行灯の灯りが見える。
まだ、起きているのだろう。
山南さんは、今日も夜遅くまでお仕事をなさっていた。
このままでは、いつか体調を崩してしまう。
いくら羅刹の身体と言えど、こちらとしては心配なのだ。
『失礼します。』
そっと襖を開け、中に入る。
「…何でしょうか、このような夜分に?」
彼は、少し警戒色を滲ませた表情で、こちらを見ている。
『今日はもう、お休みになって下さい』
「羅刹ですから、夜の方が都合が良いんですよ。」
ほら、まただ。
休めと伝えても、羅刹だからと返す。
彼は昼夜問わず働きづめのくせに。
研究研究と、自分の身体を気遣っていない。
まるで、何かに取り憑かれているかのように。
『研究は明日でも出来ます。なので休んで下さい。』
自分でも驚くほどに、棘のある声質だった。
しかし、これで良かったのかもしれない。
山南さんが、何やら感心したように言った。
「貴方がそこまで仰るのなら、休んでも良いのですがね」
どこか挑発的な彼の態度に、少しイラついたのは確かだ。
それを悟られまいと、声のトーンを落とした。
『そうして下さると嬉しいですね』
冷静に返したつもりだったが、焦りやらが伝わってしまったのか。
山南さんが、不敵に笑ったんだ。
「仕方ないですね…」
諦めたようなため息と共に、彼はそう呟いた。
今日は勝ったと、思った。
あの山南敬助を説き伏せたと、優越を感じたときだった。
「少し此方へ来て下さい」
山南さんは、私を自分の方へと手招きした。
何だろうと訝しんだが、さほど気にせず傍に寄る。
それがいけなかったのだ。
差し出した手を強くひかれ、彼の方へ傾いてしまう。
そのまま、正面から抱き締められる形となってしまった。
『ちょっと、あのっ』
この状況を打開しようとしたが、突然の事に体も頭も上手く働かない。
いつもの数倍は近くに彼を感じ、気恥ずかしさやら何やらでフワフワしている。
さらに追い打ちをかけるように、彼の声が降ってくる。
「突然すみません。もう少し、このままで」
山南さんは、深く息をついた。
どうやら、ひどくお疲れだったよう。
やはり、連日働きづめで、さすがの彼も参っていたのだろう。
こんなに近くに居て、発作は起こらないのかと頭の片隅で思った。
暫くして彼は満足したのか、私の身体を解放した。
「すみませんね、突然。」
ばつが悪そうに視線を逸らし、彼は言った。
『多少驚きましたが...』
別に嫌ではないという旨を、もごもごと伝える。
彼は、いつもの笑みをたたえたまま聞いていた。
「それでは、またお願いするかもしれませんね」
その後の微笑みは、仮面のような笑顔では無かった。
いたずらっ子のように、楽しいという感情を覗かせていたのだと、思う。
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