揺れた。そろそろと中に入ってくるのは二人。あの二人が来たのだ。さぁ、本懐をかけた戦いが始まる。


ワード:一夜の幻 ピアノの音色 廃忘



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