放課後。
今日はショウくんの家に、怪談の話を聞かせてもらいに来た。
そのはずだった。
なんで、こんなことになってるんだろう。
いま、私はソファに座るショウくんの横に座っている。
ショウくんは怪談を話してくれる時以上に真剣な眼差しで、私を射抜いている。
「ねぇ、あんこ」
「っ、なに?」
思わず、声が震えてしまった。
ショウくんは小さく笑って、またその笑みが消えた。
「キス、してみない?」
「・・・え?」
今のは、聞き間違いとか?
え、キス・・・って言ったのかな。
ショウくんが?
「聞こえなかった?キスしてみたいかって、言ったんだけど」
「えっと・・・聞こえた、けど」
冗談、なのかな。
ショウくんはそんな冗談言うような人じゃないから、やっぱり本気かな。
でも、付き合ってるわけじゃないし。
だいたい、私たちはまだ小学生だし。
なんか、そういうのって・・・。
「ショウくんは、私で、いいの?」
なに、聞いてるんだろ。
大事なことではあるけど。
「あんこだから、してみようかなって思ったんだ」
それって。
なんか、ドキドキする。
ううん。
ずっとドキドキしてる。
それがもっとひどくなってるの。
「・・・いい?」
なんだか、冷静に考えられない。
ショウくんだし、ショウくんのこと好きだし、良いのかな?
って、思ってしまう。
「うん」
無意識のうちに、そう返事をしていた。
満足そうに、安心したように、ショウくんは笑みを浮かべて、身体ごと私を向く。
ショウくんの顔が間近にある。
こんなに近いのは初めて。
胸が破裂しそう。
ショウくんのまっすぐな瞳と目が合って、思わず泳ぐ視線。
でもやっぱり時々目が合って、ショウくんはずっと私の目を見てた。
「目、閉じて」
肩が一瞬びくっと反応してしまって、また目が合う。
言われたとおりゆっくり目を閉じると、眼鏡を外される気配がした。
あ、そっか。
眼鏡、邪魔になっちゃうのか。
なんて、どうでもいいことばかり頭に浮かぶ。
こんなこと、していいのかどうかわからないけど。
何故かそのことについては、深く考えられなかった。
肩に手を置かれて、私じゃない呼吸が聞こえる。
やわらかい。
それに、あたたかい。
ショウくんの匂いで、いっぱいになる。
これが、キス?
初めての感覚と、まるで罪悪感みたいな感情が、胸の中でぐるぐるしてる。
長いな。
自分が長く感じてるだけだろうけど、実際は全然長くないんだろうけど。
とても、長く思えた。
「あたたかい、ね」
唇の感覚が離れて、私が目を開くと同時にショウくんが笑って言った。
「うん」
私も、そう感じたよ。
そんな意味を込めて、素直に頷いた。
眼鏡を外しているから、よくわからないけど。
ショウくんはローテーブルに置かれている眼鏡を見やる。
取ってくれるのかな。
けど、ショウくんはまた私を振り向いた。
「ねぇ、あんこ」
「な、に?」
ショウくんの頬が、いつもよりなんとなく、ほんのり赤い。
私は、それ以上に真っ赤だと思う。
「もう1回、いい?」
「・・・うん、いいよ」
頭がぼーっとする。
ショウくんは、目の悪い私でもはっきり見える位置にいる。
どれだけ近いんだろ。
「あんこ、目」
慌てて、目を閉じた。
さっきと同じ、やわらかい感触。
顔が熱い。
それくらい、それ以上に、体が熱い。
ショウくんも同じように感じてるのかな?
だったら、良いな。
もしかして、こういうのを背徳って言うのかな?
この感覚がそうだったら、こんなことしちゃいけないのかも。
それでも。
ショウくんと一緒だから。
相手がショウくんだから。
なんだか、大丈夫な気がした。
意味のない安心感を抱いた。
背徳の欠片
2010/01/21
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