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朧雲

ひたむきな呪い

 厳かな空気を纏う教会、窓を打つ冷たい風、灰色に染まる空。青の槍兵、赤の弓兵、黒の狂戦士、紫の魔女。他にもいたような気がするが、ぼんやりとしていてまるで定かではない。荒れ狂う波のような炎が、郊外の屋敷を焼き尽くしていく。轟々と響く火柱、灰と化し燻る床や壁。私はその中心に立っていて、熱さは少しもないのだけれど、どうにも息が苦しくて仕方がない。はっはっと、短く急いた息を吐くことしかできないのだ。気分が悪い。今すぐ逃げ出したくて足を動かそうとするのに、身体は言うことを聞かない。炎の壁の向こう側、あちらにあるものを見てはいけない。なにがあるのか知ってはいけない。そう思えば思うほど、火の勢いは段々と緩やかになっていて、もう気づけば残り火がふすふすと音を立てるだけ。
 黒い影が落ちている。否、それは人だった。心臓のあたりにはぽっかりと穴が開いていて、彼には命がないのだと分かる。顔は良く見えない。不自然なほど不鮮明だった。けれど、とても懐かしいような、愛おしいような、ともすれば酷く気味の悪い感情が胸に渦巻いて消えない。たまらず膝から崩れ落ちて、嗚咽をこぼした。喉の奥底から絞り出したわずかな音が空気に溶ける。声にならない。苦しい。
 もう何も見えない。最後に口の端から零れたのは、私の世界でいちばん、美しい名前だった。


 肩を強く叩かれて目が覚めた。ぼんやりとする視界の中には、こちらをじっと見つめる瞳が映っている。
「起きろ。いつまでそうしてるんだ」
 そうキツく言われて、どうにか体を起こした。お腹の辺りがズキズキしていて、とても痛い。何があったんだっけと思い返せば、ラスプーチンと名乗る英霊がRPG片手に全速力でコンテナを追っ掛けてきた悪夢を思い出した。あれは悪夢だ。あっという間に追いつかれて、カドックが狙われていると分かってから、確か、マシュ達と妨害に入った。するとそのラスプーチン、標的を変えて私を襲ってきた。そうしてなす術もなく敗北。その後、こうしてカドックと共に何処かへ運ばれている最中、ということらしい。
「平気か?手酷くやられてただろ」
「うん、まぁ、なんとか」
 痛む腹をさすりながら応える。死なないように手加減されていたとはいえ、英霊の一撃は重い。ほとんど鍛えていない私にとっては尚更だ。しばらく痛むのだろうと悲しく思っていれば、あのラスプーチンとかいう英霊がどこかから戻ってきた。手に持っていた飲み物をこちらへ投げてよこした。
「少し経てば、また移動する」
 ゆったりとした歩幅で距離を詰められれば、彼の大きさがより威圧的に感じられる。驚く程にタッパがでかい。やや癖のある暗い茶髪、仄暗い瞳、後ろで組まれた両手。私を見下ろす視線。このまま殺されてもおかしくはない状況で、私は何か奇妙な感覚に陥っていた。
 なぜ?彼を知っている?
 さっと記憶を遡る。しかし彼のように背の高い人物と面識を持った記憶はない。ならばどうして。はじめ、このラスプーチンは言峰綺礼と名乗っていたが、それが関係あるのだろうか。ぐるぐると思考を回していれば、徐にラスプーチンは私の前に屈んだ。右手をこちらに伸ばしてくる。腹のあたりに触れるか触れないかのところで止まったその手は、ふんわりとあたたかさを持っている。
「あの時は少し急いでいたのでな、殴ってしまったことを謝罪しよう」
 すっと、手が離れていく。もうお腹のズキズキとした痛みは無くなっていた。治癒魔法だ。
「あ、りがとう」
「なに、詫びのついでだ」
 ラスプーチンはそう言ってから、くるりと踵を返しそのまま部屋を出て行った。彼の背は、とても見覚えがあった。何度も夢にみる"あの人"の面影を探す。大きな背中だ。愛おしくてたまらない、何もかも投げ出したって惜しくないほど想った誰かと、よく似ている。
 もうぴったりと閉じられた扉に向かって、私は、自身が知りうる中で最も美しい名前をちいさく呟いたのだった。

ワード:残り火 不鮮明 面影を探す

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