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これは陳腐な人の途中である


世界線/SN軸


しとしとと、長雨の降り続く季節がやってきた。
こんな日は調子だって良くないし、陰鬱な天気とも相まって、せっかくの休日を楽しめる気分ではないのが残念だ。
もとより楽しい休日なんてものはそうそう無いのだけれど。
そんなことを考えながらキッチンで昼食の片付けをしていた時、黒い大きな男がのっそりと現れた。
彼の両肩と足元の裾が、少し濡れている。
そういえば、今朝方ふらりとどこかに出かけていたなぁと思い出した。

「おかえり」
「あぁ、ただいま」

同時に、手前に下げていたキッチン用のタオルを綺礼に向かって投げつけた。
微妙な軌道を描いて、タオルはなんとか彼の手中に収まることができた。
ちゃんと拭きなね、と加える。
バリバリの武闘派神父が風邪をひくとは考え難いのだが、万が一なんてことは......いやあると仮定して。
看病なんてごめんだと言いたいけど、するのは間違いなく私。
凛は呼び立ててもこないし、王様はそんなこと絶対にしないだろう。
まぁ要するに面倒ごとは全て私に回ってくるのだ。
しかし、タオルを受け取った綺礼はまだ何か用向きがあるのか動こうとしていない。
何か?と問えば、彼は薄く笑って言った。

「珈琲でも淹れてもらおうと思っていたんだが」
「はいはい」

淹れとくからタオルを洗濯機に放り込んできてよと言えば、今度はするりと廊下へ消えていった。
珈琲を淹れるついでに、私も何か飲もうか。
電気ケトルに水を注いでスイッチを押す。
後ろの戸棚からインスタントコーヒーの缶を取り出して、いつも綺礼が使っているマグカップに匙二杯分を入れた。
私は、そうだなぁ。
戸棚を眺めているとはちみつレモンの粉末が目についた。
賞味期限はまだ大丈夫だから、それでいこう。
一袋取り出して、マグに落とす。
しばらく待つと、電気ケトルが湯が沸いたとの合図を出した。
それぞれのカップにお湯を注げば、ほかほかと湯気が立つ。
綺礼の分は、彼がいつも座る位置に置いてやった。
すぐに戻ってくるだろうし。
私はホットはちみつレモンをゆっくり口に含む。
別段好物というわけではないが、普段から飲むものでもなかったので純粋に美味しいなと感じた。
そこに、男がまた静かに戻ってきた。
二メートル近くタッパのあるくせに、まるでアサシンのように静かな身のこなしをするのだからタチが悪い。
たまにそっと背後に立たれる時もあって、本当に心臓に悪いんだ。
そして綺礼はタオルを置いてきたかと思えば、今度は白い鉢に植えられた小さな青い花を持ってきた。

「それって、中庭の隅に置いてあったやつ?」
「あぁ。夜にかけて雨風が強くなるらしいからな。鉢に植えてあるものは粗方中に避難させた」

避難させるだけなら、何故その鉢植えだけ持ってきたのだろうか。
……深く考えてはいけない。
たとえその花が紫陽花だったとして、私には関係のない話なのだ。
そう、私には、なんの関係もない。

「…冷めるよ、珈琲」

トントンと机を指で叩いてみる。
彼はソファの足元に鉢を置いてから、こちらに来て座った。
一口珈琲を啜り、普通だなと呟く。
普通で悪うございました。
そんなことより、先ほどよりも雨風が強くなってきたのだろうか。
ガタガタと窓ガラスが揺れて、不穏な音が辺りに響く。
ところでこの教会は築何年なんだろう。
50年、100年……?
いや、そんなに経っていないかもしれないし、もしかするともっと長生きなのかもしれない。
なんにせよ、壊れやしない事をねがう。
雨風がガラスを叩く音だけがこだまするリビングで、二人に会話はない。
綺礼の持ってきた紫陽花をちらりと見やれば、白い鉢ゆえに青色の花の美しさが目立つとても素敵なものだと分かった。

「お前はあれを、美しいと感じるか」

ふと、彼はそう言った。
私は思いのほかじっくりと、それを眺めていたのだろう。

「美しいかどうかって聞かれると、そうだね。綺麗だと思う」
「釈然とせんな」
「だって、興味がないからね」

これは事実だ。
私には俗に言う『美しいもの』を美しいと思える感性があって、それを周囲と分かち合うことが出来る。
ただ、私には興味というある種の好奇心がすっかり欠けてしまっているのだ。
だから、たとえなにかを綺麗だと感じたとしても、それはそこで終わり。
後も先もなく、それ以上でも以下でもなかった。

「興味か。実に、自分本位な考えだ」
「だって、人間誰しも自分が大切でしょうに」
「……どうだか」

綺礼は、顔を背け目を伏せて言う。
なにかを思い出していたり、彼なりに悩み、感傷に耽っている時などによくやる動作だった。
悩むことなんてない。
心のあるがまま、思いのままに生きてしまえ。
たとえ私がそう囁いてやれたとしても、この男が進む道を変えることはないのだ。
別の道があると気がついてはいるのに、向こう側へはあまりにも遠すぎる。

「もう少しマシな生き方があればよかったのにね」

人は、手の届かぬものまで欲してしまうのだから欲深いことだ。
彼が彼であるための道も、私が私たり得る道も、これっきりしか見つからない。
それでも、最期まで足掻いてみせよう。
もしかしたら今度は、いつか願った終わりが待っているかもしれないのだから。





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