ずっと、片思いをしていた。
不毛な片思い。
まるで意味のない恋。
諦めるしか道がなかったから、この瞬間が信じられなくて仕方がない。
仕事からの帰り道は港の横を通る。
今日も、海賊船が停まってる。
街に被害を被らせようとする海賊は、国の護衛軍に捕まってしまう。
いまこの街に滞在している海賊も、護衛軍にやられてる。
なにかしでかしちゃったんだね。
証拠に、海賊船には護衛軍の制服がちらほら。
手を出さなければ、こっちからは何もしないのに。
・・・無理な話かな。
海賊って、そういうものなんだから。
彼も、そんな海賊と一緒なのかな。
家に帰ってすぐ、テーブルの上の手配書を手に取る。
彼も、略奪とか・・・するのかな。
するよね、海賊だし。
この人になら、何をとられても良いかも。
なんて。
この島に、来ないかな。
来ないよね。
そんな奇跡、ないよね。
ねぇ、赤髪のシャンクス。
私、あなたを一目見たときからずっとあなたを思い続けてる。
不思議な話よね。
ただの手配書なのに。
ばかみたいでしょ。
でも、好きになってしまったの。
あなたのこと、なにもしらないのに。
「なまえ、聞いた?さっき海賊船来たんだって」
「そうなんだ、また略奪?懲りないね」
「今回のはそういうのじゃないらしいわよ、そんな海賊ばかりなら困らないのにね」
・・・そうなんだ。
また、珍しい。
「あたしはよく知らないけど、なんでも有名な大物海賊らしいわ」
「大物?って?」
「さぁ、あたし海賊なんて興味ないから」
大海賊時代とも呼ばれてるのに、海賊に興味ない子も珍しい。
そういう人もいるだろうけど。
気になるなら見に行ったら?
と言われただけが理由ではないけれど、私は仕事を終えて高台に向かっていた。
その高台は港がよく見える。
辿り着いて、骸骨を掲げている船に目を向ける。
あれは。
あの、海賊旗は・・・。
左目に3本傷のドクロマーク。
あの船は、赤髪の。
憧れて、憧れて、夢に見た、赤髪海賊団の船。
赤髪は・・・いないかな。
もう船を降りてしまった?
大体、今までの海賊も酒屋とかに入り浸っていたし。
実際に、見たかったな・・・。
でも、実際に会ったとして私はどうするんだろう。
船に乗せて、とでも言うつもり?
ばかばかしい。
船に乗せてもらえても、意味がない。
・・・そう、この恋に終止符を打ちたいんだ。
だから、私は彼を一目見てみたいの。
そしたら・・・きっと終わる。
なくなる。
わたしの、恋心が。
この島でログがたまるのは1週間。
その間しか、時間はない。
今日で赤髪海賊団がやってきて5日目。
また、今日も私はあの海賊船を眺める。
下心が含まれた眼差しで。
日にちも経って、もうギャラリーはない。
あの船を見続けているのは私だけ。
いまだに、赤髪のシャンクスは私の目に映らない。
運がないにも、程があるんじゃないか。
「むなしい・・・」
会えもしない。
会えても、なにも始まらない。
ただ終わるのを待つ。
「若い女が毎日こんなところで・・・どうしたんだ?」
その声に振り向くと、10か20か・・・年上の渋い男性。
片手に煙草。
「だいたい同じ時間に、ここから船を見てるだろ」
誰だろう。
赤髪の仲間かな。
・・・まさかね。
夢見すぎだ。
「一目見たくて」
行きずりの人に話して、すっきりするのも一興ってやつ?
「あの海賊船の、船長を」
「海賊を?そりゃぁ止めたほうが良いんじゃないか?」
口元には笑みを浮かべて、煙草を吹かす。
隣に立った彼は私と同じように船を眺める。
「どうして?」
「海賊は危険だからさ」
「危険・・・か、そうだよね」
そう思うべきだよね。
海賊なんだから。
「でも、そんなふうに見えないの」
真剣な表情の手配書に恋して、表情は怖いはず。
なのに彼が普通の海賊のように非道には思えなくて。
だから、私はこうして今でも彼が好きで。
無謀な片思いを続けてるんだ。
「・・・海賊に憧れるとロクなことがないぞ」
わかってる。
もう既に、ろくなことがない事態なんだから。
でも。
「それは、私が決めることだから」
私の言葉に、彼はふっと笑った。
意地の悪そうな笑み。
「どうなってもしらねぇぞ」
「え?」
それだけを言い残して彼は私に背を向けた。
なにが言いたかったのかな。
よくわからないけど、まぁいい。
私も、いい加減帰ろうかな。
ログが溜まるまで、あと1日か。
そう考えただけで、仕事が億劫になる。
いますぐ飛び出して、赤髪に会いに行きたい。
そんな勇気もないのに。
今日も高台に行く。
いつ出港するかなんてわかんないけど、意味もなく長期滞在もしないだろう。
もしかしたら、急いでいるかもしれないし。
早くてあと、1日。
真っ赤に染まる街並み。
夕焼けが、すべてを赤に変える。
赤髪の代わりにしろとでも?
そんなの、無理なのに。
もう、そんなことを考えてる時点でおしまいかもね。
「海賊は、危険だぞ」
この台詞・・・。
「また来たのね、心配でもしてくれてるわけ?」
振り返ると、そこには、昨日とは違う男。
「ぁ・・・」
「危険かそうじゃないかも、自分で決めるか?」
泣きそう。
心臓が、締め付けられて死ぬかも。
小さく後退りすると、背が鉄柵にぶつかる。
「危険はおれが消し去ってやる、おれの船に乗らないか」
「ど、して・・・」
「毎日飽きもせず、おれを探してるおまえに興味を持った」
私の目の前までやってきて、片方だけしかないその手が私の頬を撫でる。
「若い女にゃぁ酷だが、その視線でおれを射止めたんだ」
「赤、髪」
「覚悟はできてるよな?」
頬を撫でる手が、後頭部に回った。
もつれる足が邪魔でたまらない。
彼に引き寄せられた私は、その唇の感触に目を閉じることしか出来ずにいた。
「・・・ずっと前から、あなたに会いたかった」
「飽きるほど一緒にいてやる」
終わらせる必要なんかなかった。
希望はなくならなかった。
「赤髪・・・だいすきっ」
「シャンクス、だ」
この恋の結末
(とても渋いキューピッドを見たわ)
(そりゃぁ、いやなキューピッドだな)
2009/09/17
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